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だが剣が喋るはずがない  作者: 娑婆聖堂
第二部 動地剣惑星(まどいぼし)
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家出娘は出歩けない

視界には常に積雪10cm分の雪が舞っていた。風が強い。吹きおろしてくる乱流が地を打つと、積もっていた雪と降っている最中の雪が混ざりあって体に張り付く。視界と呼べるものはほとんど失われていた。


「おっちゃん!これ以上は厳しいぞ!」


「分かっている。あと5分これが続くなら下山だな」


休日に入ってすぐ、朝方から山に入り、獣でも家出娘でもよいので痕跡を探る。その目論見は空からの真白い重圧によって潰えようとしていた。下界ですら50cm以上の猛烈な降雪。この山奥では優にメートルを超えるだろう。

樹々は稲穂のごとく頭を垂れ、耐えきれずにへし折れた枝や幹が散見される。ここだけではない。五畿七道の内の北陸道は、雪国という名の異界に変貌しようとしていた。


「さむい〜。ゆきおもい〜。女の子の来るところじゃない〜」


風花の泣き言もしっとりした牡丹雪に阻まれて消える。


「やかまし時代は男女同権だ。男が通れる場所なら女も通れるし、鹿が通る崖なら馬も通れるんだよ」


「うう、源氏なんてみんなサイコ野郎ですよ」


しかし前の雪かきは男二人が交代で担当しているとは言え、少なくない荷物を負ってこの悪条件で行軍できるのは流石の体力である。武術の命である足腰が練られていなければ、いくら体力があっても雪山は歩けない。悪路というのは通常のスポーツとは別のものを求めるのだ。


結局、ある程度予想はついたが雪は止むことなく、既にくるぶしあたりまで雪が補填された往路を戻ることになった。収穫は当分山の探索は不可能という事実のみである。

なんとか山から出ると、体に張り付いた雪を互いに払い落として車に飛び込む。

CO2削減など何処吹く風、むしろ温暖化で悪しき氷雪を消し去る一助にならんとアイドリングを維持した車内は、登山に火照った肌が汗ばむほどの気温であった。

一息ついて肺に温暖な空気を送りこむと、久作が座席下の雑嚢(ざつのう)から大振りの魔法瓶を取り出し、紙コップに注ぐ。


「ほれ、お嬢ちゃん」


「あ、すみません。わざわざ」


 唇がひるむ熱さの甘酒を、はふはふいいつつ咀嚼する。消耗したカロリーが供給され、いまだ固い指先がほぐれていく。こうじの独特な香りを吸い込み、大きく息を吐く。


「ふはー、労働の後の甘味は効きますねー」


「まあ、きょうはきつかったしな。変なことに駆り出してすまん」


 風花が堂馬の顔を見る。首を戻して甘酒をすすり、高温の液体に軽くむせ、また堂馬を見る。


「堂馬さん、寒さのあまり精神が八甲田山に」


「人がねぎらってんのになんだ貴様は」


「だって、だって、ええ?」


「俺だって無法者じゃねえんだぞ。そりゃあツケた分は取り返すがよ。無茶やらせたら謝る位するさ」


「は、はえ。ありがとうございます」


「なんで感謝?」


 珍しくまともな青少年じみた真似をする2人を尻目に、久作が車を発進させる。やることは多い。そして障害は現在進行形で積もり続けているのであった。












「分からない?あれほど古い家で、ですか?」


 とあるアパートの一室で、金髪緑眼の少女が独り言をつぶやく。殺風景な部屋であった。簡素なベッドに数枚の服がかかったハンガーかけ。少女、エリッサが向かう机の上に聖書が一つ。ビジネスホテルの方がはるかに彩りがある。


「はい。むしろ古いからこそ、ですね。私らの属する組織は戦後生まれなので、それ以前の事は個人の記憶からしか調べられないんですよ」


 どこかから声がする。どんよりと曇った空。暗雲から逃れた光が差し込む光が差す部屋に、薄っすらとした影法師が、ふたつ。一人はエリッサのもの。もう一つは、誰か。


「では、知っていらっしゃる方ももういないと?」


「います。高齢者も多い職場ですから。県外に何人か。全員口をつぐみました」


 エリッサが押し黙る。身内でも容赦はしないのが不文律の業界だ。障害が残らない程度ではあろうが、かなり強く(・・・・・)尋問されただろう。それでも黙った。

 あの女の形をした魔人。調べたところによると山央白姫。彼女が手を回したとは思えない。個性的にも程がある連中が揃う業界だ。組織全体に干渉するならともかく、個人ごとに口を塞ごうとすれば武力の行使に出ざるを得ない。あの存在感から見て物理的に出来なくはないだろうが、いかんせん目立ちすぎる。何らかの組織を率いている様子も無い。

 では過去、彼女の家に何かあるのか、と問うてみてもやはり分からない。白姫の父が亡くなって十年は経つ。その間ずっと秘密を洩らさないなど大抵のことではない。完璧な防諜などあり得ない世界だ。必ずどこかで、人にせよ記録にせよ漏れ出るはず。


「親戚などはいなかったのですか?」


「そちらも空振りでした。戸籍は綺麗なものです。ただ、半世紀前までは分家を含め百は下らない一族が急速に減っています。早死にも多い。ですがこれは遺伝性の疾患だと医療機関の書類にありました」


「それはまた、きな臭い」


「ええ。実のところわたくしも疑問ではあったんです。あれほどの目立つ勢力が、協力も敵対もせず、大木のようにでんとそびえているだけとは」


「あなたの上司からはなんと?」


「近づくべきではない。とだけ言われました」


「近づくな、ではなく」


「あくまで非推奨、ですねえ」


 エリッサが溜息をつく。


「火中の栗を拾えということですか」


 逆に言えば姿の無い彼女らの組織もまた、具体的な理由も無く習慣的に山央の家を避けてきたということになる。まああれだけの迫力では無理もないが。


「仕方がありません。調べてみましょう」


「お願いします。上にはわたくしから言っておきますので、では」


  影法師と共に気配が薄れ、消える。しばらくしてエリッサは立ち上がると、ベッドから布団をはいだ。

 中には人と同じくらいの骨細工。わずかに光沢を持つ白い円盤が目を引く。


「さ、行きましょう。おまえが許せるような人たちだといいのだけれど」


 かたり、と骨が鳴る。質素な部屋に鎮座するものは、分厚い聖書だけになった。

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