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だが剣が喋るはずがない  作者: 娑婆聖堂
第二部 動地剣惑星(まどいぼし)
18/39

魔剣は一日ではならない 中編

ホテルの地下はかつて様々な店が立ち並んでいたようであったが、今や華々しい装飾だけが蝉の抜け殻のように放置されているだけである。豪華な飾りもうち捨てられてしまえば不気味でしかない。

その間を歩く少女が一人。包帯で顔を覆っているが、解けた隙間から見える顔は大人しげな美少女のそれである。しかし身体中に巻いてある刃、刃の数々が、その儚さを打ち消し、その異様さをいや増していた。焦点の合わない瞳で少女、能島風花は彷徨う。その脳裏には抗い難い声が渦巻いていた。


"娘、娘や。"

"仇を討っておくれ"

"因果を報いておくれ"

"外道を、悪鬼を討ち果たしておくれ"


煩い、関係ない。変なことに巻き込まないで欲しい。そう言ってやりたかったが、その声の弱々しさに、その怨怒の切なさに、ついあの時を思い出してしまう。

立ち止まり、また歩き出し、頭を抱えて唸ったかと思えば顔を上げた途端に走り出す。出来の悪いロボット工作の挙動のようであった。

どこからか剣戟の音が渡って来る。それも随分せわしない。鋼鉄のボールが転げ回っているようだ。少なくとも常人対常人の闘いではあり得ないだろう。


かつては店の中でも一等高級であったろうレストランに、人一人入りそうな木の箱がこれでもかと積み上げてある。そしてその前で激しく刃を打ち鳴らす女が二人。

一方はシスター服を着る、突剣と奇怪な骨の塊を握る暗い緑の瞳の少女。もう一方は赤黒いドレスに黒い髪を振り乱し、蝋のように白い肌と紅い目を持つ艶やかな女。手には大振りのロングソード。

どちらも鎧を纏わない状態では、より軽く素早く刺突出来るエストックを持つシスター服の少女。

技量は少女に分がありそうだが、女の動きが異常である。技は稚拙であるものの、鍛え上げた戦士が体で打ち込む両手剣を片手で折り畳み傘のように軽々振り回す。

少女の方もほっそりした肢体に似合わない持久力で凌いでいるが、押されている感が否めない。


剣と剣がかちあい、質量に倍ではきかない差があろう突剣が弾かれる。これを好機とドレスの女が踏み込む。棒立ちの少女の脳天に迫る鉄 塊に、風花が思わず懐の武器を取り出しかけ。

曲線の軌道を描いていた少女の動きが、直線、点の動きに変わった。骨の腕がコンクリートに打たれ、砲弾に近い運動量を持つ大剣を逸らす。その隙間に滑り込むように、左足を引いて半身の体を低くし、対手の未来位置、心臓に鋒を置く。

体重移動を利用し完全に体勢を整えた、正に一本の杭と化している。誘われたと気づいても空中では身動きもままならない。防ぐには剣が遠い。勝負あったか。


だが、女はその見た目通り、否それ以上に怪物であった。剣を引くが遅い。肉に鋼が潜る。

その先が心臓まで後数センチという所で、大剣の柄が追いついた。肉を貫通した柄が軌道をずらし、突剣の鋒が喉元から飛び出る。常識的には十分以上の致命傷であるが、風花には浅い、と感じられた。

その感覚の通り、女はコンクリートに突き刺さる骨ごと少女を殴り飛ばし、数十mに渡って滑走させる元気を見せた。


「惜しい、残念賞ってところかしら?いい腕だけど専門じゃないとねえ」

まあ私剣術なんて知らないんだけど。と女が笑う。そのにやけた面が風花の勘に酷く障った。プライドを逆撫でされた苛立ちを、頭の奥の怨霊達が煽る。

"あの者悪鬼なり。我らを箱に詰め、異郷にて墓さえ持たぬ亡者に化えし女狐"

"許すまじ、自らの手を汚さず我らの躯を操りて審問をくぐり抜けるその卑劣"

"討つべし。その悪辣。打つべし。その喜悦。撃つべし。その五体"

出来る訳がない。いくら鍛えたと言え風花は人間。人の形した虎と死合えるようにできてはいない。それはあの少女が図らずも証明した事ではないか。無駄死にする為に武術を覚えた訳ではない。


"力を与えよう"

"一つの威力は儚くとも、眼前の敵、業のあまりに深き故、"

"十人力、二十人力思いのままぞ"

"さあ、打て!"

"撃て!!"

"討て!!!"


懐から取り出したるは透明に近い縄のようなもの。その先端に六角錐形をした拳大の透明な何かがついている。ふくらはぎに垂れるまで伸ばし、一度回す。ぴん、と空を打つ音が聞こえ、投擲した錘の先端からは空気の壁が現れた。

夜の王が眷族たる己に匹敵する妖気に無意識に反応して跳んだ女は、その刹那に飛来した錘が衝撃で髪を一房粉々にした様を見て己の第六感に感謝した。

「新手かしらあ?面倒ね。御主人様の所に行かないといけないのに」

気だるそうに溜息をつく女だが、ハイヒールから覗く足首に腱が浮かんでいる。いつでも間合いを詰めて両断できる姿勢である。笑って見えるように細められた目の奥は、照明を微かに反射するワイヤを照準する。頼りなげに揺れる小指程の太さのワイヤは、極細の透明な糸をよってできていた。

風花が手首を返すとゴム紐のように手元に戻る。その端近く大剣が薙いだ。微かに火花。散ったのは剣の刃の方であった。期待はしなかったが、剣が削られる強度に眉を上げる。


「いい道具を持っているのね。お嬢ちゃん」

「堂馬さんとの決闘にとっておきたかったんですけれど。良く考えてみれば貴重な実戦演習の機会!貴様を三途の川流れにして堂馬さんをけちょんけちょんにし、私は高校生武芸者の天下を獲る!」

怨霊に取り憑かれたことによる人格の癒着。戦闘の興奮と八つ当たり気味の苛立ちから来る脳内麻薬の分泌。若さゆえの厨二的衝動が風花を突き動かした。

その方向は本来の位置より少しばかり上空を目指していたが。


女が床を蹴る。足跡が大理石に刻まれ、亀裂が壁まで走る。

空気が置き去りにされるのを風花は見た。前のめりに倒れながらワイヤを飛ばす。相対速度千km以上で足にぶつけられたワイヤは、赤熱した鉄棒のように肉に沈み、骨に食い込むが、切断までは至らない。元より手足の一本など髪一本抜かれる程度にしか感じない化け物。そのまま剣を振りかぶる。風花一人ならばここで決着であった。が、風花の背後から刃が飛ぶ。刃筋を変更して突剣をへし折るが、その胸に風花の投げた大振りのナイフがつき立つ。

不自然な回避運動によってきりもみしながらなんとか壁に着地する。衝撃で壁がめくれ上がり、コンクリが露出する。追撃の分銅を壁に足を突き立てながら回転して避け、風花を睨む。

無重力空間に放り出されて麻酔を打たれたように感覚が喪失が起こる。だが直後に沸きたった煮えくりかえる腸の熱が浮遊感を上書きし、歯をきしませ唸り声を発してアラミド繊維製のワイヤを振り回す。

動きが乱れた隙に近寄ろうとするも、体を焼く熱さに足が止まり、そこを弾丸が襲う。エリッサがグロック17を一弾倉分打ち尽くすと潔く捨て、風花の腰に刺さっていたエストックを抜く。

「お借りしますね!」

「どーぞどーぞ!」


女は焦っていた。余裕ぶってはいたもののエリッサとその兵装は本来彼女の手に余る代物である。彼女の主人でさえ正面衝突は避けるのだ。単純かつ暴力的でその上無慈悲、不死者の利点である疲労の絶無も機械に対しては意味が無い。

今まで人を殺めることなく、正当な対価を支払い得た輸血用血液のみで生育されるという対審問兵装の目的のみに絞られて作られた存在。彼女にとってこの戦いは己の意義をかけたものである。これに勝つことが出来れば名前だって貰えるのだ。

機関との決戦のために兵力を温存していたが、この後に及んではやむを得ない。棺桶から眷属を呼ぶ。

「来い!盾よ!」

分厚い蓋を鈍く光る手がつき破る。棺桶から現れたるは鉄の棺桶。フルプレートメイルを無闇に肥大化させればこうなるであろうか。鉄骨を体に貼り付けたような外見。顔全体を覆う穴一つ無い板金。

いや、事実張り付いている。装甲から僅かに覗く炭化した肉。最低限の稼働域を除いて溶接してある。動く死人にふさわしい棺の鎧。対物防御に特化した屍鬼である。総勢13体の鉄鬼が船の沈むような軋みを上げて二人に迫る。

まずは審問官を取らねばならない。けったいな少女でも殺せば、傷つけでもすれば罪。罪ある異形に罰を与える兵装を封じねば待っているのは一足早い地獄である。

刺さったナイフを抜く。治りが遅い。妙な術がかけてある。とりあえず4体を少女に向かわせ、残りで審問官を潰す。


彼女はあまりに経験が浅かった。想定外の事態に弱かった。作られた経緯から見れば無理もない所である。この時点で考えることを放棄していなかった。下手の考え休むに似たり。生兵法は怪我の元。ただ我武者羅に最大戦力を集中していれば勝機もあったかも知れない。

いずれにせよ戦力の分散は愚である。二つの指揮を同時に出来る程器用でなければ特に。そして見誤っていた。人の怨念、少女の特質を。

通路に固まっては押し潰される。風花が店の中に入り、エリッサは真っ向から迎え打つ。重さで言うなら大型草食動物に匹敵する鉄量である。破壊よりむしろすり抜けるように壁を砕き、鉤爪に成形された手を風花に伸ばす。

風花の手の腱が生理学的に異常なまでに盛り上がる。指の一本に至るまで内側からの圧力によってかぶれたように膨れ上がる。人間精神の玄妙なる作用か、はたまた鬼道の妖しき業か。白目が血走り鬼のそれと見まがうばかりになる。懐から延びているワイヤを完全に取り出し、ついにその全容が形を表す。

 刃渡り二尺ばかり、切先から三寸ばかりが諸刃となり、先端が柄と直角になるほど反りがきつい。三日月の刃は内側が研いである。


鎖鎌、と呼ばれるその武具は、世界でも有数の際立った外見に反して暗器に分類される。槍より長い射程を持つ鎖分銅と、小型かつ甲冑の薄い部位に的確に打ち込むことのできる鎌を組み合わせることで、農村でも手に入る道具で刀槍に相対することを可能にしている。

これをより戦闘に適した形にするために、重く脆い鎖をアラミド繊維製のワイヤに代え、分銅には鉛を添加した強化アクリルを使用して、強靭かつ視認しづらいものとした。

鎌は斬打撃にも耐え得るよう身幅は広く、エチオピアのショーテルに近い形状。これぞ能島花伝が対剣士用に編み出した必殺兵器。鎖鎌剣である。


ルール無用の決闘の為と言え、刀相手にこんなものを持ち出す父。目の前の連中よりよっぽど鬼ではないかという思考は怨念の大合唱に流されて千々に砕けた。

速度はあるが直線の動きをかわし、装甲の隙間になる首元に鎌を打つ。これだけでは深手どころか足止めにもならない。抱きついて掻き殺そうとする鬼の五体にワイヤが絡む。股下から肩を通り首。慣性の働きで回転する縄を手繰り、もう一体の首に巻き付ける。

速く、重いということを言い換えれば止まりにくいということでもある。幾重にも巻かれた強靭な縄が琴の弦のようにびいん、と鳴り、鋼鉄の鎧がべこり、と歪む。外の変化はそんなもの。だがその中は。肉にも水は含まれている。そして水というものは圧が加われば表に湧き出でる。

何かの果汁のように血漿と内臓が吹き出し、繋がれた首はあらぬ方にかしぎ、突き立った鎌が引きずられるようにして鉄の甲殻を剥ぎながら食い込む。即死でなければ蘇るといえ、鎧ごと歪んでは戦線復帰は困難。ワイヤを引くと火花を散らして鎌と分銅が戻る。半減した戦力で包囲は不可能。


通路に飛び出ると動揺する女に向けて錘を投擲。剣で止めるが思う壺である。剣に腕にワイヤが絡む。手放そうとしても遅い。こうなれば根競べである。ワイヤから伝わる力を観じ、相手の腕が上がればこちらも上げ下げれば下げ、押せば引き、引けば押す。しなやかな繊維が樫の棒となったかのようであった。

 女はちらと後ろを見やる。修道女の方は流石に押しているが、しぶとく引き付けている。多少武装させた所で所詮は数合わせ、時間稼ぎがせいぜいだろう。残った二体が漸く通路に姿を見せる。反応の遅さに歯噛みするが、結局のところ木偶を操る指令塔が戦況についていけなければものの役に立たないのが屍鬼の欠点である。だが一人片付いたか、と迂闊にも意識を未来に移す。

 それもまた策略であったことに気付いたかどうか。

 かりり、と軽くかたい音を聞いた。どちらがという問いは無意味であろう。風花の鋭敏な肉はワイヤを一本の神経として女の一瞬の空虚さえ観じ取った。それは居ついたということであり、居ついた敵は置物と変わらず、置物ならば如何様にも動かすのが技である。

 棒を押すように軽く、敵意なくゆっくりと力を抜く。相手に合わせられていた女は思わず相手に合わせ力を抜く。第六感が警報を鳴らした時に目に飛び込んだのは、歯を食いしばり、満面の笑みを浮かべた鬼の顔であった。


丹田を中心にに身体を圧縮する意識。シッ、と吐息の塊が溢れ、大地を握る足が靴底を毟る。張り詰めた均衡が崩れ、凍っていたエネルギーが仕事を始める。弾性によって飛び上がった女を迎え打つ風花。だが女もさるもの、天井に落ちながら滑走し守りに入る。ここを凌ぎ切れば後は地力の差で勝つ。

しかし直感が疑義をていする。これで終わりなのか?

下に目を向けたならば上より攻めるのは兵法の基礎である。だが、体は一つ。しかし、仲間が一人。

奥へ奥へと敵を誘っていたエリッサが『煉獄の乙女』を床に叩きつける。八つ当たりではない。大小の骨で構成された骨臼は衝撃を柔らかく吸収し、跳ねる。

屍鬼を飛び越え狙うは敵将の首一つ。悪鬼を滅さんとする不断の意思が、初対面の少女二人を無二の戦友に押し上げた。


迫る鋒を捻じ曲げんばかりに睨む。勇士を返り討つことこそ夜に生きる者の本懐。腕は拘束されている。睨むしかできないのなら答えは。

鋒を睨み、睨み、近づく様を焼き付け、そのまま受け入れる。網膜を破った所で眼球を動かし、その丸みで逸らす。間一髪。左目からこめかみを通る。

反撃を加えようとして、迫る何かに気付く。右は剣を握り、臼を持っていた左は、拳を作っていた。聖水のビンを握りつぶし、杭に見立てて胸を突く。

絶叫。焦げ臭さが漂い、背中から鼓動が聞こえる。重なりあって着地するのと、脈打つ心臓が握り潰されるのと、鎌が首をはねるのがほぼ同時であった。


悪夢が、まさに夢のごとく灰になり、彫像のように突っ立つ甲冑ばかりが形をとどめていた。決戦時に温存しておく兵力の一部だったのだろう。今は鋼の棺に入った死人だ。

夢から覚めたのは風花も同じであった。頭が数十グラム程軽くなる感覚と同時に聞こえた感謝の声も幻であったか。

異常に体がだるい。というか痛い。節々も手足も体幹もつまり全部痛い。言うまでもなく酷使のし過ぎである。一歩も動けない。情けないが助けを求める。

「あのぉぉ、立ち上がれないんですけれどぉ助けて下さいぃぃ」


エリッサと言えば脂汗を垂らし、緑の瞳を潤ませながら膝をつく。

「こ……こっちも左腕が天に召されて……。具体的には複雑骨折……おうふ」

ナメクジのような生物が二つ。御影光世が決着を察し助けに来るまでのたうっていた。

エリッサ曰く。聖水で棺桶を潰す作業が一番辛かったという。

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