金が無ければどうにもならない
「うぎょわぁぁ!」
「やかましい!カエルが地雷原歩いたみたいな声出しやがって、キリキリ撒かんか!」
「撒くって言っても、これバッタじゃないですかー!」
家庭菜園の耕筰の手伝いに来た風雅の、とても女子高生とは思えない悲鳴が、茶色に乾いた雑草の葉を揺らした。
デパートで売っているプラスチック製の飼育容器に、所狭しとバッタ、バッタバッタである。気の弱い者なら正気度が削れそうな光景だ。
これを冬が近いために雑草しか生えていない家庭菜園に放っている。
「というかなんでバッタなんか放すんですか!?」
「ふはははは!ただのバッタではないのだよ能島君!よくよく観察してみたまえ」
「いやー!見たくなーい!」
「みたまえ!」
藤堂導人がバッタを風花の顔にかざす。小学生並である。
「ほら、ふつうのバッタより羽が小さいし、色が黒いだろう!これぞ私が品種改良の末に開発した除草バッタ!」
「見たくなーい!」
「飛蝗と言えば、古来より地震雷火事親父と同列に扱われた災害だった。大群で一挙に押し寄せる機動力、植物ならば種類を選ばない悪食さ!農耕民族にとって悪夢以外の何物でもなかっただろう」
「だが私は考えた!この機動力を殺し、悪食を制御できるならば!強力かつ速攻!さらにはエコな除草剤になるのではないかと!で作った!」
「夏休みの自由研究感覚で言ってますけど、結構とんでもないじゃないですかー!」
「気のせいだ!心を強く持ちたまえ」
「稲ちゃぁぁん!なんとかして下さいぃ」
脳筋と天才に囲まれた風花は稲に泣きつく。ちょうど手伝いの謝礼を持ってきた稲は、風花を見る。
「風花さん。お嬢様生活の長いあなたにはまだ難しいかもしれませんが」
実験の費用として渡された諭吉を出して、言った。
「世の中金なんです」
「中学生の台詞じゃない!」
叫んでも味方はいない。畑仕事のため三つ編みにまとめた長い髪が、俯く頭にあわせて垂れた。
服装は芦屋家の納屋になぜだか置いてあったもんぺ姿である。
「ううっ。いくら賠償代わりの労働とはいえ、この扱いはあんまりです。乙女にやって良いことじゃないですよ」
「ポン刀でちゃぶ台両断する危険人物が乙女と言えるかは、意見に個人差があるだろうな」
風花の嘆きを堂馬はばっさり斬った。
ああ、私が何をやったというのだろう。2週間前の夜、芦屋堂馬に切りかかり、家を訪ねてちゃぶ台を割り、補償が出来ないので道場に誘い。
あれ、わりと同情の余地がない。
いやいや、と風花は首を振る。責任の所在が自分にあるのは分かっている。つらい労役に文句をつけるつもりはない。
だがもうちょっと、何か気を使ってくれてもいいんでなかろうか。これでも女の子なのだ。さり気なく大丈夫かの一言くらい貰いたいのが人情である。
「ふむ、いい感じに雑草だけ食べて、ハーブ類は避けているな。条件づけは成功と」
導人がノートに何やら書き付け始めた。
「あとは食べきった後にどう誘引するかだけですね」
堂馬も風花から興味を失う。ススキ位に思っているんじゃないか。
そう思うと道理に沿わない怒りが溢れてくる。仕方ない。人間なのだ。
ぶるぶる震える身体。三つ編みが跳ね、顔が正面を向く。覚悟を決めた眼差し。堂馬もつられて目つきが鋭くなる。真剣勝負の目だ。
「堂馬さん。お話があります」
「数秒見ん内にいい面構えになったもんだな。言え!」
「私能島風花は、芦屋堂馬に決闘を申し込みます!」
「ええっ!」
稲が驚く。
「ほほほう!」
導人が興味深そうに見つめる。
堂馬は、にやりと、口の端を吊り上げた。
「期日は!」
「一週間後!」
「場所!」
「ここで!」
「武装!」
「あり!」
「種類は!」
「飛び道具を除き、問わず!」
「願いは、なんだ!」
「私が勝てば、か弱い女の子として接して貰います!」
「良かろう。その勝負、受けた!」
堂馬は回れ右して家に入る。決闘ならば準備を整えねばならない。鍛錬だ。鍛錬有るのみ。
風花ももんぺ姿のまま、私服をひっつかむや否や駆け出した。敵は己より優勢。工夫を凝らさねば。事態は急変した。今ここに突如として少年少女による決闘が生起したのである。
「ん!?2人とも帰ってしまったぞ?これは私も帰らねば!さらば、稲君!」
導人も意味もなく帰ろうとする。
「それはいいですけど、バッタは回収して下さいね」
稲、あくまで冷静であった。




