大きく一歩
春。
私は晴れて中学生となった。
新しい友。新しい学年。新しい学校。新しい制服…
挙げていくと限りがないのだが、私が一番やりたいことは、勉強より「部活動」だった。
入る部活は最初から決まっていた。
―吹奏楽部だ。
憧れの楽器があった。
サックスだ。
従姉が吹いていて一目惚れをしてしまった。
かっこいいというか、そんな簡単な言葉で片付けられない気がした。
丸っこい音だけでなくスピード感のある鋭い音もする。
音のみでなく、ルックスも何ともいえない輝きを放っていた。
ピアノの発表会の十周年記念で「風になりたい」を生徒全員で演奏したとき、すごくカッコいくて、サラサラって吹けてしまう従姉に嫉妬心を抱いた。
(わ、私だって、サラサラって吹いてみせるもんっ!あんなの、ヨユーだしー)
なーんて、小学生の頃の私は思ってしまったのだ。
ちなみに、風になりたいで私が演奏したのは、声とマラカス。
悔しいったらありゃしない。一足先に中学生になっていた、従姉が特別な楽器をやっているのに対し、私は歌と手作りマラカス。
テープでぐるぐる巻きにしただけの。
練習が終わったあと、私は従姉に
「私も中学生になったらソレ、やるんだ」
って言った。さすがに従姉は返答に困ったのか、
「あ、うん。頑張って」
と苦笑い。
私が従姉の立場ならきっと同じような返答をしただろう。喜ぶのも変だし、かといって喜ばないのが良いのかと問われるとそれは違う気もする。今になってそう考えると、従姉の返答は正しかったようにも思える。
しかし、小学生の私は今の私のように頭が回ることはなく、先程に増して嫉妬心を抱いてしまったのである。
そんなことを思い出しながら私は今、校門の前にいる。
「お~い!美晴!いつまでそこにつったってんの?早くしないと遅れるよー!」
張り切ってるのか、大きな声で私の名前を呼ぶ。
「あ、まってよ、麻衣!」
麻衣というのは小学校からの友達だ。
確かに教室に生徒が入り始めている。もうすぐチャイムがなりそうな雰囲気だ。
私はダッシュで教室に急ぐ。
走りながら麻衣と会話をする。
「ねぇ、今日ってさ、部活動見学の、日、だよね?」
「ん。うん。麻衣、何部にはいるの?」
「まだ決めてなーい!…っと。セーフ!」
チャイムまであと二、三分はあるようだ。良かった。
「そういう美晴は何に入るか決めてるの?」
「うん。決めてるよ」
カバンを机においてから麻衣の机まで駆けていき、話を続ける。
「へぇー。だいたいこの中学校ってさ、部活の種類少ないじゃん?」
「確かにね」
これが笑えるほど少ないのだ。
小学校の時は夢を見た。たくさんの部活の中から「どれにしよっかなぁ~」と選ぶのだ。迷って迷って迷いまくるのだ、と。
だが、ここの部活といったら野球部、女子バレー部、サッカー部、女子ソフト部、男子卓球部、女子卓球部、柔道部、情報部、吹奏楽部の9種類だけで、女子が入れる部活は7種類だけだ。
「まぁ、決まってるけど一応全部回ってみるよ。麻衣も一緒に回る?」
「うん、回る回る!」
と、ここでチャイムが鳴る。
「あ、じゃあ、またあとで!」
麻衣が私に手をあげる。あとで、といわれても10分の朝の会が終わったらまた移動教室やら何やらで一緒に行動を共にするのだが…
「うん」
と、私も手をあげて対応する。
部活動見学は放課後だ。これからは長い長い授業がある。クラスメイトは授業の間、入学して間もないのにも関わらず机に突っ伏したり関係ない小説を読んだりしている。私はというと、これでもかとまじめにノートをとっている。
朝、ボーっとしていたがこう見えて根はマジメなのだ。
自分でいうのもおかしな話だが。
やがて長い授業がおわった。こういうとき、時間ってのはとても長く感じられるものだ。
どっと疲れが押し寄せる中、麻衣と合流して見学に向かう。
「ねぇ、美晴。どこから回る?」
「うーん…運動部から回ろっか」
「えー?運動部とか絶対入らないしー」
「だから行くの」
「ふぅん…あっ、お楽しみは最後にってやつか!」
「うん、そうそう」
「さっすが、美晴!頭良いね!」
「頭は良くないよ」
「そう?マジメなくせにー」
「それは認めよう」
「えー、何それー。どういう意味ー?」
「はいはい、麻衣は棒読み怖いんだから」
すると麻衣は頬をふくらまし「ぷー」という。
私がボケで麻衣がツッコミ。いつものパターンだ。この会話をするために私は学校に来ているようなモンだ。
今日から一週間は見学期間なので体験は一切できない。しかも、見学できるのは30分のみ。来週から体験期間が一週間あって、そのあと入部届を出して仮入部という運びだ。体験期間練習できるのは1時間程度。
9つすべて回らないにしろ回るにしろ、一週間かそこらで入りたい部活を決めなければいけないのだ。なぜなら、体験期間はだいたい入る予定の部活に費やすからだ。私の場合は決まっているからどうでも良いが。
見学ですべてを回るのは一種の社交辞令だ。先輩は怖い。新入部員をとろうと必死なのだ。これは、私が2年生になったらわかることなのだが、2年生にならずともそれはひしひしと伝わってきた。
まずは、バレー部。
感想としては、
「なんか…日本語に聞こえない…」
「だね…迫力がすごいけど……」
という感じだ。かけ声が日本語に聞こえなかったのだ。それが理由というと世界中のバレー部員から大バッシングがくるだろうけど、私たちにとっては、何というか・・・未知との遭遇みたいに感じられ、3分もしないうちに同じ体育館で部活をしている卓球部に移動した。
卓球部。
感想はほとんど同じだが3年生の先輩が一人足をドン!ドン!とならしながらサーブを打っていたのが印象的だった。が、私たちはそれに怖じ気づいて2分で入らないことを決定した。
体育館はものの5分で出て行った。先輩たちから視線を感じたので足早に。
続いて運動場を使っている、サッカー部、女子ソフト部を体育館の渡り廊下からのぞいてみる。野球部に関しては、男子のみの部活なので眺めるだけ。野球部の人気はそこそこだった。
サッカー部は女子も入れるのに男子しかいなかった。
ソフト部にいたっては、そもそも人数が足りない。チームも作れない状況だった。
麻衣は、
「私が入ってあげよっかなー」
などと口にしていたけど、ルールはわかるのかと聞くと、
「いや?まっったく知らないけど?」
と怒り気味の返答があったので金輪際このような話題に触れるのはやめようと心に誓う。
麻衣は入るつもりはないのだろう。きっと麻衣のプライドと良心に違いない。
しばらくボーッとしたところで今日の見学は終了。
早く帰れとの放送があったので、さっさと校門を出る。変える方向は逆なので、麻衣とは少し立ち話をしただけですぐに家に帰った。
次の日の放課後。
早速、麻衣と残りの3つを見に行った。
まずは、柔道部。
私が通う中学校の柔道部は、そこそこ強いらしく、全国大会で優勝するほどの実力をもった先輩がいるそうだ。そこで麻衣が放った言葉が、
「なんかね、美晴。私さ、運動部に興味ないかも」
だった。
(先輩の前でそれをいうか、普通!)
と、すぐさまフォローを入れる。
「!! そ、そんなことないよ?格好いいじゃん?ドバ~ン!って感じでさ!」
ですよね、先輩! と顔を見るも、時すでに遅し。
「ドバ~ン!って、何?」
に、睨まれた…
「す、すみません、失礼します!ほら、麻衣。行くよ」
「え?あ、うん」
失礼しました~、と2人で頭を下げ、挌技場をあとにする。
「何であんな事言ったの?」
と麻衣に問い詰めると、
「なんか、口が勝手に……」
動くわけあるか!
「う~ん。まぁいっか。麻衣、次、どっち行く?吹奏と情報」
「あ、そうそう。私、昨日、家に帰って考えたんだけどさ」
「何?吹奏入るの?」
「いや、情報入ろうかなぁ~って思ってさ」
「……ほう」
「なにその微妙な反応は!」
「ゆるいからでしょ。特に大会も何もないし、毎日通わなければならない訳でもない。だから?」
「うん、そう」
なんと…前言撤回だ。プライドもくそもない。おもしろくないヤツだなぁ、と思う。それが麻衣なのだけれど。真顔で答えるから余計にそうだ。
「はぁ。んじゃ、情報行くか」
と私は1人で歩き出す。
「待ってよ、美晴…って今!ため息ついたでしょ!ため息!」
麻衣が私を追う。
「美晴は結局何部に入るの?」
「吹奏だよ」
「へぇ~、お魚?」
麻衣が珍しくボケをかましたので、仕方なく対応する。
「それは水槽でしょ? 吹奏は『吹いて奏でる楽しい部活』って書くの!」
そもそも、イントネーションが違う。
「吹いて奏でる楽しい部活、か。たのしいの?それ」
「うん。楽しむには努力が必要だけどね」
「げっ。やめとこやめとこ。私には無理やわ」
「だろうね~」
などと話しているうちに情報部の部室である、パソコン室に到着。
だが、そこには部員らしき人はいなかった。
「今日ないのかな、部活」
「どうする?」
「う~ん…美晴は?今日吹部見に行く?」
「行くつもり」
「じゃあ、先に帰ってるね!」
「帰るの!?」
うん、と麻衣は頷く。
「んー。わかった。また明日」
「うん。バイバイ」
麻衣は手を振る。私は、それに手を振り返し、麻衣が見えなくなるまで見送った。
今度は一人だ。
私は緊張しながら音楽室のドアを開ける。
先輩には敬語で話さないといけない。なれない敬語で失敗しないだろうか。
先輩に好かれるために笑顔を振りまかなければいけない。なぜなら、先輩は怖いと聞いているから。
テレビで見るような顧問の先生についていけるだろうか。
不安だらけだ。
それでも、一人でも、勇気を出す。
ガラガラっと大きな音を立ててドアが開く。
―ここから、私の部活に埋もれる生活が始まるのだ。
私は吹奏楽にどっぷり浸かるために、大きく一歩を踏み出した。
初めまして。
空乱と申します。
まずは、この小説を開いて下さり、ありがとうございます!
そして、登校する機会をくれた皆さま、小説家になろうのサイト、家族、元吹奏楽部の皆さま、現吹奏楽部の皆さま、私に関わっている全ての方に感謝の言葉を。