逃げるは不運な転入生その1。
走り出し、脱兎の如く走り出していた。
恐怖心が生命の危機を予告してくる。
雪煉は背中の荷物さへも放り捨てて、逃げることを優先した。
だが、背後には人ならざる者が競歩で追いかけてくるのだ。
足の速度を緩めることは 死 が待ち受けている。
《助けてくれたんじゃないですかぁぁぁ!?》
雪煉は呼吸を荒げながら走り続ける。
執行生の女子はナイフの刃の方を舌で舐め、歪んだ笑みで雪煉を追う。
これでは鬼は鬼でも 人殺し を好む【殺人鬼】ではなかろうか。
だが、神や仏が存在するならばこんな仕打ちをするだろうか。
雪煉はナニもない場所で足をもつれさせて、大きく転んだ。
いや、実際はイタズラ好きの魔族の雑魚が雪煉の足を引っ張ったから転んだのだ。
魔族の雑魚を恨んでいる余裕などない。
雪煉は今度こそ、絶望した。確信をもってだ。
「ワタシの快楽の為に死ねなのです」
全速力で雪煉に近づいてくる執行生の女子。
雪煉は制服のズボンが破けるほどに激しく転んだようで動けないでいる。
なにせ膝の皮膚はずる剥けで、真っ赤な血を溢れさせながら滲んでいるからだ。見ているだけで気分を悪くさせるような負傷。
心臓が大きくポンプする。
ドッドッドッドッ…血が脳から全身へと巡り、妙な冷静さが雪煉の胸の中を支配した。
そして、標準速度で歩み寄ってサバイバルナイフを振り上げる執行生の女子。
とても、高揚としており淫猥にも見える表情の執行生を見届けてから雪煉は瞳を閉じた。
「good byeなのです、編入生くん。ふふふっ」
空気を切り裂く感覚が雪煉に感じられた。しかし、いっこうに刺さる感覚や痛みは襲って来ない。
不安と疑心する思考で、ゆっくり瞳を開いた。
そして、写る光景。
目の前には広い背中があった。
見たこともない人の背中。
その人は執行生の女子の斬撃をマントでかわしていた。
「大丈夫かい?編入生。いや、園求5年」
その人は後ろの雪煉を見て、独特な呼び名で笑いかけてきた。