勇者のお話。――Said勇者
「――っはあ!」
勇者が剣を振ると、ぶわりと瘴気が散り、魔物が倒れました。魔王城の最後の部屋、魔王の玉座の間を守る扉をつかさどる、とても強い魔物です。
「ぐ……まお、さま。お逃げくだ、さ」
「これで止めだ!」
扉の番人が言葉を発し終わる前に、もう何千回目かもわからない一太刀を浴びせます。すると魔物は、塵となって散っていきました。
肩で息をする勇者は、もう満身創痍です。今にも倒れそうなところを、気力でもたせています。
「……ついに、魔王とのご対面か」
王さまに命じられ、さらわれたお姫さまを探しに王都を出たのは、もう何か月前のことでしょうか。一国の一大事、密命の元仲間も探せずたったひとりでの旅は、とてもつらいものでした。
森の中で死にそうになっても助けを求められず、薬草でしのぎきったこともあります。
海の上で密輸入船の摘発に巻き込まれ、無人島にとじこめられたこともあります。
ですが、今となってはそれらがすべて、この日にたどりつくための試練だったのだと思えます。
「姫様、あと少しの辛抱です。今、まいります……!」
あの誰にでも優しく、慈しみの心が深いお姫さまが自分の助けを待っていると思うと、不思議と体が軽くなりました。そうです、こんなところで倒れてなどいられません。
勇者は息を落ち着けると、目の前の扉を勢いよく開けました。
広い広い部屋の奥で確かな存在感を放つ玉座には、たったひとり、魔王が座っておりました。黒に近い灰色の肌と、羊のような角。漆黒の翼に、血のような赤と骨のような白の混ざった斑な髪。醜くおぞましい姿でしたが、重々しい威圧感と共に、堂々とそこにいました。
この部屋には、対峙するふたり以外、誰もいません。
「……!? 魔王よ、我が姫はどこにやった!」
「ふん、心配せずともよい。奥の間で眠っておるわ」
どこまで信用できるかはわかりませんが、とりあえず魔王の言葉に勇者はひと安心しました。しかし安堵の表情は見せず、次の瞬間睨みつけます。
「魔王――姫は返してもらうぞ!」
「ふん。我を倒してからほざくがよい、小僧めが!」
刹那、ふたりの視線が交差しました。
ふたりは剣を、爪を、呪文を、牙を、盾を、毒を、持てる限りの力すべての力を出し尽くし、そして――
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王国に平和が戻ってきました。
勇者がお姫さまを連れて王さまのところに戻ってきたときの喜びようといったら、それはもう言葉にできないほどでした。
勇者は褒美としてお姫さまを賜り、結婚しました。もうじき子供も生まれます。
彼はまさに国の英雄で、そして次期王さまなのです。
「僕はなんて幸せ者なんだ!」
勇者は国民に笑顔を振りまきました。この幸福を、みんなと分かち合えますように、と。