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想像しない創造神

「教育実習」の難題

作者: ぐめら

軽い読み物のはずだったのですが。

内容は、軽いです。ただ、ボリュームが少々・・・。

御時間のある方、よろしくお願いいたします。


 



「教育実習」へ赴く際の注意事項

 「召喚者には世界の外を悟らせるな」(ソシミア王第126号契約に基づく)




  * * * * * *




 ここはバンスケット王国にただ一つの魔法使い養成学校、「バーニャン学園」。

 世界で唯一召喚魔法を授業に取り入れた学校として名高い学園であるが、学内の雰囲気と言うのはどことなく長閑のどかである。

 魔法使いの気質としておおらかな者が多いという特徴があるからだ、というのもその一因ではあるが、世界唯一の理由もある。

 生徒たちの召喚した魔獣が敷地内のそこかしこでくつろいでいる姿が、見る者に「ほっこり」とした温かみを与えるのだ。

 魔獣といっても、通常の召喚魔法で呼ばれるような、力強い姿(悪く言えば凶暴そうな姿)はしていない。それらは魔物と呼ばれ、姿どおりの強力な魔法を操り、召喚者を助ける。それらとは異なり、ここにいる魔獣は大きくても一抱えほどの大きさで、どことなく形も丸っぽい、いわば獣の幼生体のような姿をしており、操る魔法もそれに見合った控えめなものである。

 そんなコロコロふさふさしたものがあちらこちらに転がっている様は、よほど動物嫌いでもない限り、つい「抱きしめたい」と誘惑に駆られたり「一緒に昼寝……」と夢見たりしてしまうのが人情というもの。緊張感は皆無である。


 ただし、それは目にする「人」の感想であって、そこらに転がっている魔獣たちの内心はそこまで暢気のんきではない。


 テッテッテッと軽い足取りで、建物の角を曲がって中庭へと白っぽい毛玉……もとい、うさぎのような魔獣が入ってきた。尚、見た目はアンゴラウサギに似ているが、足運びは猫のようである。


 「あ、いたいたっチュー。みんなこっちに集まっていたっチュー?」


 かの白毛玉の行く先には、すでに5体の魔獣がくつろいでいた。そのうちの一体、黒褐色の鱗をもつトカゲ(っぽい魔獣)が首をあげて迎える。


 「ひゃー、マリーター(仮)ひゃ、にゃーかあったのひゃー」


 ちなみに、魔獣(彼ら)は互いを呼ぶとき召喚者に付けられた名を使うが、いちいち律儀にも「仮名(かめい)」とつけている。


 「あったんでチュー。さっき、シャーレン(仮)に教えてもらったんチューが、近いうちに陛下がここに来るっチュー」


 後ろ足だけで立ち上がり、しゃかしゃか両前足を振るウサギ猫(?)。

 表情の表れにくい爬虫類的外見にもかかわらず、大きな目をゆっくりと瞬きつつ、しっぽを「ぱっ……たん」と振る様は全身で「思いもかけないことを耳にした」と表現しているトカゲ(?)。

 その場にいた他の4体の魔獣も、きょとーん、とした顔でマリーター(仮)を見ている。


 「に、にん? そんな話あったにん?」


 いち早く起動した赤と青の羽毛を持つ鳥っぽい魔獣が質問する。その外見をもう少し詳しく言えば、全身はほぼ真っ赤なのだが、風切り羽と尾羽は目の覚めるような青色。しかしやはり丸っこい体躯なので、飛ぶことができるのか疑問だ。


 「ピヨ、ピヨピヨピヨピヨピヨ……?」


 淡い黄色をした翼持つ犬のような魔獣も質問するが、何を言っているのか、聞いているだけではわからない。が、魔獣同士は意思の疎通ができるのか、普通に会話は続く。


 「スキール(仮)の言うとおりっチュー。たった一人の我等が魔王陛下っチュー」


 いまだ立ち上がった状態のまま、一所懸命に前足を振る。

 他の5体は「エエっ」とばかりに体を引いたのだが、ふと。


 「魔王……って、何ポン?」


 ピンクの魚(っぽい何か)が首(!)を傾げた。


 マリーター(仮)の話を魔獣たちの言葉(ジレース語)で聞くと、こうなる。

 ……僕はさっきまで、訓練場の近くの植え込みで休憩してたんですけど、近くに大きな木があるよね、あそこに仮名シャーレンと仮名ツリムと仮名コンパーロがいてね、魔王なんて初めて聞く名詞だったから、仮名コンパーロが「魔王って何ですか」って言って、仮名シャーレンが「陛下のことなんだけど、なぜか魔王って変換されるんだ」って言ってね……


 マリーター(仮)の熱弁は続くのだが、それをさえぎる者がいた。


 「とりあへつ、シャーレン(仮)に直接聞きにいくひゃー」


 「ピヨピヨピヨ」


 言うだけ言って、トカゲ(?)と翼犬(?)は中庭を出て行く。


 「あ、ペール(仮)、スキール(仮)、わっしも行くにん」


 次いで、鳥(?)もとてとてと後を追った。

 残された3体は、しばらく後姿を見送っていたが、顔を見合わせて「行くか」と意見を合わせ、移動することにした。



 結局、大きな木の元には、32期生が全員集まっていた。

 32期生というのは、「変幻神(ジレース)の民の王、ソシミアの代における異世界間契約第126号における「教育実習」に32回目に送り出された学生」を表す。

 この32期生が、魔法学園にいる魔獣たちの中で一番最近契約神(ライディアス)の世界へ来たモノ達であるから、先に来ていた先輩に教えを請うことは自然ではある。

 見るものがいれば、毛玉集会(一部鱗)にしか見えないが。

 そして、見様によっては、多数で一体の魔獣を突き上げているようにも見えるが、彼らは真剣である。


 「全員集まったニョー。シャーレン(仮)、もっかい説明してやってニョー」


 木から一番離れている、つまり最後にここへ来たカンガルーに似た魔獣が、代表して声を上げた。

 木の枝に寝そべっている黒猫的な何かの魔獣は一つ頷くと一番低い枝に移り、すっと姿勢を正した。が、見た目は丸っこい、頭のでっかい黒猫(しっぽが極太)である。


 「みゃーてーした話じゃーにゃーけどんも、そろそろ陛下がこっちに来るんずら」


 彼(?)がシャーレン(仮)である。集まったモノたちから見れば先輩に当たる、26期生であり、その穏やかな人柄と面倒見のよさから、魔獣たちに大変慕われている。


 「みんにゃも知ってのちょーり、こっちで一月にいっぺん外みゅのヒヨが様子見に来るけんじょ、1年目のんが落ちちゅいた頃に魔王が視しゃちゅに来るんずら。おめーらも大体人語を話すよーになっちゃきゃら、そろそろずら」


 彼は、召喚者の召喚陣の出来が今一なのか、言葉の訛りが酷い。「外みゅのヒヨ」というのは外務の人、つまり外交担当官のことで、こちらで教育実習にいそしむ魔獣たちに、何か問題や不都合はないかの確認にやってくる。

 召喚者とどうしてもソリが合わなかった場合の契約解除時には、彼らが事務手続きを行うことになる。

 魔獣たちは召喚されていない間は世界の狭間で眠っているだけで、自分の故郷(ジレースの世界)へ帰っている訳ではないため、事務手続きなど何もできないのだ。


 「シャーレン(仮)、その魔王って何ポン」


 先程マリーター(仮)と共にいた、ピンクの魚(尾びれで立っている)が質問する。


 「おいらぁが魔王に聞いた話ぢゃ、ラのお方のいたずららってことずら。おめーらも陛下にきーてみるずら」


 にこやかに返答するシャーレン(仮)。でっかい耳がぴるぴる動いて、極太しっぽもふにふに左右に揺れている。


 「みゃー、契約に触れるこちょは言えにゃーきゃりゃ、陛下が来るにょを楽しみにするとえーずら」


 せっかく集まったのに、大して詳しい話は聞けずに終了らしい。




  * * * * * *




 カラーン、カラーン、カラーン、カラーン


 どこか明るい鐘の音が、教員棟の上から響く。

 授業終了の合図は、手隙(てすき)の教員が交代で鳴らしている。ただ、開始の合図はない。準備が整ったら生徒が足りなくても授業は始まるので、生徒たちは素早く次の授業の用意をしなければならない。

 といっても、今の鐘は本日の全授業の終了を知らせていたのだが。

 この後は、一度主教室に戻って各担任教師から明日の連絡事項を聞いて解散、放課後となる。

 生徒たちの放課後の過ごし方は、大きく分けて4通り。


 「課外活動」教師の指導の下、苦手授業の克服を目指す。

 「自主訓練」空き教室や屋外訓練場を借りて、生徒のみで実技練習をする。

 「趣味の集い」勉強一辺倒では参ってしまう!という生徒たちがそれぞれ同好の士と共に趣味に没頭する。

 「特に何もしない」一人もしくは魔獣と一緒に、のんびり過ごしたり、適当にその辺で友人とおしゃべりをして過ごす。


 趣味の集いには、たまに教師も参加している同好会もあるが、基本的に「授業の事は忘れて」過ごすための集まりである。

 活動場所は、やはり教室等を借りるのだが、道具や材料の必要な同好会もある。その場合、教師同伴で買い出しに出ることになる(もちろん魔獣は留守番)。これは貴重な魔法使いの卵が犯罪に巻き込まれないようにするためには仕方のないことなのだが、生徒たちは基本、学園の外には出られないのだ。そのかわり、日用品などは学内に小売店が幾つかあり、自分好みの服を買うこともできるようになっている。たまに、同好会で作った物を売っている事もある。

 生徒たちには、月々の生活費として小遣いのようなものが与えられているので、最低限の生活が保障されているからといって、お金の使い方を忘れるという心配はあまりない。


 「スキール~いい子にしていましたかぁ? せっかく授業が終わって、いっしょに遊べる時間なんですが、あたし今日は買い出し班なんですよぅ。外に出るんで、一緒に行けないんですぅ。いつもの教室で待っていてくださいぃ」


 栗色の髪がくりんくりんの小柄な少女が、淡い黄色の翼犬を抱き上げ、首の辺りに頬擦りしながら告げる。


 「ピヨピヨピヨピヨピヨ……」


 どことなく疲れたような声で返事をするスキール(仮)だが、どうせ何言ってるかわからないから、あさってな返答がされるだろうと半分は諦めている。


 「あぁん、そんなに寂しがってくれるなんてぇ、あたしも離れたくないー」


 更に力を込めて抱きしめ、激しくすりすりされるが、やはり全く通じていなかったか、とスキール(仮)は遠い目でもはや無言。

 むしろその姿を近くで見ていた教師が、スキール(仮)の表情に気付き、少女を止めた。


 「それじゃぁスキール、行ってきま~す」


 楽しげに手を振る少女に、仕方ないなぁといわんばかりに右前足を上げて適当に振って応える。

 契約解消を考えるほどではないが、スキール(仮)も思うところはある。


 ……あの子、あのちょっとお馬鹿なところが可愛いのだけれど、魔獣が自分たちよりも年上だって完全に忘れているわ。わたしがピヨピヨ言っているのが自分の未熟のせいだってことも忘れているのかしら……


 自分の年齢の10分の1もないような幼いもの(と言っても少女は15歳である)に本気で腹を立てることもないが、赤ちゃん扱いはかなり複雑な気分であるようだ。



 こちらは屋外訓練場。何組かの生徒と魔獣がそれぞれ魔法の練習をしている。

 生徒たちは、そこらの精霊に魔法変化を依頼する練習だが、魔獣たちは生来の体とは勝手の違う擬似生命体の器を操る練習といってもよいだろう。

 人間たちは知らぬことだが、実は魔獣は最低でも4人の生徒を担当することになっている。もちろん一度の召喚に付き一人であり、魔獣の召喚をするのは学園3年生からだから、5年生で卒業するまで一人当たり3年かかる。それを4人で少なくとも12年間は魔獣として「教育実習」にあたるのだ。中には留年する生徒や、途中解約に至ることもあるので、期間は延びることもあるし、交代要員が足りない時は5人目を担当することもある。

 しかし、3年生が召喚を行う際には毎回新たな器(器の形は召喚者の個性による)が契約神によって用意されるため、人間たちは同じ魔獣が何度も来ているとは思いつかないし、魔獣たちも新しいかたちに慣れる練習が必要になる。

 それはともかく、ここに将来の夢を語る少年がいる。


 「……そんで、悪い奴らを特大火炎魔法でぶっとばしてさぁ……」


 残念な相方を、大きな目を半眼にして見つめる黒褐色のトカゲもいる。


 「ケゼウスひゃー、夢はいーへど、まつは相性のいい水からなんひゃーねーひゃー?」


 そう、少年はどちらかと言えば水と相性がいい。召喚したトカゲの見た目からいっても、ほぼ間違いない。

 普通の火炎魔法でさえ、まだまだ無理なのである。


 「ペールゥ、ちょっとくらい夢見させてくれよぉ」


 つい先程まで(無駄に)きらきら輝いていた目が、一気にどよんと力ないものになった。


 「夢は自主練習の時間に語るもんじゃないひゃー。その夢をかなえる為にも、まずは水魔法ひゃー」


 正論である。故に「わかったよ……」と地道に復習にはいったケゼウス少年に、ペール(仮)はやれやれと思いつつ、それ以上の小言は控えた。


 ……特大火炎魔法なんて、人間に向けたらしゃれになんねーのに、こいつ人殺しがしたいのか? それともそこまで考えが回らんのか? 普通に考えて、火系の魔法は日常魔法くらいしか実用性はねーんだけどな……


 まぁ相手は子供だし、と軽く首を振って考えを切り替えるペール(仮)であった。



 イズング(仮)は、口が滑ったことを少し後悔していた。

 丸々っとした体をまるめる様は、全く毛玉にしか見えないが、彼はその小さく丸い耳、細い手足、毛に埋もれてどこにあるのかわからないしっぽとふさふさの体毛からいって、モルモットに似ている。ただし、幼児の胴体くらいの大きさだが。

 この場には、3人の少女と3体の魔獣が集まっていた。

 買出しから戻ったスキール(仮)の召喚者とサフィー(仮)の召喚者、イズング(仮)の召喚者は楽しそうにおしゃべりをしている。

 彼女たちは手芸同好会であり、今日は夏の暑さに負けずに編み物をしている。

 同じ部屋には読書同好会もいるが、彼らは現在本に夢中の様子であり、静かなものだ。

 そして召喚者の付き添いで集った魔獣たちも、部屋の片隅に固まっていた。


 「ピヨピヨピヨピヨ……」


 「スキール(仮)の言うとーりキュルン。何か変な解釈がされてるキュルン」


 淡い黄色の翼犬がつぶやけば、その隣にいた濃紺のごつい顔の猫……仔ライオンのような魔獣も小声で返す。


 「ううぅ、口が滑ったんキャ。もう勘弁してほしいっキャ」


 壁に向かって丸まったネズミ(?)は頭を抱えている。

 彼らが話題にしているのは、3人娘のおしゃべりの内容について。そもそもはこの教室にやや遅れて来たイズング(仮)とその召喚者が、仲間の顔を見て早々に、


 「もうすぐ魔王が現れるんだって」

 「うっかり陛下のこと言っちゃっキャ……」


 という、人間にとっては大ニュース(?)、魔獣にとっては契約に抵触すれすれっぽい失敗談を話したことがきっかけだった。

 魔獣たちは、この世界の神であるライディアス(契約神)と魔獣たちの出身地の神であるジレース(変幻神)の間で取り決められた契約に従って、この学園に現れる。

 大雑把に言うと「生徒たちを立派な魔法使いに育て上げる」ことが契約内容であり(転じて「教育実習」と呼んでいる)、様々な条件の中に「この世界の人間に異世界の存在ならびに神々について教えてはならない」というものがある。

 この条件に触れるかどうか、という失敗なのだが、実は魔獣たちの器を用意した契約神は、条件に触れることができないように擬似生命体を作っているので(具体的には、()のことは言葉にできないし、固有名詞も口に出来ない)、違反することは不可能である。

 このような裏があって魔獣たちは召喚されているのだが、人間側がどのように納得しているのかは、謎である。

 閑話休題。

 ここで、3体の魔獣が気にしている少女たちの話を聞いてみよう。

 最初彼女らは、魔王が出てくる物語について話していたのだが、だんだん一つの創作劇の魔王について熱く語りだした。


 「やっぱり、美女をさらっていくのよね。どうしてそこに美女がいるってわかるのかしら」


 「町のうわさ……? まさか魔王本人がうわさを集めないわよね」


 「もちろん、悪事に慣れた手下がたくさんいるじゃない。勇者様の行く手をはばむ手下たち」


 「いつも不思議なのよね。あの大勢の手下たちって、どうやって食べているのかしら。魔王のお城もずいぶん立派よね」


 「魔王の国があるのではなかったかしら。やっぱり一般市民とか農民とかがいて、魔王に税を納めているのではない?」


 「もう! どうして二人ともあの劇のアラ探しばかりするの!?」


 「ごめーん、ファルがあんまり勇者様を熱く語るから、つい」


 「でも実際、悪事ばかり働く国って、立ち行かないんじゃないかしら。国内では普通なのかしらね?」


 「外でばかり悪いことをするの? でも話の大前提にあそこは悪い国だって言っていた気がするわね。そんな国と普通に国交があるなんで考えられないわ」


 「何か利点があるんでしょうけど。あの劇で一番不思議なのは、勇者が数人の仲間と魔王城に乗り込むところよ」


 「悪い手下をなぎ払ってって、普通に警衛兵よね」


 「お城だし」


 「た、たしかに……子供の時は全く疑問に思わなかったけど、そんな風に言われると……」


 ファルと呼ばれた少女が考え込むように俯き、視線がそれたところで残る二人は「してやった」と「しまった」の混ざった、複雑な眼差しを交換する。


 「え、えーと、でも、ほら、あれは劇だから。きっと極端に作ってあるのよ。それよりも、そう。話を元に戻しましょう」


 「そ、そうね。えっと、イズングが言った魔王なんだけど、それってあの子達の王様らしいのよ。ということは、どう考えてもあの魔王とは違うと思うわけ」


 多少わざとらしいが、なんとか軌道修正する二人。

 考え込む前に、新しい話題に乗せられ顔を上げる一人。


 「「たしかにね……」」


 3人揃って3体の魔獣が固まる一角を見る。

 視線が向けられた3体もまた、一応話しは聞いていたので少女たちの方を見上げた。

 しばし見つめ合い。


 「あの子達って、やっぱり子供よね? 魔王様は大人でしょうから、もっとおっきいんじゃないかしら」


 「え、何言っているのファル、あの子達は私たちよりずっと年上だって授業で習ったじゃない。それに、魔法を使うコツを教えてくれるのよ?子供じゃないと思うわ」


 例え子供だとしても、コツの伝授はできるかもしれないが。

 こっそり思いつつ、以前から疑問に思っていたことを言うもう一人。


 「ねぇファル? あなたのスキールが言葉をしゃべれないのは、あなたの召喚陣が正確じゃないからなのよ? スキールが子供だからだと思っていたの?」


 そのときスキール(仮)はもっと言ってやってーと思っていた、かもしれない。

 少し今更かもしれないが、いい機会だと少しきつめに訊ねる。

 確かに「ピヨピヨ」はかわいいが、片言でも話せないというのは明らかに修練を怠っているからではないかと思っていたのだ。


 「えっ、スキール、話せるの?」


 ものすごく不思議そうに質問返しをされて、二人は少し半眼になった。


 「ねぇ……授業、聞いていないの? それとも記憶力が悪いのかしら。そんな事ないわよね、それだけ見事な模様編みができるんだし……」


 嫌味と言うよりも脱力から言葉に遠慮がなくなっている。


 「え、エヘ?」


 笑ってごまかすつもりらしいが、どうも授業に集中できていなかったらしい。

 これはいけない、と思った友人二名は、編み物を置いて、基本から教えることにした。

 魔法を使うには、意志の力が重要になる。もちろん、精霊の気まぐれやいたずらで何気なく口にしたことを実現されることもあるが、基本は強い意思を込めて、実現したいことをより具体的に言葉にしなければ、精霊魔法は成立しない。

 だから魔法学園では生徒の自主性を重視して、教師は教えるべきことだけを教え、後は自主的に質問されたことにだけ助言を与える。

 その方針が彼女にはアダとなったようだ。

 どうやら彼女は、自分の興味のあること以外は頭に残らない性質らしい。「自分だけの魔獣」を得ることには熱心だったが、そのあとは授業も上の空でその魔獣との楽しい空想に耽っていたようだ。

 事情を聞いた全員が、アーアと内心でため息をついた。


 「そもそも……魔獣って、卒業する時には別れないといけないのも知らないんじゃない?」


 「!?」


 案の定知らなかったのか、それはもう悲しそうな顔になっている。ヤレヤレである。


 「あ、あのー、そろそろ帰るっキャ。ごめんっキャ」


 「ご主人、スキール(仮)のために何とかしてやってキュルン」


 「ピヨピヨ……」


 残念娘を囲む会からは「もうそんな時間なのね」「任せといて。サフィーちゃんったら友達思いなんだからぁ」「ス、スキールゥ、もう帰っちゃうのォ」と三者三様の返事(?)があったが、帰るのは魔獣たちの意思ではなく、時間切れである。

 多少の不安は残るが、魔獣たちは教室から()()()


 ……あれだけ理解しているってのに、サフィー()()()呼びであの態度(抱きしめたり持ち上げたり撫で繰り回したり)なんだな……あんま意味なくねー? ……


 スキール(仮)と似たような扱いを受けているサフィー(仮)は、どことなく理不尽なものを感じつつ、眠りについた。




  * * * * * *




 そんなこんなな日々を送るうちに、屋外訓練場脇の大きな木のあたりへ集合するように、32期生全員へ連絡があった。

 連絡と言って、もちろん伝言ゲーム的なものだったが、さすがに簡易な伝言であり、摩訶不思議な進化を遂げることもなく無事全員が集まった。

 以前シャーレン(仮)を中心に集まったのと同じ場所であるが、そこそこ広いわりに人目につきにくいため、魔獣たちが集まる折には定番となっている。

 そこにいるのは、見慣れた丸まっちい魔獣たちが24体と、見慣れない人型のモノが2体。

 ちまちましたモノたちは口々に「わぁ、本当に陛下だ」「本物だ」「陛下形が違うじゃん」「丸くない、ズルイ」なんてことを言っていたが、頃合を見計らった人型の一方が一歩前に出ると無駄口を叩くのをやめた。


 「んー、じゃあ一応自己紹介しとくな、皆知ってると思うケド。オレは宰相のボーノン、こっちはソシミア陛下だ。今この辺りは人間除けと音声遮断の結界が張られているから、お前らも自由に話せると思う。変な訛りもなくなるから。じゃ、てきとーに陛下に質問してくれ。俺はただの付き添いだし」


 赤髪金瞳の美丈夫に見える宰相がとてつもなくてきとーな感じで集会の開始を告げた。あんまりにもいいかげんっぽいので、魔獣たちは反応に困っている。

 それを見た銀がかった緑髪に黒っぽい銀瞳の優美なもう一方、つまりはソシミア陛下が、やれやれと溜め息を付いて、一言促すことにした。


 「宰相のことは記録係と割り切って、無視してくれて構わない。悪いが私が時間を取れるのはせいぜい半日なので、悩み事や質問があればどんな小さなことでも構わないから遠慮なく言ってほしい」


 宰相よりも控えめな王。日頃の関係が目に浮かぶ。

 しかし、この時間が貴重なものであると思い出した魔獣たちは、とにかく質問を始めることにした。

 まずは、最新の疑問から。


 「陛下、こちらでは王と言おうとすると魔王となってしまうのですが、なぜですか」


 実生活(?)にはまったく関係しないのだが、気にするモノは気にしている「魔王って何?」と言う疑問。

 ついでに、この質問によって、宰相の言っていたとおり、語尾に変なものが付いたり、元の口調からかけ離れた言葉遣いになったりする「召喚陣」の問題は一時的に抑えられていることがわかる。……一部の魔獣はそこに感動しているのだが、それだけ彼らには憂鬱なものであったのだろう。


 「魔王、な。これは一応魔獣たちの王という意味なのだが、そもそもこの世界では魔物の王という想像上の存在があって、それが魔王と呼ばれている。ライディアス様は面白がって、私を示す王という言葉には魔王という言葉をあてたらしい」


 もし人間に聞かれたら、魔獣の王だと答えればいいぞ、と助言して締めくくる。つまり人間に魔王の話を聞かれても契約には引っかからないということだ。

 ちょっと気にしていたイズング(仮)はこれで心配事が1つなくなったと肩の力を抜いた。


 「陛下、この言葉がまともに話せる結界と言うのはどういった仕組みなのですか」


 日頃ピヨピヨ言葉が通じないスキール(仮)は、切実なまなざしで質問する。訓練すれば使えるなんてことを夢見ている、というよりも、一縷の望みと言った方が彼(?)の心境に近いだろう。


 「あー、残念ながら、この結界は私しか作れない。一応説明すると、音声遮断と同時に学園ここ全体にかけてある常時発動の召喚陣のほうに少し細工をして、お前たちの思考言語を音声出力しているという仕組みだ。元になった召喚陣を作ったのは私だから、私の他に同じことが出来るものはほぼいないだろう」


 かなり気の毒そうな表情でちっちゃいワンコ(翼付き)を見やる美しい王。一見冷たく思える美貌だが、その瞳は慈愛に満ちている。……慈愛あふれる性格だからこそ、面倒ごとしかない「ジレースの民の王」(=変幻神ジレースの御世話役)という役職が務まるのだろうが。

 王は前任者による指名制なのである。

 それはともかく、質問者スキール(仮)と、先程結界の作用に感動していた面々は、アーヤッパリネーという諦めの半笑いで肩を落としていた。

 誰でも使える方法であるなら、先輩が誰か使っているはずだから、無理だろうことは半ば以上わかっていたのだ。

 この、ソシミアが学園にかけた召喚陣こそ、世界で唯一ここにしかない召喚魔法の秘密である。本来特別な才能をもった魔法使いでなければ不可能な「召喚魔法」が、半人前以前である学園生に限定的とはいえ使えるのはこんな裏(=召喚するための魔法の基礎は別にあるということ)があったのである。尚、学園生たちの召喚陣の役割は、魔獣たちに「姿」を与えることであり、これには言語も含まれている。


 「言語に関しては、がんばって召喚者を育てるしかないな。ただ、召喚されるモノは召喚陣が見えないから、修正すべき箇所がわからんという問題があるが……彼らの魔法を見れば少しは癖がわかるから、そこを直すように指導すればいいだろう。ただ、言語変換これは精神への負担が大きいからな、どうしても無理だと思うならば解約手続きをするように。解約の際にはこの実習を続行するかどうか選べるから、向いていないと思ったモノは実習を止めることも出来る。やめたからといって、教育現場への道が閉ざされるわけでもないので、無理はしないように」


 この実習へ向かう前の事前講習でも注意された点だが、色々あって忘れていたモノも多い。忘れるというよりも、意識の底に沈んだというべきか。

 そういえば現状これは強制でも義務でもなく自分で選択した結果であったと、気付けば心構えが多少は変わる。

 毎月来る外務官は、短時間で魔獣たち全員(三百体近く来ている)の体調、というか心理状態を調べなければならないので、悠長に悩みを聞く暇はない。ソシミアだって暇はないのだが、彼はその高い能力ゆえか、言葉に力があるため相手の心を安定させるのに向いている。だから、こちらでの日常にある程度慣れて小さなことが気になって心が不安定になりがちな時期に、こうして視察に訪れることにしているのだ。

 ともあれ、気分を持ち直すのにもう少し時間がかかりそうな一部を除き、滅多に会えない自分たちの王に何でも質問できるこの機会を生かそうと、とりあえず思いつく端から訊ねることにする。


 「陛下、先輩から聞いたのですが、人間たちは恋愛相談というのをもちかけてくるとか。恋愛とは何ですか」


 一応話には聞いているが、実は魔獣たちには「恋愛」というものがサッパリ理解できない。

 というのも、ジレースの民は全て「ジレースの子」、つまり神の力によって生まれるもので、生殖によって繁殖はしない。当然性差などはなく、生殖機能もなく、つがう必要もない。

 ジレースの世界では、子供はその辺から生えてくるようなもので(ある日突然その辺に転がっている)、それを回収して安全な場所で育成するのは大人の務めであり、現在魔獣をやっている彼らはこの「育成」に携わるための教育の一環として(試練として)、この教育実習に参加しているのだ。……ジレースがうっかり引き受けてしまったこの契約に従事する人材として、一応「教育」に関心のあるモノを選んであたらせた、というのが本当のところだが。

 さて、そのようなわけで、質問されたソシミアだって「恋愛」について実感などあろうはずもないのだが、そこは年の功か。役職によって異世界の様々な事情に通じていることもあり、詰まることもなくなるべく簡易に説明する。

 まずはライディアスの(この)世界の動物の生殖事情から始まり、人間の実情、そこから発展した「恋愛」の様々な面(恋に恋する~娯楽~享楽、一目ぼれ、思い込み、執着など)を思いつくだけ一通りサラッと話してから、


 「結局のところは人間関係の一形態で、友情にも様々な形があるように、愛情にも様々な表現があるように、恋情に定まった形などはない。相談された折にはしっかり話を聞いてやるだけで相手の気は済むはずだ。協力を求められた折には、お前たちの心のままに応じてやれ。私はお前たちを信用している」


 もちろん協力を断るのも自由だぞ、と一応の心得を伝授した。

 魔獣たちは、ジレースの民としては若輩が多く、異世界を訪れるのは初めてのモノばかりだったので、まず生殖というものに驚いたのだが、恋情の説明に至っては、精神病か!? という、相談者が知ったら怒り出しそうな感想を抱いた。

 しかし対処方法は基本的に「相談に真摯に耳を傾けること」という何事にも通じるものであり、一安心する。

 ……実際に相談を受けた折には、また異なった感想を持ったものだが。


 「陛下、どうして魔獣は皆この丸っこい形なのですか」


 鳥型なのに丸すぎて飛べないジルファー(仮)の素朴な疑問。

 飛べないといっても、魔法を用いれば浮くことは可能となるだろうが、現在はまだそこまで「魔獣であること」に慣れていないため今後の課題といったところだ。


 「形についてか。大きさに関しては皆察しているとは思うが、単純に場所をとらないように、それでいて踏み潰されることのない適当な大きさになっている。丸いのはなぁ……、確認したわけではないのだが、相手が子供ということで、親しみを持ちやすい姿にしたのではないかな」


 学園生の年齢は、子供というほど幼くもないのだが、ジレースの民からすればまだまだ保護の必要な未成熟な子供としか見えない。年齢そのものではなく精神の成熟度で計っているので、一般的には大人と思われる人間であっても、幼いと判断することもある。逆も時にはあるのだが。

 それはともかく、魔獣の中身はジレースの民であるが、その器は契約神が用意したモノ。形を方向付けるのは召喚者の作った陣であるが、召喚陣の個性を形に反映するのは契約神の力である。

 何が言いたいのかというと、魔獣の形には契約神の意向が含まれているということ。

 どうして丸いのかは契約神にしか答えられるものではないのだが……、ソシミア王としては、何事も真実が最上の答えとは限らない、と思っている。確認して、「かわいいだろ?」とか返ってきた折には、ちょっと説明し辛い。魔獣たちがその姿で要らん苦労を負っているだけに。

 そのような内心には気付かずに、魔獣たちは素直に納得している。「時間が限られているんだから、より親しみやすい見た目というのは重要かな」などと自分を説得することに成功したようだ。どうにもならない事だけに、受け入れるにも小さな理由があれば十分なのだろう。


 「陛下はどうして人型なのですか」


 素朴な疑問ではある。が、ソシミアの器を用意したのも契約神だから、理由があるとは限らない。


 「最初にこちらへ来た時に、人間と交渉するには人型がやりやすいだろうと思って、ライディアス様にそのようにしていただいた」


 契約神ライディアスではなく、ソシミアの方に理由があった。

 異世界の神と直接相対することは通常は不可能である。が、ライディアスとジレースがあまりにもしょっちゅう契約を結ぶため、過去にジレースの尻拭い役たる王の権限でもって、ジレースにライディアスとの直接交渉用の器を用意させた王がいた。そして現在もそれを使って契約内容の確認を行っている。

 あまりにもお人好し過ぎて創造物から信用されないという変幻神ジレースと、思い付きをすぐ実行するため細かいところまで決めていない契約神ライディアスに振り回されるジレースの民の王たちにとっては、直接交渉は絶対必要なものだったのだ。

 そんなこともあって、契約神はジレースの民の王とは結構気軽にやり取りをする。むしろ自分の創った世界には直接関われない分、便利に思っている節さえある。


 「陛下はこの後どうされるんですか」


 どうも質問のネタも無いようで、完全に興味本位の質問になっている。


 「しばらくはこの学園にいて、他のモノたちの様子を見るが、その後はこちらに来ている民たちの現状を視察してから戻る予定だ」


 こちらに来ているのは、大部分は観光旅行だろう。

 そういうことが出来るという知識はあるが、若い彼らにはなぜわざわざ異世界に観光に訪れるのかがわからない。


 「陛下、どういった方がこちらへ来ているのですか」


 さすがの王も、ジレースの民一人一人の行動は把握できないだろうが、異世界観光などに行くモノは数が限られるから、全て知っているはずだ。


 「大体は、我らとは全く異なる考え方をする存在に興味を抱いたモノだな。あとは芸術家が多い。新しい刺激を常に求めているからな」


 そういうものらしい。

 魔獣たちは基本的に真面目なモノが多いので、「刺激を求めて」異世界を訪れるモノの気持ちは今一理解しきれなかった。

 丸まっちい彼らがそれぞれ首をかしげたり振ったりする仕草は見ていて何かが内から湧き上がるのだが、それを表情に出すこともなく、ソシミアは木の幹にもたれていたボーノンに視線をやった。


 「んー、そろそろ質問も終わりか? じゃあ他の奴らに終わったって伝言まわしてくれ。あ、別にこの辺にいても問題はないから、しばらく()()()言葉を楽しんでっていいぞ?」


 「何か質問を思いついたらいつでも聞いてくれ。しかし今は、他のモノたちもこれを楽しみにしていただろうから、まずは伝言をまわしてほしい」


 あいかわらずゆるい宰相と気配りの王の言葉を受けて、確かに、この言語翻訳から開放されるのは先輩方も楽しみにしていたに違いない、と全身で同意して、24体の魔獣はあっという間に散らばった。

 当然、残っているのは人型の2体のみ。


 「いつもながら、スゲー速さで散ったなー」


 「そうだな。私だって、あの妙ちきりんな語尾変換は疲れる……」


 「あー、あいつらは本っ当に、いい子だよなー」


 「自分の身をもって実感しているからな」


 人間は無意識に近寄らなくなる結界の中で、どこか疲れた風の王と、哀れむような顔の宰相は静かに同胞を待つのだった。


 「ところでソシミア、今日くらい奴らを自由行動させる訳にゃいかんのか?」


 「可能不可能でいえば可能だが、それでは甘やかしすぎになる。彼らは教育実習中なのだからな」


 「お前って、優しそーに見えて本当に厳しいよな……」


 年に一度、一日だけの言語翻訳からの開放日であるが、もちろん通常業務(子守り)のスキマにしか楽しめない。




  * * * * * *




 「これからまた一年は(こっからいちねん)、がんばんなきゃーキュしんぼーせにゃならんなルン」


 元の口調が伝法な自覚があるだけに、違和感を乗り越えられるか、サフィー(仮)は己に問いかけるのであった。




読了、有難うございました。


世界観(神様について)や設定(魔法や召喚の裏話)をもう少し詳しく知りたいと思ってくださる奇特な方は、前作「「教育実習」の悲哀」をどうぞ。(宣伝)

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― 新着の感想 ―
[一言] 生徒達に振り回される教育実習生達が、相変わらず可愛かったです(*´ω`*) 陛下は魔王様と変換されるし、あの世界の方々は、みんな苦労性だという(^_^;) ピヨピヨは可哀想だから、何とかし…
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