みみらくの浜
「みみらく伝説」という物が五島列島に伝わってます。
かなり昔からある伝説で、みみらくの浜に行けば死者に会える、という物です。
五島列島の福江島にあるらしいです。
そんな伝説をもとに書いてみました。
…ぴ……ぴ………ぴ…………。
「あのね…あーくん…。あたし…ね…。…また…あの……海で………」
ぴー…。
「おい!あの海で…なんだよ!おい!返事を…返事をしてくれよ!日香里!」
どんどん遠くなっていく日香里は、最期にそう言って、微笑みながら逝った。
16年の短い一生だった。
真っ白いシーツに横たわり、その可愛らしい顔とは不釣り合いな様々な管につながった日香里を見ていることはできなかった。
信じられない。
泣き叫びながら病院を出て、満開の桜並木に目もくれずひたすら突っ走った。
着いたのは人気のない、静かな浜辺だった。
伝説の伝わる、小さな砂浜だった…。
日香里の死からしばらく経ち、季節は夏になっていた。
あの幼馴染のことが頭に過らない日は無かったのではないだろうか。
だからこそ、こうして毎日あの砂浜に来ているのだ。
「あ、朝陽じゃん。まだここに来てたんだ。飽きないねぇ」
突然声をかけてきたのは、愛衣。
こいつも幼馴染。
いつもこいつと俺と日香里で遊んでいた。
それももう、昔の話だけど。
「いい加減日香里のこと忘れたら~?」
「…うっさい」
「で?毎日ここに来てるけど?日香里には会えたわけ?」
「…」
この砂浜の伝説。
みみらく伝説。
ここの浜辺では、死者に会える。
そんな言い伝えが古くから残っている。
俺だってそんなの信じてるわけじゃない。
でも、それにすらすがりたいのだ。
「まったく、朝陽は健気だねぇ。私なんかもう何とも思ってないのに。あ、そうそう。村長が探してたよ?チャンココの練習やるってさー」
なんでだ?なんで幼馴染が死んでもこいつはこんなケロッとしていられるんだ?
…なんか腹立つ。
いらいらする。
もう何とも思ってない…?
ふざけるな…!
「ふざけるなよ!」
腹の底から湧き上がってきた怒りを、俺は抑えることができなかった。
握った右のこぶしを力任せに、甘い照準ながらも愛衣に向かって全力で放っていた。
「ふんっ!」
俺のこぶしは愛衣に軽く弾かれ、それによってがら空きになった胴にやつが放った蹴りが入った。
「ガハッ!いっててー…」
俺はその場に倒れこんだ。
でも言うほどダメージは無い。
どちらかと言うとショックの方が大きかった。
「まだ、あんたには負けないから」
忘れてた。
というか、冷静さを失ってた。
こいつ、空手やってて、大会でしょっちゅう内地まで行ってたわ…。
恐らくは上手く当ててくれたのだろう。
そのおかげで俺も体へのダメージは軽かった。
「じゃ、私はちゃんと伝えたから」
そう言って立ち去った。
俺はしばらく倒されたままの恰好で空を眺めていた。
天気は良い。
流れる雲をただぼんやり眺めた。
「そういや、ケンカ勝ったことなかったなー…」
昔のことを思い出す。
「さて、チャンココ行くかー…」
気が済んだ。
さっと立ち上がり、公民館へと向かった。
チャンココと言うのは、帷子と腰蓑で身を包み、顔は布で隠した青年が、首からぶら下げた太鼓を叩きながら踊る念仏踊り。
「オーモンデー」と言いながら踊る。
意味はよく分からない。
これの練習は盆まで続く。
盆の日は、初盆の家とお墓を回る。
つまりは、日香里の家も…。
村人だってそう多くは無いこの町。
すぐに行くことになった。
あの日以来、葬式の時から近づきもしないあの家に。
行ったら…お線香とかあげたら…日香里の死を認めてしまうことになる。
認めなきゃいけないのは分かってる。
でも…信じたくないことがある。
それがこれなんだ。
「オーモンデー…」
ダメだ、これ以上ここに居たら、泣いてしまいそうで…。
本当は泣きたい。
でも、泣いたら…。
泣いたって…日香里はもう…。
でも…。
…今はチャンココに集中しなきゃ…。
頭から日香里のことを振り払ったころ、チャンココは移動して、何とか無事に終わった。
終わったら、夕暮れだった。
夕日が沈むのが見たいわけではない。
でも、俺はあの浜に来ていた。
「おっす朝陽。日香里んちの前で朝陽泣いてたろー。声が震えてた」
この前の事件以来、久しぶりに見る愛衣の姿があった。
正直、あれから俺はこいつとは会いたくないと思っている。
「泣いてない」
「ふ~ん。そう」
…。
しばし無言の時が流れる。
「なんだ?お前も日香里に会いたいのか?」
顔を向けずに聞いてみた。
「会いたくない。…私、あの子嫌いだった」
「は?」
初耳…といか、耳を疑う発言が飛んできた。
あんなに仲良く遊んでたのに、こいつは…!
もう一度殴ってやる!
右手をギュッと握った時、愛衣は言葉を続けた。
「だって…。大好きだった友達が死んじゃったって、認めたくないもん!だから…だから、だったら…!嫌いだったって…そう…思い込むようにって…!」
愛衣は泣いていた。
「でもね…今日日香里の仏壇見ちゃってさ…。嫌いって思い込むのすら無理になっちゃった…。ずっと一緒に遊んできた最高の友達だったんだもん!」
「お前…」
平気なふりをしてたのか。
日香里がいなくなった悲しみを、日香里が嫌いだったと思い込むことで、傷つかないように…。
「でもさ、朝陽…。もう…日香里には会えないんだよ!みみらくの浜だって、そんなの伝説だよ!」
…返す言葉がない。
愛衣が自己暗示にすがっていたように、俺は今でもみみらく伝説にすがっている。
…認める時なのかもしれない。
日香里の死を。
「…俺、今なら日香里が最期に言おうとしたこと分かるかも知れん」
「え?」
「またあの海で会おうって…。みみらくの浜で会おうって…!」
最初にこの3人が出会ったのも「みみらくの浜」だったのだ。
あの時は伝説なんか知らないで、ただ遊び場だった。
一緒に泳いで貝殻集めて…。
そんな思い出がたくさん詰まったこの場所。
「私、思うんだけど、みみらく伝説って…こういうことなんじゃないかな?」
「え?」
「死んだ人に会えるって…。思い出話してる時は日香里も隣にいた気がするもん!」
「…」
「…うん。思い出の中なら一緒…だよ」
「…そうだな!3人の思い出だもんな!」
そう言ったとき、ちょうど夕日が沈んだ。
「さて、泣いたら腹減ったー。帰りますか」
「やっぱ泣いてたんじゃん!」
「なっ…うるせー!」
その時だった。
『ありがとう。あーくん。あいみー』
不意にそんな声が聞こえた気がして振り返ってみた。
それは隣の愛衣も同じだったようで。
「今…聞こえた…」
「うん…!」
「ずっと一緒だよ!日香里!」
「俺らの方こそありがとう、日香里!」
振り返って叫んでも日香里の姿は無く、ただかすかに残った夕日の赤が夜に最後の抵抗をしているだけだった。
あの時、日香里が死に抵抗していたように。
全てのことを日香里に重ねる癖はしばらく抜けそうにない。
「どうせ俺らもいつかあっちに行くんだ。よくよく考えればそれだけだよな」
「あんたは長生きしそうだよね」
「そりゃどうも」
「ありがとうね、二人とも。ばいばい…」
誰にも知られることなく、日香里は二人の後ろ姿に手を振って、ふっと消えるのであった。
俺は、チャンココを踊った日以来あの浜には行ってない。
日香里のことと言えば、定期的に線香をあげに行くくらいだ。
もう、みみらくの浜にすがらないでも大丈夫!
日香里は、この胸で生きている。
この先も、ずっと3人一緒だ。
みみらく伝説は樋口了一さんの「みみらく霊歌」で知りました。
チャンココとオーモンデーは別物みたいですね。
後から知った衝撃の真実!
「みみらく霊歌」でも出てくるチャンココやオーモンデーですが、実際どんなもんかは「ばらかもん」で知りました。
おー、なんか参考資料が楽曲と漫画だぞー。
そして全く意図しない形であの花チックになってしまった…。
あの花が王道なんだよぉ~…。
軸をぶらさずに書くと誰だってこうなるよぉ~…。
実際に死者に会えるわけがない。
それでも望んでしまうのが人間なんですね。
だからこんな伝説が生まれるんです。
いいなー五島列島行きたいなー。
そういや登場人物って苗字出てきて無いのね…。
あーくん。
あいみー。
日香里。
日香里にもなんか付けてやればよかったかな?
ヒカリエ…いや、そんな渋谷みたいな名前ダメだろ…。
愛衣だって当初は「こだま」って名前の予定でした。
日香里…ひかり。
新幹線コンビ!とかやろうと思いましたがなんで五島列島で新幹線なんだと却下。
適当に付けて愛衣。
ニックネームはさらに適当です。
愛衣は当初完全な悪役だったんですけどね。
これで良かったかなと思います。
では、この辺で。