第六話 遺跡都市まであと少し―②
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少し時間を遡る。
レイチェルとリオンが近くの森へと向かって、わずかな時間が経過した。
頭上に小さな光球を浮かべて、レイチェルから借りた本――予想外に面白い――を読んでいたアイリーンは、それをパタンと閉じた。
「さて。頃合ね」
「なんのですか?」
聞いて欲しそうだったので義理で問うクライブ。
「行くのよ」
「何処へですか?」
「レイチェルの水浴びを覗きにいくに決まってるでしょ?」
至極真面目な声でさらっと最低なことを言い出したが、クライブはいつものことだと流して香茶を口に含む。
「行くわよ」
その呼びかけに、コクリとうなずき立ち上がるキラとバン。
なんの躊躇もなかった上に真顔だった。
「――ぶはっ!」
思わず香茶を吹き出すクライブ。
「………いやいやいやいや、ちょっと待ちましょうよ。正気ですか、二人とも!?」
この二人も実はバカだったのかと本気で慌てる。
「「え?」」
何か物凄く意外なことを言われたような反応をするキラとバン。
むしろ、クライブの方が常識を疑われているような雰囲気だった。
「女性が水浴び、もしくは湯浴みに行くと宣言するのは、覗けるものなら覗いて見ろという宣戦布告なのではないのですか? つまりは互いの誇りをかけた勝負なのでしょう?」
ワケノワカラナイコトを口にするキラの横で、真剣な顔でうなずくバン。
「レイチェルからの挑戦ならば、受けざるを得ない」
「あんたたちもわかってるじゃないの。そう! これはレイチェルからの挑戦なのよ!」
いかにもとって付けたように言うアイリーン。
ノリノリだぁ……。
「何処の異世界の法則ですか、それは………?」
「養父に教えられたのだが」
キラやバンの古巣での恒例行事であり、野郎どもと『桃源郷』なるものを目指して――実はこの二人はよくわかっていない――挑んだものである。
基本的に惨敗で酷い目に遭わされ続けたが。
「そうですか。そういえば、あの人も正気を失って………げふんげふん………非常識な側の人でしたね」
肩を落として、ため息を吐くクライブ。
説得――というか、納得に至る説明を行うべきか迷ってから、あっさりと諦める。
「今日ばかりは、あなたを同士と認めるわ」
その傍らで、イイ笑顔で『左手』を差し伸べるアイリーン。
「光栄です」
言葉とは裏腹に、笑顔を装う口の端が微妙にヒクついているキラ。
握手を交わすアイリーンとキラというのは珍しい光景だが、動機が果てしなく不純で、むしろ切なくなるのが不思議だった。ついでに言うとどれだけ力を込めているのか、骨が軋むような音がしている。ミシミシと。ギシギシと。
やはり根本的なところで相容れないらしい。
それでも笑顔――らしきもの――を維持しようとするのはさすがだった。
「………行こう」
そんな彼らの握手にバンも上から手を重ねる。
空気が読めているのかいないのか微妙である。
ともあれ、危ういバランスの均衡はギリギリで崩れずに、三人はうなずきあう。
「………あぁ………」
頭痛を堪えるように眉間を揉み解すクライブ。
日頃の行いをそれぐらい真剣に改めてくれればと思わずにはいられない。主にアイリーン。
「いえね。結託しているところに言うのもアレですが、そもそもレイチェルさんなら普通に皆が一緒でも恥らったりはしませんよ。わざわざ意味のない覗き宣言などせずに堂々と水浴びに行けばいいでしょう」
それはそれでどうなのだろうと思われる提案ではあった。
「そうなんですか?」
だったら普通に行こうかな、とか思っていかねないキラの反応。
欠けているのは常識か、それとも人間性か、どちらなのかと悩んでしまいそうになる。
「それが面白くないから、覗きに行くのよ」
そして、一筋縄ではいかないことを言い出すアイリーン。
本当に面倒な人だと思う。
不思議と心底嫌いにはなれないが。
人柄では断じて在り得ないが、悪ふざけにも全力全開ですといわんばかりの行動力には、一種の憧れを抱かないでもない。全力で全壊しているような気がしないでもないが。
「………はぁ、そうなんですか」
「普通に見られても恥じない相手だからこそ、こっそり覗き見ることで相手を恥らわせるのよ。頭の中で」
「妄想がしたいだけならわざわざ覗きに行ったりせずに、どっかその辺で自分世界を展開していてください」
「ふふ。わかってないわね。実際の映像があるのとないのでは、クオリティに差が出るのよ」
サムズアップしながら言っていい内容ではない。
「最悪なまでに最低ですね。むしろ、尊敬してしまいそうです」
「それで、あんたは来ないの?」
「行くわけないでしょう」
娘みたいな年頃の女の子の水浴びを覗きにいくほど常識は失っていない。
それにそもそも――
「これでも妻子持ちの身です。家族に顔見せできなくなる真似をするはずがないでしょう」
「内緒にしとくわよ」
「信用できません――ではなく、そういう問題ではありません」
「順番おかしくね?」
「………ただの言い間違いです」
誤魔化すように咳払いをするクライブ。
「気になる発言があったのですが、クライブさんは家庭持ちなのですか?」
片手を上げながら質問をするキラ。
「そうですけど。ちなみに子供は女の子です」
そういえば、彼らは知らない話だったと思うクライブ。
出逢った当初にお互いに大概のプライベートは暴露しているので、今頃に話題になったりはしないのである。
「妻子をほったらかしにして、何してるんですか?」
ジト目になったキラが非難の声を上げる。
どうしてそんな目で見られるのだろうと疑問に思いながらも、クライブは真面目に答える。
「趣味と実益を兼ねた渡り鳥稼業です。頑張って稼いで仕送りしてますので、ほったらかし呼ばわりは心外ですが」
「堂々と言わないでください。このロクでなし!」
「さらに非難された!? 現状には妻も納得してくれてますよ」
「そういう問題じゃありません。ちゃんとした家族がいるのに、他に家族を作ったりしてるなんて浮気じゃないですか!」
「待ていっ! 人聞きが悪いにも程がありますよ! ちゃんとレイチェルさんは紹介してますし、今後の展開では妻子を含めての『家族』も視野に入れています」
浮気発言に反論するクライブだが、その内容はやや誤解を招くものだった。
「恥じ入る気配も無く二股発言かよ! 最低だな、あんた!」
クライブの発言をそのまま思考に反映させたキラの眉が吊り上がる。
おまけに言葉から敬語が取れた。
「さらに待ていっ! さっきから僕の話をどんな風に解釈しているんですか、あなたは!」
ギャーギャーと言い合いをヒートアップさせていく二人。
「――まあ、普通に聞くとそんな風に聞こえる側面もあるわよね、クライブの場合は。私らはそうした場面に同席してたから誤解の余地がないわけだけど」
なにやらしみじみと呟きながらも、楽しげに傍観しているアイリーン。
「………そうなのか?」
「元々は妻子連れで大陸を渡っていたのよ。私たちが出逢った出来事でいろいろとあった結果、その街の有力者――レイチェル信者の一人ね――が妻子の生活の面倒を見てくれるようになったのよ」
「レイチェル信者て」
さすがのバンも苦笑してしまう表現だった。
「その時に奥さんは少し怪我をしてしまったし、少なからず危険を伴う旅路に可愛い娘を同行させるわけにも行かない。正直な話、レイチェルに関わらなければそれで済む話ではあるのだけど、家族ぐるみでファンになったらそういうわけにもいかないでしょ?」
「なるほどな」
事情はよくわからないが、どのような経緯があったのかはなんとなく理解するバンだった。おそらくだが、自分たちの時と似たようなものだろう。
「奥さんはクライブには勿体ぐらいだし、この私が手を出したいぐらいには器量良しよ。たまに小道具を使って逢いに行かせてるし、夫婦仲は円満、世は並べてことも無しね」
「それはなによりだな」
なにやら不穏な発言が聞こえないでもなかったが。
「それにしても、あの坊やがあんなに熱くなるなんて意外ね?」
「そうでもない。俺たちは当たり前に続くと信じていた日々を、不意に奪われた戦争孤児だ。置いていかれる側の気持ちはわからないでもない。自分の趣味を優先して家庭を大事にせずに、寂しい思いをさせているなんて風に解釈をしてしまう余地のある発言を聞けば、多少の憤りを覚えても仕方がないだろう」
特にキラはそうした方面の感受性が強い。
「先走りの誤解だけどね」
「彼の発言内容にも問題はあったと思う」
「まあ、誤解を招きやすい言い方ではあったわね。言われ慣れていない角度からの非難だったから動揺したんでしょ。
――まあ、それはそれとして、そろそろ覗きに行くわよ」
「わかった」
バンはうなずき、仲裁のために二人の間に入っていくのだった。
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それから間もなく、三人は足音を殺して言葉少なに森の中を進んでいた。
覗き地点である泉までは、そんなに遠くはないが近くでもないという微妙な距離にある。のんびりしているとレイチェルたちの水浴びが終わってしまうので、三人はやや早足だ。
魔法で周辺を索敵するが、野生動物の気配はなく、やや離れた場所にレイチェルとリオンの気配を感知。
無言でその方向を指差すと、やはり無言でうなずくバン。
互いにうなずき合って、等間隔で移動をしていく。
まるで高度な訓練を受けた兵士のような行軍であったが、目的が果てしなく不純なのが悲しくも虚しい。
戦場育ちであるキラとバンの二人がこうした隠密行動を得手とするのは、生き残る上での必要事項であったのだから何の不思議でもないのだが――
「………………」
前を行くアイリーンを見ながら、ごくわずかに首を傾げるバン。
貴族の令嬢のような着飾りをしておきながら、そんな二人に匹敵する――あるいは上回るレベルでの隠密行動を可能としているのに、違和感を覚えるのだ。
技量の差があるのは当然だが、そうした云々を差し置いて、無数のアクセサリーを下げておきながら無音で移動するのはおろか、服が傷んだりしないのはどう考えても不自然だろう。
魔術師――いや、自称・魔法使いであるのならば、なんらかの手段を用いていると考えればいいのかもしれないが、当たり前に必要とする手順を行使するところを見ない上に、そんな高度な部類に属すであろう魔法を常時使用し続けられるものなのだろうかとも思う。
「………………」
アイリーン=ウィンスレット。キラの天敵。セクハラ魔。ドSの女王様。自称・レイチェルの愛人。自称・腕利きの魔法使い兼渡り鳥。
何度となく顔を合わせる機会はあったが、実のところ彼女に関してはあまり詳しい情報を持っていない。
(――というか、巧みに隠されているような気がするな)
警戒されているのか。信用されていないのか。
少なくても人生経験の差と口の巧みさでは叶いそうもないと結論するバン。
腹芸は苦手だ。
そして、アイリーンはそうした権謀術数にこそ本領を発揮しそうな気がする。どうにも『あの女』に近い空気を纏っているので、なおさらその印象が強い。
「………………」
方向性が詮索に近くなってきたので、それを好まないバンは思考を打ち切った。
と。
先頭を行くアイリーンが足を止め、後続の二人にも止まるように合図を送る。
「――どうした?」
かつて見た経験がないまでに真剣な顔をしているので、自然と声に緊張を宿すバン。
険しい眼差しで足元を凝視していたアイリーンが、肩越しに後続の二人を見る。
「………そういえば言い忘れていたけれど、遊び気分は抜いておきなさいよ」
「もとより遊んでいるつもりはないが」
傍から見ると遊んでるようにしか見えないのだが、当の本人たちは真面目なのである。
「――どういう意味です?」
「こーゆーことよ」
木々の狭間に巡らされた細いながらも強靭な糸――足首くらいの高さにある『それ』をアイリーンは意図的に踏みつける。
次いで、左手でキラの襟首を掴んで自身の前に突き出すアイリーン。
「へ?」
そのキラの眉間に飛来するリオンが愛用している両刃の投げナイフ。
「うおぉぉぉぉぉぉいっ!」
奇跡的な反応速度で白羽取りをするキラ。
ちょっぴり刺さったナイフの刃先から血が垂れる。
「………っ」
二重の意味で沈黙するバン。
「なにすんだぁぁぁっ!」
完全に敬語の取れたキラが叫ぶ。
「静かにしなさい」
そんなキラのみぞおちに重いブローを叩き込み、放り捨てるアイリーン。
ゴインと鈍い音をさせて巨木に頭から叩きつけられたキラを視線で追い、いつものことだからと心配せずに視線を戻すバン。
「………罠、か」
「リオン特製のね。迂闊だったわ――というか、どうも読まれていたみたいね」
日頃の行いがものをいう。そんな典型的なパターンである。
「あの少年か」
そういえば、薪を集めている時に――より正確には泉を発見した直後くらいから、妙にゴソゴソしている時間があったなと思い出すバン。
「ええ。出番がしばらくなかった反動かどうかはしらないけれど、前話と今話はかなりはりきって存在を主張しているわ。この展開を先読みして、泉の周囲に鉄壁の防衛網を仕掛けているのよ。言っておくわ。レイチェルが絡んでいる以上、リオンに遊びはないわよ」
「つまり……?」
「命懸けよ。侵入者を殺る気で仕掛けてるからね。あの罠マニア。」
「………罠、マニア?」
「初仕事前に切り捨てられたわけだけど、元が暗殺者なのは言ったでしょ? そうした技能も有しているのよ。こういう視界の制限される限定空間で効果を発揮する類の、多人数を効率的に削っていく仕掛けとかをね」
「………物騒だな」
「文字通りの意味でね」
「――だが、行くのだろう?」
「勿論よ」
二人はうなずき合い、森の奥へと歩を進めてゆく。
「………………………ちょっとでいいから、待ってくれないかな?」
忘れられたというか、置き去りにされたというか、まだ立ち上がれなかったキラの呟きは無視された。
● ● ●
「なんだか騒がしくない?」
リオンの頭をワシワシ洗いながらレイチェル。
泡立った洗髪剤が目に入らないようにしながら、リオンは口をへの字にする。
「………やっぱり動いたな、あの女狐」
「何か言った?」
「いや、少し風が騒がしくなってきたんじゃないかな」
「そうかなぁ……?」
「あまり長居すると風邪を引くかもしれない。そろそろ切り上げよう」
「う~ん。もう少し姉弟の触れ合いを楽しみたいなぁ。久しぶりだし」
「………………」
それなりの数の罠を仕掛けている。
訓練された耳に聞こえてくる発動した罠の音から察するに、移動しているのは一人ではなさそうだった。キラとバンの二人も同行しているのだろうか。まあ、あの二人でも暗闇の中に張り巡らされた罠を短時間で突破するのは困難だろうし、そう易々と死んだりはすまい。
あの三人の力量を計算して、突破に必要とするであろう時間を算出する。
アイリーンがその気になれば、あの程度の罠など無きに等しい。だが、こうしたお遊びに限定するなら、アイリーンはお遊び程度の労力しか使わない。
――故に、余裕があるとはいえないが、まだしばらくは問題ない。
リオンは姉の要求を受け入れると決めた。
「わかったよ」
「うふ。ありがと、リオン」
うれしそうなレイチェルは、リオンの洗髪を再開した。楽しそうに。
● ● ●
何かを踏んだ――と思った直後には、ふわりとした無重力感に全身が包まれる。
「しま――」
最後まで言い切る暇すら与えられずに、どういう仕組みのトラップだったのかも理解できないままに、キラは森の木々よりも高みまでその身を飛ばされていた。
「………き、キラが飛翔んだぞ!?」
静かな物言いは変わらないながらも戦慄を宿した声で、寸前までキラのいた場所を見ているバン。本当に一瞬で真上に跳ね上がった。どんな仕掛けだったのかもわからないが、見事な手際だった。
「死んだ♪」
「喜色満面で聞くな」
文字通りの表情で振り向いたアイリーンを、冷たい視線で迎撃する。
当然のように効果はなかったが。
「あ、ごめんごめん。つい本音が」
自分の手を汚す必要がない状況に誘い込むことで、漁夫の理的な暗殺を目論んでいるのではないだろうかと勘繰るバンだった。
一方――。
「どんだけだよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
眼下に黒々とした森を見る遥かな高みから落下しながらキラは叫ぶ。
そのまま落下すれば普通に死ねるほどの洒落になっていない高度だった。
「くっそ。――風よっ!」
魔力を編んで『風』を生み出す。地水火風雷の五属性を基本とした『精霊魔術』――キラは『風』の恩恵を受けた精霊魔術師であり、それと蹴り技を主体とした体術を組み合わせた『風迅脚』と名付けた技を使う。
その基本的な技術で、己の魔力で生み出した風を纏わり付かせて、落下速度を調整しながら地面に降り立った。
「て、手加減なしだな、おい」
最初の一手から理解しておくべきだった事ではあるのだが、遅まきながらに実感するキラである。
本気で挑まなければ、敗北するだけでなく、生命まで奪われる。
かつてない『覗き』に対する緊張感に、唾を飲み込む。
バンの踏みしめた地面の感触が失せる。
ほんの一瞬の浮遊感に戦慄するが、仕掛けられていたのは膝下程度の浅い落とし穴。
「………ふ――」
ふぅと安堵の吐息をする暇も与えずに、ほんの一瞬でも弛緩した意識の隙間を、直立した丸太のプレスが狙い打つ。
「――こ、殺す気か!?」
ギリギリで受け止めたバンだが、十分な加速で重力を味方に付けた丸太の重量に、全身がミシミシと悲鳴を上げる。
さすがのバンも冷や汗を浮かせる容赦の無さ。
どんな仕組みのトラップかわからないが、仕掛け人の本気は嫌でも知れた。
――姉の裸を覗き見ようとする不埒者は、一切の手心を加えずに殺す気らしい。
恐るべし、リオン。
甘く見ていたつもりはないが、姉が絡むと三倍ぐらい凶悪さが増すようだ。
ひゅっと風切り音。
アイリーンが自身の顔の前に上げた手の指の間に四本のナイフ。
明らかに殺人的な速度で飛来したものである。
「ふふふふ。障害が困難であればあるほどに、それを踏破した時に得られる喜びもまた増すのよ。燃・え・て・き・た・わ・よ!」
盛り上がるアイリーンが更なる一歩を踏みしめた直後――
なんの前触れもなく周辺一帯に衝撃波が撒き散らされた。
別に爆発というわけではない。そこまで見境のない罠を仕掛ければ、さすがにレイチェルに気づかれてしまうからというだけの理由で、リオンは派手な視覚効果の発生する罠は仕掛けていないのである。
先ほどの仕掛けは、魔力を溜め込む性質のある『晶石』を埋め、その上を誰かが歩くなどの一定の振動を与えることで『起爆』――無属性の魔力を全方位に放出――させるというものである。
非殺傷の罠だが回避が難しく、堅実に体力を削るのを目的とした罠である。
「………………」
「………………」
「………………」
周辺の木々に問答無用で叩きつけられた三人。
「………少しは、手加減をしてもらいたいな」
やや後悔を宿した声でバン。
「………ふふふふ。レイチェルが絡んでいる以上、リオンに遊びはないって言ったでしょ」
「無さ過ぎです」
「なら、あなたたちは引き返すのかしら? 目的地に近づくほどに罠は苛烈さを増すから、臆病風に吹かれたというのなら、ここで引き返すのも勇気ある選択(笑)と思ってあげなくもないわよ」
挑発的な笑みを浮かべるアイリーン。
「そんなわけがないでしょう。あなたが行くのなら、僕が引き下がれるはずがない」
「………………」
冷静に状況を客観視しているバンは、実はちょっと帰りたくなっていたのだが、口に出せる雰囲気ではなくなっていた。
「いい度胸ね。褒めてあげるわ。
なら、レイチェルの待つ桃源郷へ全力で向かうわよ」
『おおーっ!』
全力で手を突き上げるキラ。義理で付き合うバン。
罠で満たされた森の中、バカ三人の行軍は続く。
そして、それから幾許かの時間が経過して、彼らは泉へと到着した。キラやバンは言うに及ばず、さすがのアイリーンもかなりズタボロだった。
だが、そんな労苦を吹き飛ばす光景が眼前に待っているのだと奮起して、最後の一歩を踏み出して――彼らは忘れられぬ思いと共にそれを目に焼き付けた。
「いないわね」
「そう、ですね」
「………………」
泉にレイチェル(とリオン)の姿はなかった。
二つの月は大分傾いている。当たり前の話だが、そんなに長く水浴びをしているはずもないのである。
次でようやく遺跡都市に到着するかと思いますが、変な話を思いついたら寄り道する可能性もあります。そろそろキーワード詐欺になっている「レディガンナー」も回収しておかなければ。
あと、本編とは関係ない話ですが、ノクターンの方でも一本始めました。
時間と興味のある読んでもいい方は、試してみてください。