長い一日の終わり
赤石屋は、暫く閉口すると、「たとえ話になりますが…」と前置きをし、話を再開する。
「貴方は、悪魔や魔物、妖怪といった類をご存知ですか?」
「えっ? あ、はい、それなりには…」
なんとなく、自分の中の悪魔や魔物のイメージを考えてみる。
牛みたいなケンタウロスや背中に羽の生えた角のある人間など、よく漫画やアニメ、小説などで登場するものたちが浮かぶ。
しかし、それらとあの化け物は、どうにも違う気がした。
釈然とせず首をひねっていると、衣恵がため息をしつつ「仕方ないなぁ」と苦笑いをしつつ、会話に参加してくる。
「カモ、一言に妖怪っていっても、のっぺらぼうとか、一つ目小僧っていうのもあるんだよ?」
「あ、それなら、まあ…」
衣恵に言われて気づいたけれど、確かに一言に妖怪とは言っても、オドロオドロしい見掛けをしたものだけじゃない。
あずき洗いのような、人間の形をしたものだっている。
それは、きっと魔物だのなんだのについても同じなのだろう。
一人納得していると、赤石屋が、話を続ける。
「納得していただけたようですね。 厳密には違うのですが、さっき言った魔物や妖怪と一般的に呼ばれるものが、EATERと呼ばれるもので、今日貴方を襲ったものの正体です」
言われてみれば、確かにあれば常識的に考えて、まず人間ではなかった気がする。
よく世界には自分と同じ顔が三人存在するだなんて言うけれど、それを差し引いたとしても、人間の腕を食べる自分と同じ顔を人間だなんて考えたくもなかった。
「でも、なんで私が襲われたの?」
「それは…若干説明が前後してしまいますが、先程時申し上げましたとおり、貴方が『神々の導』を持っているからです」
そういえば、来る時に赤石屋がそんな事を言っていたような気がする。
確か…なんだっけ。「神が人間に与えた救いの欠片」だとかなんとか。
ただでさえ妖怪だのなんだのという常識ハズレの話題であるのに、さらに意味不明な要素が追加され、私は頭を抱えたくなる。
いや、むしろ現実から目を背け、全部なかったことにしたかった。
もしかしたら目を瞑れば夢から覚めるのではないかと瞬きをしてみるが、残念ながら目の前の現実は変わらなかった。
せいぜい変わったことといえば衣恵が難しい顔をしていたことくらいだ。
仕方なく、馬鹿馬鹿しいとは思いつつ話を進めるために疑問をぶつける。
「その、『神々の導』って何? 私には博打の時に運が強くなるくらいしか、特別な事ないはずなんだけれど……」
「それが、貴方の持つ特異性…すなわち『神々の導』なのです。
『神々の導』とは、形のあるものではありません。先天的に一部の人間にのみあるもので、人により能力は異なります」
「んと、百歩譲って私の強運が『神々の導』とかいうのの影響だとしても、それでどうして衣恵が助かったの?」
「それは……」
赤石屋が答えようとすると、衣恵が横からそれを制す。
彼女の目が、「あとは私が説明する」と告げていた。
「それは、特性が関係するの。 確かに各々の持つ『神々の導』には能力がある。
それは奇跡と一般的に言われるものを起こすことが出来るんだけど、覚醒するまでの間はせいぜい運が良くなる程度の効果しかないのが殆どなんだ」
「ふむぅ……」
なんとなく、二人の言いたいことは分かった気がする。
つまり、難しくは言っているけれど、至極単純なことなのだ。
この世の中には怪物が存在し、イーターと呼ばれている。
そして、どうやらイーターとやらが私を襲った理由は『神々の導』とかいう力があるから。
ちなみに『神々の導』は、本来は奇跡も起こせるぐらい凄いパワーがあるけど、覚醒しないとラッキーっていうぐらいしか効果を発揮しないと。
で、衣恵が助かったのは私の力が発動したかららしい。
どうも、ざっと纏めるとこんな感じらしい。
となると、残った謎としては、そもそも衣恵と赤石屋、二人は何者かといったところ。
まあ、大体はこの話の流れからすると、想像はつくけど……。
「話は分かったけど、衣恵。 結局、二人とも何者?」
一瞬、戸惑いの色が衣恵の顔に浮かぶが、覚悟を決めたのか、最後には強い意志のこもったものになっていた。
「カモ、冗談に聞こえるかもしれないけど、私もカモと同じような力があるの。 そして私達はその力でイーターを倒すことが仕事なの」
ここで、私は疲れを感じ一瞬立ちくらみがしてしまう。
正直、ここまでの話はまともじゃない。
至極異常で、非常識。
きっと100人中100人は世迷言と相手にさえしないだろう。
でも、大の親友が言っている。
おまけに、助けられ、こうして話まで聞いてしまった。
百聞は一見にしかず。
現実は小説よりも奇なり。
これは、私の中の常識を改変する必要がありそうだ。
私は、本日で一番のため息をついた。
「はぁ、了解。 衣恵の言うこと、信じる」
「本当!?」
「うん。 まあ、ね」
まだ実感はわかないけれど、仕方ないことだった。
現実に逆らえるほど、私は頑固な人間じゃない。
開き直りとも、諦めとも思える感情が、にじみ出てきた。
なんでか嬉しそうにはしゃぐ衣恵を横目に、私は一人空を仰いだ。
勿論、空は見えない。代わりに天井が見えただけだ。
私、これからどうなるんだろう……。
そんな考えがふと浮かぶ。
でも、それも次の衣恵の一言で吹き飛んでしまった。
「それじゃあ、今度はエクソシストとしても、よろしくね!」
「えくそ…しすと…?」
「うん! 私達の業界では、そう呼ぶの。 それじゃあ、明日は放課後早速挨拶にいかにとね!」
「……?」
衣恵が何を言っているのか、いまいち理解できず、頭に疑問符が数個沸いて出る。
でも、なんだか少しどうでも良くなってきた。
今夜の出来事は、私にとって濃密すぎた。
ただ、今は早く家に帰りたい。
そう、変わらずそこにある天井を眺めながら思うのだった――
一方、赤石屋は……
二人の会話に入れず、一人滝のような涙を流すのだった。
「二人とも、忘れないでください……」




