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EATER―異能者達の宴―  作者: ケロっち
とある女子高生の日常
7/16

始まる夜<儀式>

漆黒に塗りつぶされた空。

人気のない住宅街。

世界から人間が消えてしまったのではないかと心配になる程の静けさの中を、私は長身の男の後ろからついていく。

衣恵は男に背負われているが、弱弱しい呼吸しかしていなかった。

背後から見ても分かるほどの衰弱した彼女の姿に、本当にこの男を信用してもいいのかと何度目かの疑心が沸いて出る。


『彼女を助けたいなら、私の指示に従ってください……』


目の前の男は、さっき確かにそういった。

だが、アレからすでに数分が経過してしまっている。

勿論、いくらすぐに電話しても、救急車は数分で等来られないことは理解している。

それに、恐らく救急車がつく頃には手遅れであろうとも。

しかし、だからと見ず知らずの男の事を信用しきれるほど私は楽観的ではないし、第一何をするのかを、この男はいまだ語っていない。

もしかしたら、何の考えもないのかもしれないのだ。

私は、自分でも気づかないうちに男の頭をにらみつけていた。


「あの、本当に衣恵は助かるんですか?」

「……」


少し考え込むかのように男は唸ると、ゆっくりと言葉を選ぶかのように答えを口にする。


「正確には、違います。 私はただ、手助けをするだけです」

「てだすけ?」

「はい。 もっとも、貴方次第ですが」

「どういう、ことですか?」


自分でも驚くほどの凄みがかかり、言葉が発せられる。

そのせいか、焦ったかのように男は少し早口になる。


「そんなに怒らないでください。 ただ、貴方の力を借りるだけですから!」

「私の力なんて……」


この男は何を言っているのかと、さらに疑念が増していく。

私はいたって普通の学生。

せいぜい特別な部分があるとすれば、博打の時に発動する強運くらいなもの。

しかし、勿論博打の運など衣恵の命を救う役になんてたつはずがない。

もし、役にたつとするなら、こんな正体不明の男の言うとおりになんてしないで、衣恵を助けている。


いや…むしろ本当に強運だというのなら、あんな化け物になんて襲われもしなかったはずだ。

襲われなければ、衣恵がこんなことになることも……。

自分の無力さが悔しくて、唇をかみ締める。

そんな内心を知らずに、男は冗談でも笑えない事を言う。


「卑下なさらないでください。 貴方が…いや、貴方の持つ『神々の導』が必要なのですから」

「神々の導?」

「はい。 貴方は、特定の物事に対して、異様な程強い運をお持ちですよね? それが、『神々の導』。 神が人間に与えた救いの欠片です」


私の中で疑念が確信へと変わる。

この男は狂っている。

今にも死にそうなけが人がいるのに、何が強運だ。 何が神だ。

運でどうにもならない現実がここにある。

神が手など差し伸べてくれる訳なんてない。

大人でも…いや、子供でさえも分別さえあれば分かりきっていることだ。

にも関わらず、こんなことをいうのだ。


やはり、私は騙されたのだ。

親友が助かるかどうかという状況で、私は選択を間違えた。

今から、救急車が間に合うとは思えないけれど、こんな狂った男に付き合って死なせてしまうよりは遥かにマシだ。

私は素早く携帯を取り出し、先程押したのと同じ番号『119』を打ち込む。

今度は迷うこともなく、通話ボタンを押そうとした瞬間、唐突な衝撃が私を襲う。

何事かと視線を上げると、それは衣恵の背中だった。


どうやら、男が歩くのをやめたらしい。

男は、静かに一軒のまるで教会のような建物を見上げていた。

しかし、それは教会というには若干怪奇な建物だった。

教会には必ずと言っていい程ある十字架が外観からは窺えない。

かわりに、屋根に異様なオブジェが着いていた。

何かの異様な宗教団体だろうかと、考えていると男は衣恵を抱えたまま、建物の中へと入っていく。


「あ、ちょっと! まっ…えっ…?」


慌てて後を追ってはいると、外観からは想像もできない光景が広がっていた。

漆黒に塗られた天井と壁。良く見ると天井には、ベースの黒とは若干薄い色合いで生物のようなものが幾つか描かれている。

床には、教会に良くある長椅子が何列も置かれ、集会にでも使うのかと思わせる。

さらに、部屋の一番奥には、大理石造りと思われる人一人が乗れそうな台が堂々と鎮座していた。

異様な威圧感。 ここが普通の教会とは違うと第六感が自分に警鐘を鳴らす。

しかし、私は予想外の光景に数秒見入ってしまった。

その不気味ながらも、どこか魅力的な内装に、思考が停止してしまったのだ。

男はその間に奥へと進み、衣恵を台の上に乗せた。

そして、男は歌うように何処か芝居かかった口調で言葉を口にする。


「揺れる灯火は一つ

 求めるは飛び火

 神々の導よ 謳えよ謳え

 灯火揺らす風が止むように」


「っ!?」


男が歌い終わると同時に、不意に胸が焼けるように熱くなる。

まるで焼き鏝を当てられたかのような苦痛に身体は仰け反り意識が飛びそうなるが、私はかろうじて持ちこたえる。

理解はできないが、ここで何かが始まったのだ。

こんな危険な場所に親友を置いておくわけにはいかない。

私は、一歩一歩、親友に向かい歩みを進める。

距離が近づくほど、苦痛は強く、熱くなっていく。


しかし、私は止まるわけには行かない。

このままだと、親友が死んでしまうから。

こんなまま、お別れなんてしたくないから。

私は、あらん限りの声で親友の名前を叫ぶ。

意味なんて、ない。ただ、今呼ばなければ後悔しそうな気がして。

もう、彼女とは話せないような気がして。


「衣恵…衣恵、衣恵…衣恵!!」


瞬間、何かが弾けるかのように身体から飛び出す。

それは、銀色の靄のかかった何か。

靄は一直線に衣恵へと飛んでいき、彼女の胸元へと突っ込む。

同時に自身を言いようもない程の疲労感が襲う。

薄れようとする意識。


でも、ここで倒れるわけにはいかなかった。

まだ、衣恵を助けてはいない。

まだ、私は……。

その時、不意に衣恵が起き上がる。

一瞬驚いた顔をする彼女。

ああ、衣恵、助かったんだ。


何故か満足し、一気に眠気が押し寄せる。

もう、自分の身体はいうことをきかない。

私は、膝から冷たい床へと倒れこむ。

意識がなくなる最後の時、衣恵が男を押しのけ、私に駆け寄ろうとしていた。

心なしか、無くなったはずの腕がついていたような気がするが、どうでも良くなっていた。



だって、ほら…



一番の親友が助かったんだもの…


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