受難① 一時限目 国語
トイレに篭り現実逃避していた衣恵を連れ戻し、師匠がクラスメイトの興味の的となり始めた頃、丁度良く休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
すると、今まで師匠の周りに出来ていた人ごみが散り散りになり、それぞれの席についていく。
未だ先生は来てはいないものの、来たときには開始できるようにしておかないといけない。
おまけに一時限目は国語、斎京先生の授業だ。用意は必須。
もっとも、別段私が知る限り、斎京先生自体は決して厳しい先生ではない。
むしろ授業自体は大変分りやすい上に、内容も生徒の事を考えられた程よい量。
どちらかといえば大変いい先生だと私は思っている。
ただ、斎京先生は授業のはじめに指名した人しか主に当てないといった特徴があって、その選び方というのが、授業開始時に用意ができているかどうからしい。
体験すれば分かるけど、別段、怒られるわけではなくても授業中ずっと指名され続けるのは結構めんどくさいし、疲れる。
だから、皆少しでも確率を減らそうとして用意をし始める。
勿論、私も当てられるのは嫌だから、前の席が気に掛かるものの用意を始める。
現代国語の教科書、ノート、資料集、筆記用具……。
こんなところだろうか。
一通り用意が終わり、何気なく師匠の様子を見ると、異様な光景が広がっていた。
「ほぅ…ほほぅ…」
師匠はキョロキョロと周りを見渡し、何か理解したのか、関心すると、まだ真新しい鞄の中に手を突っ込み、何やらガサゴソと探し始めた。
暫く探すと、お目当てのものを見つけたようで、一気に顔が綻ぶ。
そして、一つ一つ机に物を出し始めた。
現代国語の教科書、ノート、資料集、筆記用具、そして四角い包み。
一瞬、彼女の出した物に納得しそうになってしまう。
が、よくよく考えて見ると、明らかに一つ異様に浮いているものがあることに気づいた。
なんとなく嫌な予感はしたけれど、このまま放っておくと事態が悪化の一途を辿りそうなので、仕方なく師匠に声を小さくして話しかける。
「師匠…」
「んっ? なんじゃ加百」
「あの、その包み、なんですか?」
包みを指差しながら言うと、師匠は至極あっさりと答えた。
「何って、弁当に決まっておろう?」
この回答を聞いた瞬間、「ああ、やっぱりか」という気持ちと共に、偏頭痛がやってくる。
全く、この人は何をしたいのだろうか?
学校でお弁当が出る場面だなんて、二つしか考えられないというのに。
①お昼休みに昼食として、出てくるパターン
②教師のお怒り覚悟で早弁をするパターン(主に運動部員に多い)
でも、今はまだお昼休みではない。
となると、師匠の目的は②だろうか?
早弁にしても、あまりに早すぎる気がしてならないけれど……。
「あの、師匠? 転校初日で早弁は流石にヤバイと思うんですけど……」
「そ、そうなのか? し、しかし、本にはしっかりと『早弁は美味しいイベント』と書いてあったぞ!?」
一体この人は何の本を読んだんだろう……若干気になりながらも、なんだか訊いたら凄く後悔してしまいそうな気がするので、あえて聞かずに話を進める。
「いや、本って、普通の学生はそんなことしませんよ。 周り見てみてください。 誰もそんなことしてないでしょう?」
言いつつ、教室を見回す。
見た感じ、早弁なんていう真似をしているのは一人も…いた。たった一人だけ、私の右斜め後ろの席に座る衣恵が。
衣恵は急がないとご飯が逃げてしまうというくらいの勢いでかきこんでいた。
友達の私がいうのもアレだけれど、折角可愛い顔をしているのに、頬がリスのように膨れていた。
そういえば、衣恵は陸上部だったっけ……。
頭痛がより強くなるのを感じながら、衣恵もジェスチャーで呼ぶ。
最初は気づいていないようだったけれど、数秒で気づき、もぐもぐと口を動かしたまま席までやってきた。
「なふぃ? ふぁも~(何ぃ? カモ~)」
「とりあえず、飲み込んでから喋ってよ……」
「ふぁい、りょうふぁい(はい、了解)」
ごっくん。 こんな音が聞こえそうな感じで衣恵は飲み込むと、改めて会話に加わってくる。
「で、何、カモ? もうすぐ先生来ちゃうからラストスパートかけてるんだけど」
「うんと、なんと説明すればいいのか…実は師匠がさぁ…」
説明すること暫し、途中師匠が「早弁は教師ルートへの近道と書いてあったのに……」とか意味不明な事をいっていたけれど、衣恵は現状が理解できたようで、苦笑いをすると、頭をかく。
「あれれ。 つまり、師匠が早弁を学生の嗜みと勘違いしてるから何とかしたいと?」
「ん、大体そんな感じ」
「いや、ワシは勘違いなんてしてないぞ!」
師匠は衣恵とは別の意味で頬をハムスターのように膨らませる。
なんとなく、雰囲気で駄々っ子のようなイメージを受けてしまい、「そういえば師匠って何歳なんだろう?」と一瞬考えてしまう。
一方、衣恵は別なようで、何か閃いたのか両手をポンッと合わせる。
彼女は不適な笑いを浮かべると、師匠に話しかける。
「師匠。なるほど、確かに早弁ってイベントとしては一級品ですよねぇ」
「そ、そうじゃ! そう、この本に書いてあったのじゃ!」
胸を張りつつ、師匠は机の上に可愛い女子のイラストが表紙にある本を出す。
題名はいかにもアレな感じで「らぶコイ 学校生活ガイドブック!~ヒロイン全員攻略への道~」という長いものだった。
私が若干コレに引いていると、衣恵は本の中を軽くパラパラとめくり、頷くと師匠をズビシッと指差す。
「でも、師匠、貴方は大切なことを忘れています!」
「な、なんじゃとーーーーー!!」
これでもかというオーバーリアクションで停止する師匠に、今度は衣恵が胸を張って話を続ける。
「この本の主人公は、男の子ですよね?」
「ああ、そうじゃが? それが何の関係があるというんじゃ?」
「大ありです! いいですか、師匠。 女性が早弁をやっても、こんなことは起こりえません!!」
「が、ががーーーん!!」
「むしろ、女性が行えばマイナスイメージにしかならないでしょう! 早弁をしている姿を見たとき、きっと男性は思いますよ『ああ、結構よくたべるんだ』って! これは女性にとって致命的です!」
「た、たしかに! じゃ、じゃが、なら何故お主はにも関わらず食事を……?」
衣恵はまるで少年誌に載っているバトル物の主人公のような、爽やかすぎるくらい爽やかな笑顔で言った。
「カモを、守るためですよ。 師匠。 私は、それほどまでに真剣なんです!」
「ま、まぶしい! 今まで、これほど弟子がまぶしく見えた時があっただろうか!?」
と、盛り上がる二人をよそに、私はため息を一つ吐いた。
「もう授業、始まってるって……」
「おーい、転校生! 初日から授業妨害するんじゃない!」
斎京先生の怒声も空しく二人は気づかない。
ちなみに、二人が気づいたのは、廊下に立たされてからだったらしい。
あ、私は、しっかり授業うけたからね、うん。
明日はちょっと用事があり記載できないため、連続2話投稿です。
どうぞ、お楽しみください




