新しい日々の始まり4
天界…この言葉を聞き、皆さんは何を想像するのだろう。
きっと、多くの人は空の上の世界を創造するのではないだろうか?
例えるなら、純白とも言える程に美しい雲の絨毯が地面であり、真っ青な空が見渡す限り広がる、嘘のような世界。
場合により、景色に建造物があったりなかったりするかも知れないけれど、大まかに言えば、全体のイメージとしては白が大半を占めるのではないだろうか?
それは到底、地上ではお目にかかれないであろう世界。
勿論、私もさっきまでは同じ考えだった。
でも、今私はそれを否定せざるを得ない。
純白色のソファに机、絨毯。
そして、一見壁がないと勘違いしてしまうガラス張りの壁と天井。
ガラスの先には大きな青空がどこまでも続いていた。
まさしく、それは私の想像していた天界そのものだった。
しかし、素晴らしい部屋とは裏腹に、その主は心底機嫌が悪そうにため息をついた。
「はぁ、全く。 困った弟子共よのぉ」
純白のソファに身をゆだねながら、不機嫌そうに少女…もとい私の師匠は眉間にしわを寄せる。
ぱっと見、子供っぽくて可愛らしい彼女の姿だが、こうして怒りがあらわになると不思議と凄みがあり、衣恵と赤石屋、それに私は反射的に正座をしていた。
正座をすると、雲のような絨毯お柔らかさがより伝わり、ゴロゴロと転がりたい衝動に駆られるが、状況が状況なだけに、することは叶わない。
何故、私達がこんな状態になっているのか…それは、数分前の話になる。
―数分前―
「し、師匠! こんなところにいらっしゃったんですか!」
衣恵と赤石屋が力なく座る私と、してやったり顔でピースサインをする師匠を見つけたのは、あれから数分後のこと。
私は、内心「ああ、本当に衣恵の師匠だったんだ」と思う反面、「もっと早く来てくれたら」という思いで、半ば放心状態でいた。
そっくり、この状態から全容は察しなくとも、何か有った事は伝わるかと思っていたけれど、衣恵は別段彼女を責めることもなく、ただただ、困ったような顔を浮かべているだけだった。
あの時の彼女の顔を表現するならば、作戦をたてたはいいものの、全てがおじゃんとなった軍師のような感じ。
いうなれば、「あちゃ~」状態。
彼女がそんな状態であるから、当然、師匠側はどうかというと、先程の嬉しそうな顔は何処へやら、顔は笑っているのに目は…雰囲気は冷たく、言葉にできない恐怖を放っていた。
そして、静かに衣恵と赤石屋に近づくと、二人の肩を叩き、猫でも撫でるかのような声で一言。
「とりあえず、わしの部屋にいこうか。 大丈夫、死んだりはしないから」
『は、はい!』
衣恵と赤石屋の返事はうわずっていた。
こうして、今に至る。
つまり、何かは知らないけれど、とりあえず、師匠は二人について、とてつもなく怒っているのが現状。
だから怒りの対象は本来私ではないから、私まで正座する必要はないのだけれど、あまりの怒気に気おされ、思わず私までしてしまった。
一方、師匠は一人多く正座していること等気に留める事もなく、話を続ける。
「今回、わしが遠出をしていたことから、各人に判断を任せてしまったことは、確かにわしの監督不足じゃった。 二人も弟子もとい部下を持つ者として、認識が甘かったとしか言い様がない。 だがっ!!」
いきなり師匠の声が大きくなり、三人して驚きビクッと肩が震える。
「護衛対象を二人して放置しても良いなどという判断をするような教えをした覚えはない! もっと言えば享也!」
「は、はい!」
長身に反し、半ば泣きそうな顔で赤石屋は返事をする。
その姿はさながらジャイアニズムの被害者、大将に対する子分の姿に被って見えた。
小さな大将(師匠)は、彼をねめつけると、ゆっくりと一つ一つの言葉に気持ちをこめるかのように言った。
「こともあろうに、衣恵と内輪揉めなど起こし護衛対象を生命の危機に陥れるなぞ、阿呆でもせん!」
「も、申し訳ありません!」
まるで水戸黄門に対する庶民のように、正座のまま頭を下げると赤石屋は悔しそうに歯を食いしばる。
見ていて、少しだけ、可哀想に思えた。
一方、衣恵の方は赤石屋の事など何処吹く風といった様子だったけれど、赤石屋への説教が済むと師匠はギロリと衣恵をにらみつける。
「ほほぅ、衣恵、随分と余裕だのぅ」
「へっ!? あ、いえいえ、そんなことないです!」
いくらお調子者の彼女でも師匠はやはり怖いのか、慌てて弁解する。
しかし、師匠は許さない。
「衣恵、お主は確かに最終的に対象を守ったという功績と普段より友の立場から守っているという二つの点はある。 しかし、だからこそ、何故いざという時危険な状態までいってしまったのかという残念な部分がある。 他人事とは思うでない!」
「は、はい! すんませんでした!」
衣恵も頭を下げると、暫く師匠は考え込み、腕組をする。
それは、どこか怒っているようでもあり、落ち込んでいるようでもあった。
「しかし、いくら二人を責めようと、やはり一番は私じゃの。 二人を責め、己を攻めないというのは、あまりに都合がいいというものじゃ。 罪もない一般人を、こちら側の世界に来なければならないような状態にしてしまったことは、いくら謝ろうと正当化されることではない」
彼女は肩を落とし、すっと立ち上がる。
一瞬、何をする気なのかと、理解できなかったけれど、彼女と目があった瞬間、なんとなく、気持ちが伝わってきた。
なんてことはない。 彼女は本当に申し訳なく思い、謝ろうとしているのだ。
自分の責任、部下の責任、私への侘び、それを全て、一人で抱え込もうという、強くも何処か儚げな想いが分かる。
その姿は私をさっきまで襲っていた人と同一人物とは思えない程に凛としていて、彼女が二人の師匠足りえる理由が分る気がした。
でも、だとしたらここで彼女の頭を下げさせるのは、間違っていると思う。
確かに、謝って済む問題ではないし、だからこそせめてもの誠意を見せるという意味で頭を下げるのは正しいかもしてない。
だが、実をいうと私は、それ程重要とは思っていなかったりする。
確かに私の世界は変わってしまったと思う。
でも、それは、やっぱり親友が助けてくれた結果、そうなってしまったのであり、あそこで誰もいなければ私はここにはいないのだ。
だったら、それでいいじゃないかと、思ってしまうのだ。
私は、苦笑いをすると、彼女が頭を下げようとするのを制す。
「そんなこと、しなくても良いですよ。 私は、命があるだけで十分なんです。 それに、親友が助けてくれたのに、その師匠から謝られるなんて、なんか悪い気がします」
「しかし……」
「本当に、いいですから。 それよりも、今後の方が、私にとっては問題ですし……」
これは、本心からのことだった。
確かに、命は助かったけれど、世界が変わってしまった以上、今までどおりとはいかないだろう。
それに、なんでもあのイーターとかいう化け物は能力に反応して襲ってくるらしいし、今後の対策は必要だと思う。
すると、師匠は微笑し、優しく…しかし、どこか強さを感じる笑顔で、頷いた。
「そうか…そうだな…分かった。 先程は、冗談のような形になってしまったが、今一度言わせてもらう。 鵜飼加百……いや、カモよ! 今から私はお前の師匠だ! ビシバシ鍛えてやるから、覚悟するのじゃ!」
それに私は……
「はい、師匠!」
自分にできる、最高の笑みで答えた。
こうして始まる。
一夜の狂気を越えて
新たな出会いを経験し
近い未来世界を変貌させる物語の
最初のストーリーが
さあ、世界はどうなるのか
それは、今は誰にもわからない




