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EATER―異能者達の宴―  作者: ケロっち
始まる日常は非日常
10/16

新しい日々の始まり

嘘のような現実を体験し、自分の世界が大きく変わった翌朝、私は自室のベッドの上で蓑虫のように布団に包まっていた。

昨夜、あんなことがあったのに、人間とは現金なもので、寝ている時は至極幸せな夢を見る。

 

「んん…あ、ふぅ…しゅーくり~むぅ~」

 

寝言を呟きながら、私は何度目かの寝返りをうつ。

が、現実はそんなに甘くない。

ベッドの横にある机に置いた目覚まし時計が、不意に金属的な不快音を鳴り響かせる。


反射的にゴロゴロとベッドの端まで行き少しでも時計の音が聞こえない所へと移動するが、あんまり意味のないことだった。

相変わらず目覚まし時計は鳴りっぱなしだし、ある程度まで覚めてしまうと、今度は逆に寝にくい。

 

「あう、むう…うるさい…」

 

仕方なく無駄な抵抗を諦め、寝ぼけ眼のまま、叩くように目覚まし時計を止める。

目は覚めても、頭はまだなのか、ちょっとだけだるかった。

でも、仕方ない。私は大きな欠伸を一つすると、軽く顔を叩く。

気分の問題かもしれないが、少しだけ目が覚めた気がした。

 

「んっ! よし、今日もがんばりますか!」

 


 

―数十分後―

 

青い空に白い雲

通学路にはいつものように、学生達と通勤途中のサラリーマンの姿があった。

当然、私も彼等に混じり今までどおり登校していく。


何があっても、私の本分は学生なのだ。

しかし、やはり昨日の今日なだけに、色々な考えが浮かんでは消える。

 

「昨日まで私も彼等と同じで何も知らなかったんだ」とか、「もしかしたら、昨日の事

は寝ているときに見た夢なんじゃないだろうか?」とか。

 

まるで、世界から自分だけ外れてしまったかのような、正しい流れから逸れてしまったような、そんな奇妙な感覚があるのだ。


勿論、どうしようもないものだというのは分かっている。

分かっているけれど…考えと気持ちは違う訳で、一人、こうして考えてしまう。

その時、図ったかのように信号が青から赤へと変わる。

 

仕方なく歩みを止めると、不意に軽い衝撃が身体を襲う。

何事かと慌てて振り向くと、親友…もとい、衣恵が笑いながら立っていた。

多少驚いたものの、知り合いの中で唯一昨日の出来事の関係者である衣恵との出会いに、何処か安心する。


でも、衣恵の事だ。

悟られでもしたら、きっとある程度おちょくられるに決まっているし、第一あまりにファンタジーな体験すぎて、一夜明けた今でも…いや、今だからこそ、不安になった。

そのせいで、いつもなら自然と出る挨拶も、どこかぎこちなくなってしまった。


「あっ、えっと…衣恵、おはよ…」

 

自分でも驚くほど自信のない挨拶に、一瞬衣恵は難しい顔をするが、すぐにいつものひまわりのような笑顔になる。

 

「うん! おはようカモ! 昨日は良く眠れた?」

「う、うん……」

 

返事は返すものの、内心驚いていた。

あんなことがあった翌日だというのに、衣恵は全く動揺していない。

勿論、内心はどうかは分からないけれど、少なくても見る分には、変化がないように思える。


我が親友ながら、流石と言ったところだろうか。

一人考えていると、いきなり衣恵が私の前に来て、じっと見つめてくる。

 

「ど、どうしたの?」

「ねぇ、カモさんや……」

「な、何…? ひゃっ!」

 

次の瞬間、何の前触れもなく、左右の頬を両手で引っ張られる。

衣恵は手加減してくれているようだけれど、本来伸ばすためには存在しないものを伸ばすのだから、それなりに痛い。

思わず、目にうっすらと涙が浮かぶ。

 

「ちょ、ちょっほ! いへ、いはい、いはい!(ちょっと!衣恵、痛い痛い!)」

「ええ、そうでしょう。 そうじゃないといけません! これは、罰なんだから!」

 

言い終わると同時に、衣恵は頬から手を離す。

定位置に戻っても、頬は若干火照っていて痛かった。

 

「うう、酷いよぉ。 なんで朝からこんな目に……」

 

批難がましく衣恵を睨むと、当の本人は「だまらっしゃい!」とでも言うかのように、私の眉間に向かって指を指す。

 

「ウチこそ、だよ! 全く、昨日のことが気になるのは分かるけど、あからさまに悩まない!」

「べ、別に悩んでなんかないし! 気のせい気のせい」

「だったら、その眉間のしわ、どー説明するの?」

「へっ?」

 

言われて触って見ると、なるほど、確かにいつの間にか眉間の間にしわができていた。

どうも、自分でも気づかない内に、しわが出来てしまうくらい考え込んでいたらしい。

これじゃあ、隠すも何もない。

親友に言われるまで気づかないとは、渡しながら情けなかった。

 

「えーと、衣恵? まさか、気を使ってくれた……?」

「さぁ、どーでしょーかねぇ。 いつまでもイジイジしているようなカモには言いたくありませーん。 いつもみたいな鋭い突っ込みの出来る状態じゃないと」

 

いじけるように言うと、衣恵はそっぽを向いてしまった。

思わず、一人ため息をついてしまう。

それも、衣恵にではなく、自分自身に対して。

親友に気を使われ、元気付けられているだなんて、本当に私らしくない。

昨日のことで忘れそうになっていたけれど、私と衣恵は、いつも必ず二人でやってきた。

にも関わらず、一人で悩むなんて。

私は心が温かくなる感覚を覚えつつ、不器用で、でもとっても優しい親友へと心から感謝を述べる。

 

「衣恵、ありがとね」

「…次、また同じことしたら、ケーキおごりね?」

「はいはい。まったくもー、アンタは~」

 

会話が終わると、丁度信号は青へと再び変わり、人ごみが、動き始めた。

それにあわせ、歩き出す私達。

これから、どうなるかは分からない。


もしかしたら、とんでもないことが起こるかもしれない。

でも、横に親友が…衣恵がいれば、なんでも乗り越えられそうな気さえした――

もっとも、早くも第一試練は、その日の夕方にやってきたのだけれど。

 


 

―夕方(教室)―

 

紅色に染まる教室。

太陽は遠くの建物達に半分ほど沈み、校庭では陸上部やサッカー部等が青春の汗を流していた。

殆どの生徒は部活か帰宅でいなくなった教室で、影法師が二つ長く伸びていた。

それは、端から見ればロマンチックな光景。


きっと、今のような光景に出会ったら、多くの人は告白を想像するんじゃないかと思う。

でも、現実はドラマチックさなんて無視して進む。

今、伸びている二つの影の正体は私と衣恵だった。

静かな時間を切り裂き、衣恵はぽつりと言葉をつむぐ。

彼女の声はか細く、風でも吹けばかき消されてしまいそうなほどだった。

 

「…カモ。 私、カモに一緒にいて欲しいの。 一人じゃ、不安で…」

「衣恵…。 でも、私は…」

「分かってる! カモの気持ち。 でも、それでも私は! 諦められないの!」

「衣恵……」

 

私と衣恵は見つめあう。

どちらの瞳にも、戸惑いの色が浮かんでいた。

お互い、分かっているのだ。 どちらかが折れるしかないと。

でも、これだけは、これだけは私は折れられない。

 

「ごめん、衣恵。 やっぱり、私……」

「何で…? カモ、親友なのに…」

 

お互い、辛すぎて顔を見て話せない。

やがて、緊迫の空気が、限界へと達しようとした時、不意に教室のドアが勢い良く開く。

二人の視線が、入り口へと注がれる。

そこにいたのは、見覚えのある長身の男…赤石屋だった…。

そして、赤石屋はゆっくりと口を開く。

 

「カモさん、衣恵さん! 争わないでください! お二人の希望を考慮し、私なりに考えてみました! それが、この…うさ耳スク水メイドです!!」

 

1秒目 赤石屋が満面の笑みでゴスロリ調の服を取り出す。

2秒目 私と衣恵が陸上選手も真っ青の加速で赤石屋に接近する。

3秒目 懐に入り、私と衣恵があごへと向け、足に全力をためる。

4秒目 二人の蹴りが赤石屋のあごへと発射。

5秒目 長身は浮かびあがり、廊下へと吹っ飛ぶ。


そして6秒目。明石屋は廊下で目を回して倒れていた。

この時、また私と衣恵は先程の言い争いも忘れ、気持ちが一つとなった。


『それは、絶対にナイ!!』


一体、今、ここで何が行われているのか……。

きっと多くの人は、そう思うだろう。

でも、至極異常。 非凡。


そんな言葉がぴったりなことが理解できたのではないだろうか?

でも、大丈夫。 真実はさらに想像の上をいくから。

私は、偏頭痛を感じつつ、衣恵と明石屋を指差し、怒鳴るかのようにほえた。


「ってか、なんで衣恵達の上司に会いに行くためにコスプレしないといけないの!!」

「仕方ないじゃん。 ボスがコスプレ見たいっていうんだから……」


頬を膨らませながら言うと、メイド服片手に衣恵はふてくされる。

だが、そう、なのである。

わざわざ放課後遅くまで教室に残った理由。


それは、衣恵達の上司に会いに行くための衣装選びだったのだ。

なんでも、昨日の事件で、上司がかなりご立腹らしい。(昨日そこら中に血を撒き散らしたままかえってしまった為、上司が後でそれを処理したらしい)


その関係で、なにやら、被害者側の私まで含め、話したいことがあるらしい。

衣恵としても、赤石屋としても、上司は怖い人で、できる限り機嫌をとりたい。

しかし、上司は特殊なご趣味で、なんでも私の協力が必要なのだとか。


ここまでは、お昼休みにきき、私も了解した。

問題は、ここから。

放課後、教室に残り、なにを協力すればいいのかと思っていたら……。


「なんで、よりによってコスプレ!? しかも、めちゃくちゃ恥ずかしいのばっかだし!」

「しかたないでしょ~。 師匠…じゃなかった、上司は、そういう趣味なんだから」

「で、でも!」

「大体、まだ私達は女じゃん。 赤石屋なんか…この前…ねぇ?」


「そうですよ。 貴方達はまだいいです。 私なんて、男なのに、男なのに……。 あはは、師匠、なんでスカートしか用意してくださらないんですか? それに、なんで下着まで男性物が見当たらないんですか? ああ、やめてくださいやめてください。 やめてやめてやめてやめて……」


なにやら良く分らない事を呟きながら、赤石屋は一人教室の隅で膝を抱えて震えだす。

言葉の端々に、なんだか不穏なワードが聞こえてきたけれど、この際無視することにした。


「と、ともかく! ぜったい私はメイド服なんて着ないんだからね!!」

「またまた、カモ、無理は良くない。 本当は着たいんでしょ?」

「絶っっっ対ない! そういう衣恵こそ、どうなの?」


逆に話を振ると、衣恵は一瞬固まる。

これは、どうやら衣恵も嫌らしい。

自分も嫌なものを人に勧めるとは…恐ろしい子!


「ほら、衣恵もじゃん。 無理にご機嫌取る必要なんてないよ、うん。 素直に謝ろ?」

「カモ……」


一瞬、衣恵の目が潤む。

やっぱり、衣恵も嫌だったに違いない。

決まれば、あとは簡単。

三人で正直に謝ればいい。


怒っているだろうけど、きっと最後は許してくれるはず。

そう、思った瞬間。

乾いたトスッとした音が不意にしたかと思うと、意識が暗転し始める。

薄れ行く意識の中、私が見たものは、悲しそうな目をした、親友の姿だった。


「い…え…?」

「ごめん、カモ。 師匠だけは…あの人だけは…逆らえないから」

「そん…な…」

「安心して眠って。 次、起きる時は、きっと……」


ここで、私の意識は暗闇の中へと完全に落ちてしまった。

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