増員
ステンドグラスに朝日が差し込み、聖書の内容を象ったモチーフが礼拝堂に影を落とす光景はなかなかに幻想的だ。
昨日は夜の十時にもならないうちに仕事が終わったから良いものの、真夜中の二時や三時まで長引くと朝の祈りの時間に跪いたまま眠りそうになる、こういう仕事なので日中の睡眠が許されているのだが、時間の決められた礼拝には出なくてはならないのだ。 礼拝を終え部屋に戻ろうとした所を、年老いた司祭に呼び止められて振り返る。
「シュヴェスター・シュレディンガー、ケルン大司教猊下がお呼びですよ、すぐに向かって下さいね」
そういえば、赴任してすぐの頃は大司教の部屋の扉を叩く度にひどく緊張したものだ。
入室の許可を得てから部屋に入るった先に待っていたのは華美な法衣に身を包んだ大司教と、随分と懐かしい顔の修道女、そして八十を過ぎたであろう老人だった。
大司教はにっこりと微笑んで喋りだす。
「シュヴェスター・シュレディンガー、昨日は良くやってくれたね。この前の集会でケルン管区の司教達は皆君の普段の仕事振りを誉めておった」
思わず頬が緩みそうになるのを堪える、司教達に名指しで賞賛されるのはそう有る事では無い。
「しかし出来るだけ表には出ないように隠蔽しているが、最近吸血鬼関連の事件が増加の一途を辿っている、君も勿論良くやってくれているが限界も有るだろう? そこで増員だよシュレディンガー。片方は君の馴染みかな?」
懐かしい顔の修道女、リア・エリザ・アーベルは中学、高校で机を並べた仲だ、そして卒業後の進路もぴったり一緒だった。
ドイツ連邦警察対テロ特殊部隊GSG9、私とリアの前職だ。
近年急増する化け物による被害に対し人手不足に悩むヴァチカンは、信仰に厚く戦闘力が高く、なおかつ機密を保持出来そうな人間を吸血鬼狩り、ファンピールイェーガーとして引き入れているの訳だ。
私は大司教に促されて老人の方を見る。
僧服を纏った老人は、年寄りとは思えない程に真っすぐと立っていた。
「カール・グスタフ・ゴルトベルグです、以後よろしくね」
なかなか味わい深い声だ、しかしゴルトベルグ、金の山なんて豪勢な名字ではないか。
大司教がゴルトベルグ老人の紹介を続ける。
「彼も君達と同様に他の組織からの引き抜きだよ、まぁ、彼の場合は組織が壊滅してからこっちに来たのだがね」
老人は相変わらず真っすぐ立っている、大分屈強な様だ、世代的には二次大戦に参加しているはずだが……
「彼はドイツ第三帝国武装親衛隊山岳猟兵、第一山岳師団一等兵の上級狙撃手だ」
第一山岳師団と言えば精鋭部隊だ、もし戦後すぐに教会の所属になったのであればかなりのキャリアになる、戦中の兵種を考えればやはり狙撃手なのだろうか。
「さて、吸血鬼を狩る事に関しては私は門外漢だからね、後は君達で理解を深め合ってくれ。それでは、健闘を祈っているよ」