第二十話 押さない治療
治療所の扉を開けると、もうセラがいた。
セラは挨拶より先に言った。
「手を出してください」
「おはよう」
「おはようございます。手を」
「はい」
ルーエルは差し出した。
机には昨日とは違う器具が置かれている。
細い針。
金属板。
小さな石。
用途は分からない。
「治癒魔力を流してください」
「どこに?」
「ここへ」
金属板を指す。
ルーエルはごく弱い治癒を流した。
針が動く。
「もう一度」
動く。
「強く」
動く。
「弱く」
動く。
「止めて」
止める。
セラは数値を書いた。
「次、ハロルド」
「俺も?」
「比較します」
同じことを繰り返す。
ルーエルは横から紙を覗いた。
セラが手で隠した。
「まだです」
「何も言ってない」
「見ようとしました」
「見るくらい」
「待ってください」
「はい」
*
次に、今年のルセ草を置いた。
「今度は?」
ルーエルが聞く。
「同じように」
治癒魔力を流す。
針が大きく振れた。
ルーエルは手を止めた。
「今の何?」
「もう一度」
「うん」
流す。
動く。
去年のルセ草に替える。
同じ強さ。
ほとんど動かない。
今年。
動く。
去年。
動かない。
「僕の魔力がおかしい?」
「いいえ」
「ハロルド」
「はい」
交代する。
ハロルドの治癒魔力でも、今年の草だけが反応した。
セラが記録する。
「治癒魔力自体に異常はありません」
ハロルドが分かりやすく息を吐いた。
「よかった」
「ただし」
「まだあるんですか」
「今年の北斜面産の試料は、治癒魔力を受けると反応が強くなります」
「増えてる?」
ルーエルが聞いた。
「そこまでは分かりません」
「動いてる?」
「反応が強くなっています」
「それが患者の中でも起きてる?」
「可能性は高いです」
ルーエルは草を見る。
治癒を流す。
反応する。
止める。
落ち着く。
もう一度。
反応する。
「先生」
「何?」
「遊ばないでください」
「遊んでないよ」
「試料にも限りがあります」
「ごめん」
手を引いた。
*
ミレナとオルガも呼んだ。
「つまり」
ミレナが言う。
「治癒術が悪いわけではない」
「はい」
セラが答える。
「異常なもののほうが治癒に反応している」
「現状では、その可能性が高いです」
オルガが今年の草を摘まんだ。
「草そのものも変わってるよ」
「薬効?」
ルーエルが聞く。
「それも」
今年と去年のルセ草を煮出す。
色。
匂い。
苦味。
沈殿。
オルガは両方を確かめた。
「今年のほうが濃い」
「魔力だけじゃない?」
「薬としてはね」
「どのくらい違う?」
「去年と同じ量では使わない。私なら八割くらいから見る」
「二割」
「前にも言っただろ」
言われた。
オルガは草を戻す。
「よく育つ。よく効く。魔力にも反応する」
ミレナが腕を組んだ。
「人間は逆に具合が悪くなる」
「同じものなのにね」
ルーエルが言った。
*
昼前。
昨日の男をもう一度診た。
右手は動く。
右脚の指も、わずかに動くようになった。
「このまま待てば治る?」
男が聞いた。
「分かりません」
「またそれか」
「でも昨日より分かったことはあります」
「何だ」
「身体の中のものが、僕たちの治癒に反応する」
「じゃあ治癒できない?」
ルーエルは答えなかった。
右脚に触れる。
異質なもの。
昨日より静か。
でも残っている。
その周りには、本人の魔力が流れている。
流れにくそうだった。
完全に止まってはいない。
細い。
避けるように迂回している。
「……詰まってる?」
「何が?」
「ちょっと待って」
目を閉じる。
異常な部分そのものには触れない。
その周り。
正常な流れだけを見る。
「先生?」
ハロルドが呼ぶ。
「ここ」
「どこです?」
「触って」
場所を譲る。
ハロルドが患者の脚へ触れた。
「何かあります」
「異常なほうじゃなくて」
「え?」
「周り」
しばらくして、
「あ」
ハロルドが言った。
「流れにくい?」
「はい」
「やっぱり」
男が二人を見ている。
「俺の脚の上で納得するなよ」
「すみません」
二人で謝った。
*
「結石みたいなもの?」
ミレナが聞いた。
「石ではないけど」
ルーエルは紙に線を描いた。
一本の流れ。
途中に丸。
その先が細くなる。
「ここに異質な魔力がある」
丸を指す。
「普通に治癒を流すと、これにも入る」
丸を濃くする。
「反応する」
「だから症状が強くなる?」
「かもしれない」
「でも治癒を止めれば」
「静かになる」
線を止める。
「ただ」
丸は残した。
「なくならない」
セラが頷く。
「測定結果とも合います」
「じゃあ、どうする?」
ミレナが聞いた。
ルーエルは紙を見る。
異常部分。
その前。
その後ろ。
「避ける」
「何を?」
「ここ」
丸を迂回する線を一本描いた。
ハロルドが覗き込む。
「……道?」
「うん」
「新しく作るんですか?」
「それは無理」
「じゃあ」
「身体がもうやってる」
患者の脚を見る。
完全には止まっていない。
異常部分を避けながら、細い流れが残っていた。
「これを広げる」
ミレナが紙を見る。
「異常なところを治すんじゃなくて?」
「触らない」
「周りだけ?」
「うん」
「できる?」
ルーエルは少し考えた。
「分からない」
「そこは即答しないんですね」
ハロルドが言った。
「やったことないから」
*
患者では試さなかった。
まず薬草でやった。
今年のルセ草。
普通に治癒魔力を流す。
反応する。
次。
草そのものには流さない。
周囲へ、ごく薄く。
「何してるんです?」
ハロルドが聞いた。
「囲ってる」
「何を?」
「今考えてるから静かにして」
「はい」
直接押さない。
触れない。
ただ、周りへ流す。
セラの針が動いた。
ルーエルが手を止める。
「反応した?」
「しています」
「強くなった?」
セラは器具を見る。
「いいえ」
「じゃあ?」
「……位置が」
「位置?」
セラが別の器具を動かした。
「ずれています」
ルーエルは草を見る。
「動いた?」
「はい」
「活性化は?」
「先ほどより明らかに弱いです」
もう一度。
今度は流れを一方向にする。
異常な部分を押さない。
周囲だけを動かす。
針が変わる。
セラが顔を上げた。
「また動きました」
「強くならずに?」
「はい」
ルーエルは手を離した。
少し考える。
紙を取る。
さっき描いた丸。
迂回する線。
さらにその先。
「押し出すんじゃない」
「先生?」
「逃げる場所を作ればいいのかもしれない」
*
そこから先は、まだ仮説だった。
人間の身体には、魔力の流れがある。
使われるもの。
巡るもの。
そして、ごく少量ずつ外へ失われていくもの。
普段なら治癒師が意識する必要もない。
「そこへ流す?」
ハロルドが聞いた。
「できれば」
「異常な魔力を?」
「押したら反応する」
「じゃあどうやって」
「本人の魔力に運ばせる」
ハロルドが黙った。
セラが先に理解した。
「正常な魔力の流れだけを強くする」
「うん」
「異質なものには直接干渉しない」
「うん」
「結果として移動させる」
「たぶん」
「できます?」
今度はセラが聞いた。
ルーエルは自分の手を見る。
できるか。
治癒術は、身体を治すものだ。
少なくとも、自分はそう習った。
でも。
骨を直接繋いでいるわけではない。
傷を魔力で塞いでいるわけでもない。
身体が元々持っている回復を助けている。
なら。
「身体がもうやってるなら」
ルーエルは言った。
「手伝えると思う」
*
その日は試さなかった。
ミレナが患者の状態を確認する。
セラが必要な測定項目を決める。
ハロルドが治癒記録を整理する。
オルガは薬草側の比較を続けた。
「明日?」
ハロルドが聞いた。
「うん」
「先生がやります?」
「最初は」
「俺は?」
「見てて」
「それだけ?」
「途中で代わってもらうかもしれない」
「俺に?」
「維持ならできると思う」
ハロルドが少し黙った。
「失敗したら?」
「僕が止める」
「それ前にも聞いた気がします」
「そうだっけ」
「言いましたよ」
ルーエルは記録を閉じた。
明日。
初めて、人間で試す。
怖くないわけではなかった。
ただ。
何もしないで待つ段階は、もう終わった。
治癒を使わないのではない。
使い方を変える。
ルーエルは紙の上の丸と、それを迂回する細い線を見た。
治すべき場所へ、まっすぐ手を伸ばさない。
そんな治癒もあるのかもしれなかった。




