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ショートショート集・2

山の中のサマフェス

作者: 青樹空良
掲載日:2026/03/31

 ちょっとしたハイキングのつもりだった。仕事に疲れて、少し日常から離れた場所に来たかっただけだった。

 ゴミゴミとした街を離れて、仕事のことなんか忘れて自然の中でストレスを吹き飛ばしたかった。

 それで、休日の行き先にこの山を選んだ。初心者でも登れる山だ。しかも、街の中に比べて山は涼しい。夏の出掛け先にはもってこいだ。全く暑くないと言えば嘘になるが、ビルとアスファルトに囲まれているよりもマシだ。

 俺は別にアウトドア派ではないので、ハイキングよりももっと気軽な近所の散歩レベルの服装でろくな装備も持っていなかった。


「どこだ、ここ……」


 昼間は山道を歩いている人もそれなりに多かった。けれど、昼を過ぎると段々と人が減ってきた。山道に慣れておらず、この山の空気を少しでも長く味わっていたかった俺は、そんなことを全く気にしていなかった。

 山の日暮れが早いことを理解していなかった。

 気付けばすでに太陽は山の向こうに沈もうとしている。いつもの街の中なら夜になっても問題は無い。夜道を照らす街灯や、建物の中から漏れる光がどこにでもあるからだ。

 今、俺がいる場所には電灯の一つも無い。

 しかも、ここはいつの間にか道ですらない。


「迷った……」


 まさか、ピクニック気分で来た山の中で道に迷うとは思っていなかった。

 ポケットからスマホを出して地図を見ようと思っても、電波も通じていない。

 空は段々と暗くなってくる。

 明かりのある方向へ行けば助かるのではないかと周りを見回しても、うっそうと木が茂っていてなにも見えない。

 せっかく気分転換をしようと思って休日にわざわざやってきたのに、こんなことになるとは思わなかった。

 こんなところで遭難するなんて考えもしていなかった。このまま山の中を迷い続けたら……。まさか、死……?

 最悪な結果が頭をよぎる。


「来るんじゃなかった……」


 呟いたときだった。

 音が聞こえた。

 風で木の葉の擦れる音とか、動物が出すような音ではない。

 どう聞いたって、人工的な音だ。スピーカーから聞こえてくるような。まさか、俺を助けに来てくれた救助隊の声だろうか。だが、俺はちょっと山に歩きに来ただけのつもりで、ここに来ることは誰にも言っていない。もちろん、登山届なんてものも出していない。だから、誰も俺が遭難していることなんか知らないはずだ。

 だが、人がいることは確かだ。

 俺は音のする方向へと足を向けた。

 助かるかもしれない。

 音に近付くにつれて、人の声のざわめきのようなものも聞こえてきた。なんだか、とても大勢の人がいるような感じだ。

 しかも、スピーカーから聞こえているのはどうやら楽しげな音楽のようだ。

 茂みを抜けると、突然眩しい光に包まれて俺は目を細めた。


「なんだ、これ?」


 そこは広場になっていた。


「サマ、フェス?」


 広場の真ん中にはでかでかとしたステージが組まれていて、きらびやかな光に包まれている。さっきまでの暗かった森の中とは大違いだ。

 ステージの上では知らないバンドが演奏をしていて、ボーカルの声に合わせてステージを見ている大勢の人が声を上げている。

 なんというか、すごい熱気だ。


「こんなところでイベント、やってたのか……。は、はは……」


 遭難して死にそうだなんて思っていたのが馬鹿みたいだ。

 どうやらテレビなんかで見たことがあるサマフェスというやつのようだ。

 すぐ近くで、こんな大規模なイベントが行われていたなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。道もすごく近くにあったのに気付かなかったに違いない。


「助けてくださ・・・・・・」


 言って駆け出そうとして、俺は一旦足を止めた。こんなにも楽しそうな人たちがいる中で遭難していたなんて、恥ずかしいんじゃないか? それならいっそのこと、このサマフェスを楽しんで、その後で人波に乗って帰ればいい。

 こういうのは楽しんだ者勝ちだ。俺は決意すると、今度こそフェス会場に向かって駆け出した。

 遭難していたことも忘れて、俺はサマフェスを楽しんだ。知らないバンドばかりだったが、そんなものは関係ない。他の観客と一緒になって盛り上がるだけで楽しかった。

 しかし、問題なのはサマフェスが終わった後だった。

 てっきり帰りのバスなんかがあるかと思ったのだ。なにしろ山の中だから。

 けれど、フェスに来ていた人たちは、


「楽しかったね」

「来年も楽しみだね」


 などと話しながら、わいわいと茂みや森の中に消えていくのだ。

 明かりも段々と消えていく。

 どうなっているのか、まるでわからない。

 不安になってきた俺は、近くにいた人に聞いてみることにした。


「あの、すみません! 近くの駅とかバス停まで行きたいんですけど、どうやって行けばいいですか!?」

「え?」


 声を掛けられた人はびっくりしたように目を見開いていた。


「もしかして、遠くから来たんですか?」


 それに加えて首を傾げる。


「は、はい」


 その反応を不思議に思いながらも、俺は頷いた。


「聞いて聞いて! コイツ、別の山から来たみたいだよ!」


 すると、その人は周りに向かって叫んだ。その声に、周りの人が足を止めて俺の周りにぞろぞろと集まってくる。そして、口々に言った。


「え、本当? すごーい。電車とかで来たの?」

「一人で乗ったの? すごくない?」

「私、そんな勇気無いよ」

「すごいね!」

「このサマフェス、そこまで有名になってたんだ」

「マジかー。これはもしかして、そのうち全国から集まっちゃう?」

「この山に慣れてないなら送るよ」

「その姿のままで大丈夫?」

「え? はい」


 訳のわからないまま、俺は近くの交通機関があるところまで送ってもらえることになった。だが、徒歩だ。

 もう疲れていたが、帰れるならそれでもいい。

 ふもとの町の光が見えてきたときにはほっとした。


「また来年もおいでよ」

「気を付けて帰ってね。他の山の仲間たちにもよろしく伝えといて」

「あ、はい。ありがとうございました」


 山の仲間たち? と不思議に思いながら俺は頭を下げた。顔を上げたとき、俺をここまで送ってきてくれた人たちの姿はすでに消えていた。

 俺は周りを見回す。山のふもとにある町は、俺が住んでいる街よりはもちろん薄暗いし、民家もまばらだが、街灯がある。民家からは光が漏れている。人が住んでいる気配がする。ようやく本当に助かったのだとほっとした。

 ただ、サマフェスから帰ってくるような人たちの姿はない。駅に向かって歩き出しても、人波はないし、そもそも道を歩いている人もいない。サマフェスなんて全くなかったかのような、田舎の夜だ。

 とぼとぼと歩いているうちに駅の明かりが見えてきた。

 そこでようやく人と会うことが出来た。電車を待っている人が数人と、駅員さんの姿が見える。やはりフェス帰りのような人の姿はない。駅の掲示板のようなところにもポスターも何も貼っていない。市からのお知らせのようなものがあるだけだ。

 不思議に思って、俺は駅員さんに聞いてみることにした。


「すみません」

「はい?」


 窓口の向こうから駅員さんが返事をする。


「あの、今日ってこの辺でサマフェスやってましたよね? あれってどんなイベントだったんですか?」

「え?」


 俺の問いに、駅員さんは首をひねった。


「そういうイベントがあることは、私は聞いておりませんが」


 今度は俺の方が首をひねる番だった。


「え、でも、俺、山の中でかなりでかいサマフェスみたいなイベントをやっているのを見たんですよ。ステージがあって、山の中なのに、照明も明るくて、賑やかで、人もいっぱい集まってて。知らないバンドばかりでしたけど……。それで、道に迷って困っていたので親切な人に町まで送ってもらって……」


 駅員さんが怪訝そうな顔で俺の話を聞いている。そんな顔をされると自分で言っていて確信が持てなくなってくる。もしかして、夢でも見ていたのだろうか?


「あのサマフェスがなければ、遭難していたかもしれなくて……」

「サマフェス……、ですか。この辺でそんなイベントをやっているなんて聞いたことがありませんけどね」


 再び駅員さんが首をひねる。そのとき、


「兄ちゃん、山の中で見たのか? その、『さまふぇす』とかいうやつ。夏祭りみたいなもんなのか?」


 後ろから誰かに話しかけられた。

 振り向くと、地元の人っぽいおじいさんが立っていた。


「祭り……。はい、まあ、そんなところです」


 お年寄りにはサマフェスなんて聞き慣れない言葉なのだろう。祭りというのは大体合っているというか、少し間違っている気もするが、俺は頷いた。フェスティバルって英語で祭りなんだっけ?


「そりゃ多分、狸と狐の夏祭りだな」

「は?」


 おじいさんに言われて俺は思わず間抜けな声を上げた。


「昔からこの辺の山ではこの時期になると山の中であるはずのない祭りに迷い込むやつがいるんだよ。オレも若い頃迷い込んだことがあってな。そのときは普通の盆踊りだったけどよ。今は『さまふぇす』なんてのをやってるのか。あいつらも流行に乗るんだなあ。人間に化けて、人間の真似して楽しくやるのが好きみたいだからな」

「そういえば、別の山から来たのかとか、他の山の仲間にもよろしくとか言われたような……。まさか……」

「そりゃ、兄ちゃん。あんたも別の山から来た狸か狐だと思われたんだよ」


 おじいさんが笑う。

 確かにあんな山の中で急にサマフェスなんかやっていて、話も微妙に通じていないのが不思議だとは思っていたけれど……。


「ま、無事に帰って来れてよかったな」


 おじいさんに言われて、俺は周りを見回した。急に不安になったのだ。


「まさか、ここも、なんてことは、無いですよね?」


 よく見ると、おじいさんや駅員さんに狸と狐の尻尾が生えている、なんてことは……。


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