足元の手
これは、今の家での話だ。
その年、なぜかよく転んだ。
階段で
廊下で
玄関で
台所で。
一番痛かったのは、風呂場だった。
こっちはスッポンポンで
防御も何もできない。
あれは、今思い出しても本当に痛かった。
最初は
(歳かなぁ……
やだやだ、歳は取りたくないな)
そんなふうに思っていた。
けれど――
ある日のこと。
二階から階段を降りようとしたとき
一番上から、途中まで一気に滑り落ちた。
この家を買ったとき
義父が滑り止めを付けてくれていなければ
もっと危なかったと思う。
落ちる瞬間
手すりを掴もうとして――
気づいた。
足元に、“手”があった。
片手だけ。
でも、子供の手だとひと目で分かった。
滑り落ちたあと
すぐに振り返ったけれど
もうそこには何もなかった。
(ああ……なるほど
最近の原因は、これか)
(良かった~、歳じゃなかったのね)
……いや、良くはないんだけど。
それからも、何度か同じことがあった。
全部とは言い切れないけれど
たぶん大半は、あれだと思う。
さすがに、イラッとした。
「たく……どこのガキだか知らんけど
危ないからやめてくれんかね」
そのときは、それで終わった。
けれど――
しばらくして、また起きた。
休みの日
二階で掃除機をかけていたときだ。
急に、足を掴まれた。
そのまま前につんのめって
膝を強く打ちつけた。
あまりの痛さに、息が止まった。
反射的に足元を見ると――
また、あの手があった。
その瞬間、頭にきた
痛みもあって、抑えが効かなかった。
「いい加減にしろっ!!」
思いきり怒鳴った。
「何歳だか知らんけど!
やっていいことと悪いことの
区別ぐらい分かるでしょ!
めっちゃ膝痛いんじゃ!
どこのガキか知らんが
さっさと上がらんかい!!
コラァ!!」
一瞬
その手が、ビクッとした気がした。
そして――
すっと、消えた。
それ以降
転ぶことは、なくなった。
後から思えば
大人気なかったとは思う。
でも、あのときは
痛みでそれどころじゃなかった。
ただ――
優しさにも、限度はある。
怒るときは、怒る。
……それが、ちゃんと伝わったのならいい。




