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『日常の中の怪異』 ― 私が体験してきた不思議な話 ―  作者: かゆると


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背後からの呼吸

これは、前の会社での話だ。


その前に働いていた職場で

人間関係に疲れてしまい、辞めた。


精神科に通うほど…

心が参っていたと思う。


それでも、周りの人に支えられて

二ヶ月ほど休んだあと、

新しい職場に入った。


当時の私は

人を信用することが怖くて

仕事にも自信がなかった。


仕事内容は、ピッキング。


一人ひとりカートを押しながら

指示書通りに商品を集めていく仕事だった。


初めて触れる作業に戸惑いながら

毎日、必死に食らいついていた。


ただ、その会社は

とにかく人の入れ替わりが激しかった。


年齢層も高く

癖の強い人も多い職場だった。


ほとんどの人が一週間、

長くても一ヶ月ほどで辞めていく。


そんな中で、私は働いていた。


とある日のことだった。


いつも通り作業をしていると

すぐ後ろから音がした。


吐息のような

鼻息のような

少し荒い、呼吸の音。


でも

振り返る余裕はなかった。


この職場は、毎日が時間との勝負で

誰もが少しでも早く終わらせようとしていたから。


(誰か頑張ってる。

 アタシも負けんように頑張らんと)


そのときは、それくらいにしか思わなかった。


ただ…

その日から、時々聞こえるようになった。


すぐ後ろで

誰かが呼吸をしている音。


まるで――


首筋にかかるくらい、近い距離で。


けれど、とにかく忙しくて

それが誰なのか

一度も確認できなかった。


そして、しばらくしてからだった。


「仕事、早いよね」


そう言われるようになったのは。


自分では、むしろ遅い方だと思っていたから

正直、意外だった。


上司や周りの人は、口を揃えて言った。



「なんかさ、追われてるみたいな速さだよね」



その言葉を聞いたとき

一瞬だけ、あの“音”が頭をよぎった。


けれど――


(誰なのか分からないし、

 『鼻息の荒い人に追われてます』

 なんて言えないしなー……)


結局、その場は曖昧に笑ってごまかした。


それからさらに時間が経って

気がつけば、私は

社内で一番仕事が早い人間になっていた。


数値上のことではあるけれど

ダントツだったらしい。


上司からも



「こんな短期間ですごいです。

 よく頑張ってますね」



そう褒められた。


休憩中、同期から



「いやーすごいわ、本当。

 頭ん中でどう処理してんのか

 一度見てみたいわー」



と言われた。


私は、同期ならばと、あの話をしてみた。



「すぐ後ろで、ずっと息が聞こえる人がいてさ。

 誰かは分からんのだけど、

 負けんようにって思って仕事してただけだよ」


すると――


「……そんな人、いないよ」



そう言われた。



「あなた早すぎだもん。

 後ろに付ける人なんていないって」



……じゃあ――

あれは、誰だったのか。


ただ、そのときは

まだ知らなかったが

後になって聞いた話がある。


私が入る前に辞めていった人たちが

決まってこう言っていたらしい。


『背後からの視線に、耐えられない……』


――そう言って、辞めていったと。


その頃からだろうか――

あれだけ人の出入りが激しかった職場に

少しずつ人が定着するようになったのは。


後から聞いた話では

私が入ってかららしい。


その後、職場にも慣れて、

人と話すことも増えていった。


けれど――


あの呼吸の音は、

一位を取って以来、

一度も聞こえなくなった。


今でも、時々思う。


あれは、私を急かしていたのか…


それとも。


……育てていたのか。


辞めてしまった今となっては――


分からない。

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