噴水の手
あの出来事からしばらく経ったある日。
母と私と姉の三人で祖父母の家に遊びに来たが
母は私たちを置くと
すぐにどこかへ出かけてしまった。
しばらくして、母があの女性と
その娘さん二人を連れて戻ってきた。
一人は二十歳くらい
もう一人は姉と同い年の女の子だった。
その子は年齢のわりにとても大人びていて
色白で、すごく綺麗な子だったのを覚えている。
大人たちは居間で話し始め
私たち子どもは子供部屋で遊ぶことになった。
麦茶を持ってきてくれながら祖母が言った。
「公園でも行ってきたら?」
家の近くには大きな公園があった
タコの形をした滑り台があり
中央には大きな噴水もある。
更に隣にはテニスコートもあり
今にして思えばかなり広い公園だった。
私はそのタコの滑り台が大好きで
二人をほとんど放っておいて
夢中で何度も滑っていた。
何回目かに滑り終えたとき
ふと見ると姉とその女の子が
噴水の近くのベンチに座っていた。
〘疲れて休んでいるのかな?〙と思い
私は二人の方へ歩いていった。
近づいたとき、姉の顔を見て少し驚いた。
唇は青く、表情は固まっていた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
そう聞くと、姉はすぐに立ち上がった。
「もういいでしょ。帰ろう」
それだけ言うと
私の返事も待たずに足早に歩き出してしまった。
私は残った女の子に聞いた。
「何があったの?」
女の子は少し考えるようにしてから言った。
「うーん……怖がらせちゃったのかも」
それだけ言うと、にこっと笑って手を差し出した。
「私たちも帰ろう」
私たちは公園の出口に向かって歩き出した。
その途中で女の子が立ち止まって
後ろを振り返った。
その目は噴水の方を見ている
そして、小さな声でつぶやいた。
「……もう、この公園には来ないほうがいいかも」
私は思わず聞いた。
「なんで?」
女の子は少し首をかしげてから言った。
「だって、噴水から手がたくさん出てるしね」
私は思わず噴水を見た
しかし、そこにはいつもの噴水しかなかった。
そのあと、奇妙なことに
その公園に浮浪者が住みつくようになったらしい。
これまで一度もなかっただけに
祖母をはじめ周りの大人たちは
驚きを隠せなかったようだった。
噴水の近くにも浮浪者が集まるようになり
子どもだけでは近づけない場所になってしまった。
あれ以来、その公園に行くことはなかった。
あのあと、私は姉に何度も聞いた。
「公園で何を言われたの?」
けれど姉は教えてくれなかった。
「アンタに言っても
怖がらせるだけだから」
そう言って、話はそこで終わった。
それから何年も経ち
お互い結婚して子どももできた。
ある時、子どもの頃の思い出話をしているうちに
〘そういえば…〙と思い出して聞いてみた。
一瞬、目を見開いた気がした
でもすぐに、姉は首をかしげて言った。
「そんなことあったっけ?もう忘れたよ」
本当に忘れたのか…
それとも思い出したくないのか――
今でも分からない。
ただ一つだけ
あの子の言葉ははっきり覚えている。
「噴水から、手がたくさん出てるしね」




