主役の役割
目を覚ました。気がついた?
なんでもいい。とにかく瞼を開け起き上がる。
異様な頭の痛さと目の回る感覚。ちゃんと立ち上がるのだって精一杯だ。
ここはどこだ。暗くてわからない。真っ暗闇。外だと言うことだけがわかる。
頭が上手く回らない。雲がかかったようなモヤモヤ感だけが残る。
近くで何かが動く音がした。防衛本能が働く。身構え拳を構える。
「ここは……どこだ……?」
「……イチ?」
その瞬間だった。目の前に火が灯ったのは。たったひとつの火がゆっくりと近づいてくる。それと同時にお経のような歌が聞こえてきた。
紙が擦れる音。それら全てがゆっくり近づいてくる。こわい。こわい。こわい。
それが目の前に来ると、その顔がわかった。いや、わからない。祭りの面をつけてる。
「おい! なんだよこれは!」
灯りが近づいたため隣にイチがいるのがわかった。イチもオレの存在に気づいて少しだけ落ち着いたようで息を吐いた。
イチの言葉に反応せずその人は踵を返す。そして火を回すと一斉に火が上がる。
フラッシュの如く一気に明るくなり目を閉じる。段々と目が慣れ周りを見るとそこは神社の目の前だった。
「ふ、フサギサマの……」
目の前の人は神主さん、火の周りにも人がいるが、暗闇に紛れてどのくらいいるのかが分からない。
「どういうことだよ……」
思考がまとまらない。なぜ、こんな所に。いつの間に。どうして……。
チリン。
動揺を察するように鳴る神楽鈴。3度鳴り響くと神主さんは神社を向いた。
『フサギサマココニミタマカエタマヘ』
1歩ずつ鈴の音と一緒に進んでいく。それはまるでオレたちに着いてこいと言っているようだった。
『メグルヤクサエイナシメタマヘ』
神社はゆっくりと口を開けた。中に入れと言うことか。
『フサギサマココニミタマカエタマヘ』
神主さんの足が神社の目の前で止まるとこちらを見てきた。
『ソノイカリヲシズメタマヘ』
自分の意志とは裏腹に神主さんのついて行っていた。開け放たれた戸の前で力無く立っていると急に突き飛ばされる。
中に転がり入ると戸が勢いよく閉められる。
中は暗い。しかし外から入る灯りである程度何があるかわかった。
まず目に入ったのはおぞましい数の武器であった。多種多様の人を傷つける為だけに存在しているそれ達が縦横無尽に並べられている。
その次は臭い。強烈な刺激臭。鉄臭いと言うか腐った臭いというか、とにかく強烈でむせ返る臭い。この臭いのせいかイチは吐き出していた。
そして、ど真ん中には何か蠢くものがあった。暗くてよく見えないが、見覚えがある。そう、それは祭りの面と同じ見た目をしていた。しけし、それは生命体として蠢いている。
『……コ……ロ……セ……』
その生命体から掠れた言葉が投げかけられた。
「コロセ!」
「コロセ!」
「コロセ!」
それに呼応したように、神社は地鳴りを起こしているかのように外から複数人で叩かれ戸は悲鳴をあげ、さらに怒号が上げられている。
「コロセ!」
『コロセ』
「コロセ!」
耳を塞ぐ。なんだよこれ。おかしいだろ。どういう状況だよ。誰か教えてくれよ。
助けを求めるためにイチに目を向けた。
しかし、この思いとは裏腹にイチは剣を持っていた。
「はは……。コロセ……」
その剣を重たそうに振り上げ、勢いに任せて振り下ろす。咄嗟に避けるが右足に切っ先が触れた。ただそれだけで痛みが出た。
「イチ! 待てよ! 何かの間違いだって」
「コロセ!」
「コロセ!」
自分の声は聞こえているだろうか。周りの怒号に消し飛ばされてるとしか思えなかった。
「イチ!!」
「フタ……ゴメン」
再び上げられた剣。涙を浮かべているその瞳。
このまま、斬られてしまってもいっか……。
『コロセ』
『コロセ』
『コロセ』
そこからあまり記憶が無い。記憶があるのは、左肩を剣が深く食い込んだあたりだ。痛みのあまり叫ぶと共に腹部に蹴りを貰い口から苦いものが出た。持ってるものを振り回すと傷だらけのイチは離れる。
よだれを拭う。口からは血の味がする。斬られた肩の先はほとんど動かない。そして異様に左腕が熱い。痛い。痛い。痛い。
そこからまた我を忘れて何かを振り回していた。
その決着は案外突然だった、突き出したそれがイチの腹部を突き刺した。
「イチ……」
「……ぐふっ、やるじゃねぇかフタ。これでオレが56戦28勝……28敗だな」
「ちょっと待って!! 今止血するから」
ようやく頭が冴えてきた。事の重大性を把握し何かを抜いてイチを横にし直ぐに腹部を圧迫する。
「ねぇ!! 誰か!! 救急車……いや先生を呼んできて!! イチが死んじゃう!!」
「フタ、……」
そこで聞いたのは信じられない言葉だった。
理解する時間はなかった。
神社の戸が開かれ外からわらわらと大人たちが入ってきた。
「フサギサマ!」
「フサギサマ!」
歓喜なのか、この村の流行病のせいなのか咳き込む人が多いこと。
「皆の衆! 良い! タチガミサマを連れてゆけ。フサギサマは定例通り私が執り行う」
そう言って大人たちが一斉にオレ達に近づいてくる。その汚れた手をオレたちに伸ばし掴もうとする時、破裂音と共に辺りを煙が充満する。
「フサギサマ!?」
「タチガミサマ! どこだ!」
オレたちはその隙に神社を出た。直ぐさま駆け出し森に消える。
「なんで持ってたんだよ。あんな煙玉」
「へへ、射的には意外と面白いものがあったってことだな」
全力で走る。行先は決めてない。とにかく大人たちから逃げなければ、
神楽鈴の音を聞いた。自分たちの耳に聞こえるほど清く。
「フサギサマとタチガミサマは西の方面です!! 滑車付近を取り押さえてください!」
その素早い指示。とても正確な指示だった。
「くそっ、超能力持ちかよ!」
「イチ大丈夫?」
「あぁ、痛いだけ。こんなんフタと遊んでたら日常茶飯事だろ」
「そうだね」
2人は颯爽と走る。途中で見つけた階段下まで続いていそうなケーブルを見つけた。運のいいことに下る様に作られていそうな鉄製の金具がふたつ置いてあった。
「イチ! これで下まで行こう」
「ナイスアイディア!」
「居たぞ!!」
オレは先にケーブルに金具を取り付けそれをしっかり持ち足を地面から離す。急勾配の坂をケーブルを沿って下っていく。そのスピードはとんでもないものだった。しかも普段使われていないのか小枝が行く手を阻み、それに当たる度に傷が増えていく。
神楽鈴の音。……気味の悪い。嫌な予感。
終点に着いた。がブレーキはない。スピードに任せて終点部にぶつかりそのまま手を離して地面を転がった。そのせいか、忘れていた左腕の痛みが再び出た。さっきまで動いていたのが不思議なくらいにまったく動かない。
ゆっくり立ち上がると、すぐ後に着いてきていたイチが同じように転がってきた。
「いったぁ……」
「大丈夫か? イチ」
「まぁ、死んではないから平気かな」
イチに手を出す。それを取って立ち上がり次に行く場所を探ろうとした。
神楽鈴の音。それはとても近くで響いた。
「やれやれ、若いとはいいものですね」
神主さんがそこにいた。それと数人の大人が。
「逃げ道はありませんよ」
「超能力の次は空間転移か? いよいよ化け物だな」
村の下へ向かう道は伏せがれている。山上は登れるような傾斜じゃない。
「一か八か……」
「……だな、フタ」
残されていたのは、渓谷の方面だった。
走り出すと号哭と共に追ってくる。
忍者のごとく整備されていない道を進む。真っ暗闇が行く手を阻むが、この場所で育ってきたオレたちに取ってそれは障壁でもなかった。
手を引くイチ。それについて行く自分。なんだか、夢で見たそれを思い出した。
直ぐに渓谷に着いた。ここから下へ向かえば橋がある。橋を渡れば街に出ることが出来る。走れる距離では無いがそれしか無かった。
「イチ?」
大人たちの足音は聞こえなくなったので少しだけ休憩をしていた。そろそろ行動しようとイチに声をかけようとした時だった。イチの呼吸が浅く荒く、腹部の痛みに耐えているようだった。
「大丈夫?」
「……はは、大丈夫に決まってるだろ」
顔色は青白く汗を酷くかいていた。
「いや、大丈夫なわけ……」
「いくぞ!」
イチは立ち上がるが直ぐに膝を崩す。
「くそっ」
「もう少し休もう」
「追いつかれちまうよ。フタだけでも逃げろ」
「ダメだよ。捕まるなら一緒だ」
「捕まったら何されるかわからねぇぞ。見ただろ、あのおぞましいフサギサマを」
神社中央にいた生命体。あれがフサギサマだと思うのが普通だろう。しかし、神とは名ばかりの生物の肉塊と表現するのが正しいだろう。
「あんなんにされちまうぞ」
「でも!」
神楽鈴の音。
「もうかよ」
「イチ!」
イチは無理やり立ち上がり渓谷沿いに歩き出す。しかし上手く足が出ないようだ。
「フタ……」
「なに?」
「オレたち親友だよな」
「当たり前だろ!」
とうとう足音と松明の灯りが見えてきた。
「なら、オレが今からやる事を許して欲しい」
「……えっ?」
急激な衝撃。突き飛ばされた。足を踏み出したがそこは既に足場がなかった。
「生きてくれ……」
イチが大人たちに捕まるのが見えた。複数の手がオレに向けられたがその手が届くことはなくオレは流れの早い川に落ちていった。




