フサギ祭
フサギ祭。その日は学校もなく1日中お祭りを楽しめる。そのためが、朝目が覚めてから既に外は騒がしかった。
朝起きて顔を洗い、直ぐに着替えて靴を履く。
「ちょっと、さすがに早すぎないかい」
お母さんが背後で困り声を上げていた。
「そんなことないよ! むしろ寝坊したくらい。行ってきます!!」
「いってらっしゃい」
引き戸をピシャッと閉めて村の上の方へ駆け出す。そこでイチと待ち合わせしていた。
道中楽しげな音と祭りの音頭が混ざりあい、それだけで心がウキウキした。
広場に着くと1番先に目に入ったのはそのヤグラだった。てっぺんに大太鼓が乗りそれを叩く裕二さん。その芯のある音に体が勝手に動きそうだ。
そして、その周りを踊りながら回っているお面、と言うには異様な物をつけて顔を出さないようしている。
「いつも思うけど異様だよな。あの面」
「ちょっと怖いよね」
イチが近寄ってオレの思いを言葉にしてくれた。小さく頷いて更に言葉を続ける。
「今年はアレをつけなくていいんだよね」
「そう! オレたちが主役だから!」
数十年に1度、神主さんの指示でその年の主役が決まる。その主役は大切な神事の付き合いをさせられるが、お祭りの代金は貰わないという特権を得られる。しかし、神事で何を行うのかは大人たちは教えてくれない。教えてくれないのだから特に難しいことは無いのだろう。だから祭りをとことん楽しむ事を優先した。
オレたち以外は皆あの異様な面をつける。それが風習である。
「あの面、息しずらくて嫌だったんだよね」
「わかる。少し強く呼吸しないと息できないしね」
そう、不思議な面なのだ。視界は辛うじてあるが見えずらいことこの上ない。呼吸は少ししずらく常に酸欠気味。何のためにアレをしなきゃいけないのか、全然わからなかった。
そして、その面がないことで1番やりやすくなった、男心くすぐるそれの屋台の前に来た。
「さぁ、今日こそ景品を貰っていこうぜ」
「今日の為に集中力を高めてきたからね」
それは射的。ずっと欲しかったラジコンを今日こそ取れる。そう思うとウキウキが止まらなかった。
「やらせて!」
「オレも!」
「おう! 主役のふたりか! 程よいところでやめてくれよー」
情けないことを告げながらコルクを目の前に置いてきた。今までは100円で5発だったのが、今日は、
「山盛りだ」
「好きなだけやってけ!」
ふたりで目を見合せ直ぐに銃口にコルクを詰めた。
両手にいっぱいのお菓子とお目当てのラジコンを持って屋台の間を進んでいく。ホクホクした気持ちにもはややり尽くした感がある。
「一旦帰って置いてこようぜ」
「そうだね!」
イチは駆けて坂を登って行った。オレは大量の景品を落とさないようにゆっくりと坂を下って行く。
家の戸を足で開けて玄関に景品を置く。直ぐに祭りに戻ろうとする。しかし、家の中で啜り泣く母の声がその足を止めた。
「お母さん、どうしたの?」
はやる足を無理やり抑えているため靴を脱ぐこともせずその場で姿の見えない母に問いた。
「あら、健次郎。もう戻ってきたの。玉ねぎが目に染みちゃってね。気にしないで」
お母さんはよく泣く。少しの喜び、少しの苦しみ、少しの刺激、それで直ぐに涙する。本人がそういうのだからあまり気にする必要はないかと、
「じゃ、また行ってきます! あ、玄関のお菓子食べないでよ!」
また引き戸を閉めて広場へ向かった。
再びイチと合流してイカ、焼き鳥、団子で小腹を満たし、運試しのくじを引き見事にハズレの人生で6個目のスーパーボールを手に入れた。
昼時になり焼きそばとラムネを買い広場に作られた休憩用のテントに身を入れる。
そこには所狭しと縦長のテーブルとパイプ椅子が並べられ、踊り疲れたご婦人方が食事と言うていで井戸端会議を始めていて、それをいい事に美味しそうに酒をあおりバカ笑いをしている男性陣。
「特別な年って言ってもいつも通りだな」
「そうみたいだね」
いつも座る所に腰掛け本日の昼飯を食べ始じめる。
その瞬間だった。周りの大人達がこぞってこっちを見ているような気がした。しかし、こっちからでは相手の視線を捉えることが出来ない。それが異様に気持ち悪かった。見られているような気がする。そんな自意識過剰な言葉を目の前の彼は信じてくれるだろうか。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
言えるはずもない。こんな楽しい日に余計な心配をかけたくなかった。
ラムネを飲んで気持ちを落ち着かせる。そんなことない、そんなことない。そう思うほどにその視線は痛く突き刺さっていた。
いつもより盛ってもらったことをこんなに悔やむことはなかった。早く食べてこの場所から早くいなくなろう。
「やぁ、今年の主役さんがた。楽しんでいるかな?」
後方からの声に驚き振り返るとその仮面が自分たちを見下ろしていた。
「うわ!」
思わず立ち上がり、膝を机に当てる。それによって自分のラムネは倒れた。
「ちょっ! 銀村長! フタは気弱なんだからそういうのやめろって」
「おぉ、驚かせてしまってすまない。そんなつもりじゃなかったのだ」
その言葉に我に返った自分は慌てて振り返り村長に謝った。
「銀さん! すみません」
「健次郎や、こちらこそすまんかった。主役に挨拶しに来たのだが礼節を欠いたようじゃ」
優しい声に気持ちが落ち着いてきた。四方谷銀。この村の村長で、村が昔より豊かになったのはこの方の力が絶大だったらしい。オレが物心ついた時からあまり変わってないから昔はよっぽどだったのかもしれない。今でも少しだけ貧しく感じる時がある。
「さて、本番は夜遅い。今のうちに十分に楽しんでおきなさい」
オレは首を縦に振り、イチは威勢よく返事をした。
「うむ、元気の良いことだ」
そう言いかけて咳き込んだ。
「オヤジ、大丈夫か?」
いつの間にか近くにいた裕二さんが銀さんの背中をさすっていた。
「持病が悪化していてな、どうやらあまり長くないようなのじゃ」
「え!?」
オレのひと言と同時にあちこちから悲鳴に近い感嘆符が響いた。
「皆の衆、驚くでない。ワシも歳じゃ。そろそろ現役も退かねばなぁ」
「オヤジ、無理するな。一旦帰るぞ」
「将来、この村をになっていくのは君たちだ。今日は存分に役目を果たしてくれたまえ」
置き土産を置いて裕二さんに担がれてこの場から離れていった。
銀さんを見送って視線をイチに戻した。イチも目を丸くしていた。それもそうだ。新事実。村長がそろそろ引退をする。次の村長は、誰だろうか。
沈黙がこの場を染めていた。それを破ったのはオレの肩に手を置いた人だった。
「ほーら。主役は楽しまにゃいかんぞ。一生で一度じゃ。難しい話しは祭りが終わってから」
ウメばあさんだった。いつもと違う優しい表情が案外しっくりくるものだった。
オレはパイプ椅子に勢いよく座り焼きそばをすごい勢いで食べ始める。それを見てイチも座り同じように食べ始めた。
「おぉ、これはどっちが早く平らげるか賭けてみるかい?」
ウメばあさんが言うと周りの大人たちがわらわらと集まり急に賭けを始めた。まったく、主役を道化のように扱うかよ。
ほぼ同時に食べ終え、どっちが早く食べきったかを口論している大人たちを他所にイチと目配せして同時にその場を逃げた。
今は楽しめ。美濃村の最年長2人にそう言われたのだから楽しむしか無かった。
金魚すくい、りんご飴、輪投げ、わたあめ、ポップコーン、射的。
やりたいことをやりたいだけやった。そうしたら日も落ち始めていた。夕日がこの世界を染める。
盆踊りの音は変わらず鳴り響き、楽しい雰囲気の影は残す。しかし、子供たちは疲れ果て家に帰る。その影坊主を横目にオレたちは最後の屋台の前に立った。
「これで、全制覇だな」
フサギ祭の最後に必ずお神酒を飲む風習がある。お神酒と言ってもアルコール度数のないものらしいが。それでも子供たちは合法的にお酒が飲めると必ず飲んでいく。
「田中井一郎」
「山縣健次郎」
飲んでいない人が居ないことを確認するために必ず名前を伝える。そして渡されたお神酒を必ず一口で飲むこと。この祭りのルールだ。
「はい、2人は特別製だよ」
そう言って渡されたのは、いつもと変わりない透き通った水であった。
「よっしゃ! いっせいので飲もうぜ」
「そうだね!」
ふたりで器をかち合わせ口を合わせる。
「いっせいの!」
ゴクリと飲んだ。




