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婚約者は小学生!?

作者: 十六夜

 夏休みのある日。

 同じクラスの8人でバーベキューに来ていた。


「「はいは〜い、これからゲームをしま〜す! 題して“婚約クジ”〜!」」


 バーベキューの肉より熱いテンションの中、司と奈央がそう叫んだ。

 お酒も飲まずにこのテンションは、若さの特権か、2人の性格によるものか。


 紙コップに自分の名前を書いた紙を入れて、そこから2枚引いてペアを決める。

 そのペアが婚約者になるという、単なる暇つぶし。


 わあっと盛り上がる声。

 私も笑いながら紙に名前を書いた。

 こんなバカも今年までかな。

 来年には、みんなバラバラになることを考えると貴重な時間かもしれない。


「さあ〜、誰が出るかな〜?」


 奈央が紙コップの中に手を入れる。

 紙コップから最初に引かれた2枚の紙は、橘悠真たちばなゆうま東雲沙月しののめさつき


「初っ端から悠真と沙月!?」

「出来すぎだろ」

「似合いすぎ〜」


 悠真はバスケ部のエースで、女子の間では「爽やかすぎて反則」って言われてる。

 漫画の主人公みたいだけど、本人はそれをちっとも気にしてない。

 誰にでも同じように話しかけて、男子にも女子にモテるタイプ。

 私は、悠真がカッコ良すぎて、逆にないと思ってしまうけど。

 

 沙月は書道部の部長。

 切れ長の目は、笑うと少しだけ柔らかくなる和風美人。

 見た目は大人しいけど、しっかり芯を持っているタイプだと思う。

 控えめで誰にでも優しい性格から、一部の男子には聖女って言われているみたい。


 次の2枚の紙には成瀬司なるせつかさ望月奈央もちづきなお


「ウケ狙いカップルか」

「お前ら、仕込んだだろ」

「賑やかすぎ」


 司は悠真と同じバスケ部。

 ベンチ入りしているがレギュラーではない。

 でも、試合中に一番声を出している姿には好感が持てる。

 顔は悠真がいるから霞むけど、それなりに整っているかもしれない?

 私としては、笑いの対象で兄妹みたいな感じまでかな。


 奈央は、帰宅部で少しだけギャルっぽい。

 格好が派手だけど、意外と?しっかりしてる。

 明るくてノリがいいから、クラスのムードメーカー。

 そういった意味では、司とは相性がいいかも。


 次の紙には、桐谷拓海きりたにたくみ神崎蓮かんざきれん

 

「次は拓海と蓮!?」

「男同士やばい!!」

「面白すぎ〜」


 拓海は、ひとことで言えば、誰とでも仲良くなれるタイプ。

 男子だけど可愛い? 庇護欲をそそる? 感じ。

 男でも女でも自然体でいられて、初対面の人にもすぐ話しかけられる空気を持ってる。

 私より可愛い感じがあるから、拓海もナシ。


 蓮は、余り喋らない。

 でも、今までの付き合いから、人を遠ざけてるわけでもない。

 話すと低い声がテレビのナレーションなんかやらせたら上手そう。

 かなり気がきくタイプで、今日のバーベキューでも率先して動いて、準備をしていた。


 こうしてみると今日の男子は全員ないかな。

 もちろん仲がいいから一緒にバーベキューに来てるんだけど。


 残る紙は3枚。

 あれ? 3枚?


 次に紙コップから出てきたのは、成瀬颯太なるせそうた佐藤美咲さとうみさき


「颯太?」


 開かれた紙を見た瞬間、書かれた文字に首をかしげる。


「あ、それ。さっき紹介した俺の弟。小6。一応参加してるから名前書かせた」


「え、小学生!?」


 どっと笑いが起きた。

 私は顔をひきつらせながら視線を向ける。

 端っこで焼き鳥を真剣に見つめていた、小さな男の子がこっちを見上げた。


 不思議そうに私を見つめ、首を傾けた。

 その瞬間、会場の笑いがさらに大きくなる、


「小6って犯罪じゃねー」

「姉さん女房」

「まだ、手〜出しちゃだめだよー」


 みんなが「年の差〜」と騒ぐ中、当人の颯太くんに兄の司が耳打ちしていた。

 それを聞いた颯太くんは、耳まで真っ赤になって俯いてしまった。


 最後の紙には、藤宮莉香ふじみやりか


「あーあ残念。私は余りか」


 莉香は身長があるせいか、かなり大人びて見える。

 面倒見が良くて頼りになる。

 このメンバーの中では、一番冷静なタイプで、私と一番仲がいい。


「美咲、6歳下だね」


「奈央、ちょっとやめてよ。颯太くん、可哀想でしょ」


「まあまあ。お遊びだからさ」


 笑い声がひととおり落ち着いたころ、炭のはぜる音だけが、パチパチと小さく残っていた。


 颯太くんは、まだうつむいたままだった。

 焼き鳥の串を持ったまま、何か考えるように炭の色を見つめている。

 耳まで真っ赤なまま、動かなかった。

  

「悠真と沙月とか、漫画かよ!」


「奈央と司、ほんとテンポは合ってる!」


「男同士は笑える」

 

「でも今日イチ、面白いのは美咲と小学生婚約者だな」


 みんなはそれぞれのカップルの話題に移っていて、また笑い声が戻っていた

 でも、その中で一人だけ、小さな背中が取り残されたままになっているように見えた。


 私は少しだけ近づいて、炭の熱を避けるようにしゃがみ込んだ。


「……お肉沢山食べれた? ごめんね。なんか、みんなが変なこと言って」


 声をかけると、颯太くんはびくっと肩を揺らした。

 顔を上げるかと思ったけど、彼はそのまま、小さく頷いた後、首を横に振った。

 言葉は、なかった。

 でも、ほんの一瞬だけ、彼のまつ毛が少しだけ揺れた気がした。


 ――まあ、傷ついてはいないかな。

 

 暑さを避けて夕方からのバーベキュー。

 そのせいで、司の両親が颯太くんを1人で家に置いて置けないからと、司に預けたらしい。

 高校生の中に1人だけなんて嫌だったろうけど、司がいろいろ面倒見ていた。

 兄弟の仲は悪くなさそう。


 気づけば、空はすっかり群青に染まっていた。

 炭の火も小さくなって、笑い声の余韻だけが、まだそこに残っている。


 誰からともなく片付けが始まった。

 紙皿をまとめて、ペットボトルを拾って、余った食材をビニール袋に詰める。

 

 そのとき、奈央が手に何かを持っていた。

 小さく折られた紙。

 婚約クジの紙だった。


「ねぇ、司と私のやつ、字が読めない」


 見せてもらうと、飲み物の結露で濡れたのか、インクがにじんで、名前がぼやけていた。


「あらら、婚約解消か」


 司が笑いながら言う。

 

「こっちからだからね」


 奈央も笑って返した。


 炭の残り火が、赤く光っていた。

 沙月が、みんなが名前を書いた紙をまとめて拾って、そっと何かを呟いていた。


「このまま炭で燃やそっか」


 そう言って、沙月は炭の端に紙を置いた。

 乾いていた紙はすぐに火を吸って、オレンジ色の小さな炎が立った。


「楽しかったね」

「そうだな」

「小学生を婚約者にした人もいたしね」

「もういいでしょ」


 みんな口々に今日のバーベキューの感想を言い合って、後片付けが終わった。



 長い夏休みが終わって、学校がまた始まった。

 制服の生地が肌にまとわりついて、まだまだ暑く感じる。


 教室の空気も、夏休み前とそう変わらない。

 外の運動部は、ますます日焼けしたり、暑さのせいか髪を短くした人もいた。


 そんな中で一番変わったのは――悠真と沙月だった。


 いつものように廊下で会えば笑って話すし、クラスで冗談を言い合うのも変わらない。

 けれど、ふとした瞬間、二人の間の“間”が違っていた。


 今までなら軽口で終わっていた沈黙が、どこか、優しい。

 何も話していないのに、空気が満ちている、間に入れない感じ。


 昼休み、購買でパンを選ぶときに並んでいる二人を見た。

 悠真が「これ、好きだろ?」って言って、沙月が目を合わせて笑う。

 たったそれだけなのに、こっちが恥ずかしくなって、私はそっと視線を外した。


 「出来すぎカップル」って、バーベキューでみんなが言ってた。

 あのときは笑い話だったけど――

 こうして見ると、本当に似合いの2人だ。


 この前、莉香が小声で「もう付き合ってるらしいよ」と言ってきた。


「そっか。お似合いの2人だし、よかったね」


 私は心からそう思った。


「実は、司と奈央もいい感じだったんだけど、ダメだったみたいね」


「へ〜。何がダメだったんだろうね」 



 高校3年生の2学期から卒業まではあっという間だった。

 あの2人も順調に交際を続けていて、2人とも関東の大学に通う。

 私は千葉県の大学。


 卒業式を終え、泣いたり、笑ったりの最後のホームルームが終わった。

 莉香と話していると司が話かけてきた。


「よう。この後のクラス会が終われば、しばらく会えなくなるな」


「そうだね。今度は成人式ぐらいになるかもね」


「そうだな。それで少し頼みがあるんだけど……」


「何?」


「あのさ、颯太がLIME交換して欲しいんだってよ」


「颯太くん?」


「ああ、実は前々から頼まれていたんだ。あいつ結構しつこくてさ、今日は絶対って言われて」


「まあ、別にいいけど……。何か喋ることあるのかな?」


「さあ? まあテキトーに相手してやって。あいつも春から中学生だから、すぐに婚約破棄だろ」


「まだ言ってるの。小学生の弟を揶揄うのはやめてあげな」


 この日、颯太くんを友達として追加した。



 4月に入り、私は上京して一人暮らしを始めた。

 段ボールの山と、まだ慣れないアパートの匂い。

 窓を開けると、風が少しだけ冷たくて、ここが新しい場所なんだと改めて思った。


 大学のキャンパスは思っていたより広くて、人も多い。

 誰かが常にどこかで笑っていて、それが知らない笑い声だから、ちょっと寂しく感じる。

 講義の教室は高校よりもずっと静かで、先生の声が反響して遠くから聞こえる。

 

 昼休み、一人で学食に行ってみた。

 人が多くてざわざわしていて、知らない人たちが「履修どうする?」とか「サークル入った?」とか話している。

 私はカレーを頼んで、端の席で、スプーンを持ったまましばらく外を見ていた。


 夜、アパートに帰ると、小さな冷蔵庫が静かな音を立てていた。

 カーテンの隙間から見える街灯が、ひとり暮らしの部屋を淡く照らしている。


 スマホが震えた。

 画面を見ると、「颯太くん」の名前があった。


 ――「中学に入学しました」


 短いメッセージ。

 思わず、笑ってしまった。

 「おめでとう。頑張ってね」とだけ返した。


 送信したあと、画面の光が部屋を照らして、少しだけ胸があたたかくなった。

 都会の夜の匂いの中に、ほんの少しだけ炭の匂いを思い出した。


 颯太くんからは、いつも短いメッセージが届いた。


「バスケ部に入りました」

「今日の体育館は暑かったです」


 そのたびに私は少しの感想と「頑張ってね」とだけメッセージを入れた。



 成人式の会場は、地元の文化ホール。

 玄関前には懐かしい顔がいくつも並んでいた。

 みんな少し大人っぽくなっていて、私もその中の一人として笑っていた。

 

 大学3年になった私は、色々なことが忙しくなっていた。

 しかし、「20歳の集い」には出たかったから前から予定を立てて帰郷した。


 地元は雪国なので、5月の連休に成人式がある。

 少し暖かくなった風が振袖の袖を揺らす。

 

 会場のロビーに入った瞬間、懐かしい声が一気に耳に戻ってきた。


「美咲! 久しぶり! 着物似合ってる」


 莉香はスーツで参加していた。

 地元の企業に就職して、3年目に入って、だんだん大変になってきと愚痴っていた。

 

「うわ、あの2人変わってないね!」


 悠真と沙月が一緒にいた。 

 悠真はスーツ姿でもやっぱり絵になっていた。

 静かな笑顔のまま、隣に立つ沙月をみて、二人はまだ続いているんだな、と思った。


 司は髪を短くして、少し落ち着いた雰囲気。

 地元の交代勤務の工場で頑張っているようだ。

 

 奈央は関西の大学に進学して、ますます明るくなった感じだ。

 司と奈央の明るいやり取りと、並んで笑っている姿を見ると高校時代を思い出す。


 拓海と蓮も地元に残った。

 拓海は最初の会社が合わなくて、今はフリーターをしていると莉香が話してくれた。

 蓮は飲食店の従業員。

 スーツの蓮がまっすぐ立って、拓海が横で「俺のネクタイ、合ってる?」と聞いている。

 

 あの時の全員が顔を合わせるのは、卒業式以来。

 式が終わると、みんなで写真を撮って、「このあと飲み行こう!」という流れになった。


 居酒屋の前でみんなを待っていると、1台の自転車が近づいてきた。


「颯太か?」


 司が声をかけると額から汗を流した颯太くんが息を切らせて、言った。


「美咲さん、20歳おめでとうございます」


 バーベキューと時より背がずっと大きくなって、声も低い。

 あの夏の小学生が、今は目線がほとんど同じ高さにある。


「颯太くん、大きくなったね」


「よく言われます」


「どうしたの?」


「あの……、これ」


 颯太くんの手には小さな包み。

 それを渡すと颯太くんは、すぐに振り向き自転車に乗って行ってしまった。


「あいつ、だから今日の飲み会の場所しつこく聞いてきたのか」


 司が感心したように頷いている。


「で、なんなんだ? 婚約指輪?」


「殴るわよ。家に帰ったから開けるわよ」


 飲み会が終わって家に帰ってから、包みを開けてみる。

 雪の結晶のトップのついたペンダントだった。

 颯太くんには「ありがとう。大事にするね」と返した。



 大学四年生になった。

 就職活動は去年から始まっていて、みんなが少しずつ焦り始めてくる。

 周りの空気が急に現実味を帯びて、誰もが未来の話ばかりしていた。


 そんなとき、LIMEの通知がひとつ届いた。

 ――「高校に入学しました」


 プロフィールのアイコンには、ブレザー姿の写真。

 黒髪が少し伸びていて、もうすっかり少年ではなくなっていた。


 「おめでとう」と返そうとして、なぜか指が止まった。

 言葉を選ぶほどの関係でもないのに、なぜか打つ文字が決まらない。


 結局、シンプルに「入学おめでとう。頑張ってね」とだけ送った。

 既読がついて、少ししてから「ありがとうございます!」と返ってきた。


 卒論の制作とアルバイトの往復。

 休日は説明会、エントリーシート、面接の予定。

 気づけば、一日が終わっている。

 


 社会人一年目の春。

 大学を卒業して、結局地元に戻ってきていた。


 実家ではなくアパートを借りている。

 就職先は小さな広告代理店。

 慣れないスーツと、慣れない営業に毎日疲れて、帰り道でコンビニの明かりを見るだけでホッとするような日々だった。


 その日は金曜の夕方。

 仕事帰りに莉香と軽く食事でもしよう、という話になって、駅近くの新しいカフェダイナーに入った。


 店の中は木目調のインテリアで、天井のライトが少し暖かい色をしていた。

 グラスの音と笑い声。

 仕事帰りの人たちのざわめきが、柔らかく響いている。


 メニューを開いたとき、不意に視線を感じた。

 カウンターの向こう。

 エプロン姿の店員が、こちらを見ていた。


 一瞬、誰か分からなかった。

 でも次の瞬間、――あの瞳の形、少し癖のある前髪。


 「……颯太くん?」


 思わず声が出てしまった。

 彼は少し驚いたように目を見開いて、すぐに、少し照れたような笑顔を浮かべた。


「美咲さん……? わ、びっくりした……!」


 高校の制服ではなく、黒いシャツとエプロン姿。

 司よりも身長が高くなっていた。

 だけど、笑うときの口元だけはあの頃のままだった。


「ここで働いてるんだ?」


「はい。学校帰りにバイトしてます」


「そっか……なんか、もうすっかり大人だね」


「俺なんてまだまだ。美咲さんこそ、もう社会人じゃないですか」



 社会人三年目。

 仕事にもようやく慣れて、後輩に仕事を教えるようになってきた頃。


 そんなある日、白い封筒が届いた。

 差出人は――橘悠真・東雲沙月。

 封を開けた瞬間、思わず笑ってしまった。


 ──本当に、あの二人が。


 私たちは久しぶりに全員が集まった。


 式場は街の外れの小さなチャペル。

 青空が高くて、光がステンドグラスを透かして揺れていた。

 入口で司がスーツのネクタイをいじりながら、「うわー、緊張してきた」なんて言ってる。

 奈央は受付けでいつものような笑顔を振りまいていた。


 拓海と蓮は、受付の近くで写真を撮っていて、「お前、もっと笑えって!」とふざけ合っている。

 

 みんな席に座り、そして扉が開く。

 オルガンの音。

 白い光の中を、沙月が父親と歩いてきた。

 あの静かで凛とした雰囲気のまま、でも今日は少しだけ柔らかい表情をしていた。


 悠真が新郎として立っている。

 いつも通りの爽やかさに、少しだけ緊張の影が差して見えた。


 誓いの言葉。

 指輪の交換。

 どちらも簡潔だが似合っていた。


 拍手の中、沙月が一瞬こちらを見た。

 あの夏、火の光の中で笑っていた顔と同じ笑顔だった。


 披露宴では、司が乾杯の音頭を取った。


「――7年前の“婚約クジ”で、最初に出たペアが、本当に結婚するとは思わなかった!」


 会場が笑いで満たされる。

 悠真もマイクを持って「たぶん、あれが最初の“運命”でした」と言って、さらに拍手が広がった。


 披露宴も中盤。

 キャンドルサービスが終わって、会場が少し落ち着いたころ。

 私はグラスを持って席を離れ、友人テーブルのほうへ向かっていた。


 花嫁の沙月は、今はお色直しのドレス。

 柔らかなピンクのレースが光を受けて、まるでお姫様みたいだった。


 その沙月と奈央が小声で何かを話しているのが見えた。

 顔を寄せ合って、笑いながら。

 私は少し離れた席に座り、そのやり取りを眺めながらシャンパンを口にした。


 しばらくして――莉香が隣に座ってきた。

 彼女は軽く息をつきながら、いたずらっぽく笑って言った。


「ねぇ、美咲。今ね、奈央から聞いたんだけど――」


「ん?」


「“婚約クジ”、あれね。最初からちょっと仕込まれてたらしいよ」


「……え?」


 思わずグラスを持つ手が止まった。

 莉香は声を潜めて、続けた。


「当時さ、沙月が悠真のこと気になってたんだって。でね――奈央が、ちょっと手を回したらしいの」


「手を回した?」


「クジの中身を。みんなの名前を司と二人で混ぜるとき、沙月と悠真だけ、わざと隣同士にしたんだって」


「……じゃあ、最初から仕組まれてた?」


「うん。でも、奈央いわく“願掛けみたいなもん”だったって。他の人はテキトーに引いたってさ」


 莉香は笑いながらグラスを回した。

 

「まさか本当に結婚するとは思ってなかったらしいけどね」


 沙月と悠真が、ゲストに囲まれて笑っている。

 その笑顔は、作り物じゃなくて、心から幸せそうだった。


 あの時のほんの小さな仕掛けが、こうして現実になったと思うと、なんだか信じられなかった。


「ねぇ、美咲」


 莉香が小さく言った。


「実はもう一つ秘密があるらしいんだけど、沙月が教えてれないんだってさ」


「もう一つの秘密?」


「今に分かるって言ってるみたいよ」


「?」



 秋の終わり、風が肌寒くなってきたころ。

 颯太から「少し話したいことがあるんです」と連絡があった。

 待ち合わせ場所を聞いて、思わず笑ってしまった。


 ――バーベキュー場。


 懐かしさと少しの胸のざわめきを抱えながら、夕方の道を歩いた。


 季節は変わっても、空気の匂いは同じだった。

 草の匂い、湿った土の匂い。

 川の音がかすかに聞こえる。


 バーベキュー場には、颯太がすでに来ていた。

 作業服姿のまま。

 胸ポケットに差したペンと、少し煤けた手袋が“彼の今”を物語っていた。


「仕事帰り?」


「はい。現場が近かったんで」


 袖口から覗く手が、昔より大きくて、どこか頼もしく見えた。


「俺、電気工事士になりました。仕事は大変だけど、この仕事好きです」


 少し息を吸って、言葉を続けた。


「小学生のとき、ここで美咲の名前を引いて、みんなに笑われたの、覚えてますか」

 

「覚えてるよ」


「俺、あのときからずっと、美咲と一緒になりたいと思っていました」


 ポケットから、小さな箱が取り出された。

 開いた中には、銀色の指輪。


「美咲。俺と、結婚してください」


 頬をなでる風が少し冷たくて、涙がこぼれる前に、笑ってしまった。


「……本当に、ここで言うなんてずるいね」


 彼が困ったように笑う。

 私も笑って、そして頷いた。


「よろしくお願いします」


 街頭の灯りが、二人の影をゆっくり重ねた。



 雪がチラつく12月。

 沙月から久しぶりに連絡があった。


「近くまで行くから、お茶でもどう?」


 結婚式から一年。

 彼女の声は相変わらず落ち着いていたけれど、どこか柔らかくなっていた。


 待ち合わせたカフェの窓際。

 冬の光がテーブルを照らして、グラスの水に花びらの影がゆれていた。


「ねえ。沙月、お腹大丈夫?」

 

「うん、つわりもほとんどなくなった」


 そう言って、彼女は微笑んだ。

 ゆったりとした服装とお腹に手を当てる、その仕草がなんだか神聖に見えた。


「莉香も来るって言ってたけど、ちょっと遅れてるみたい」


「うん。最近忙しいらしいしね」


 しばらく他愛のない話をしていたけれど、ふと沙月がグラスの水面を見つめて言った。


「……ねぇ、美咲。あの“婚約クジ”、覚えてる?」


「うん。忘れられないよ。あれが、始まりだったもんね」


「そう。あれ、ほんとはね……少しだけ“魔法”をかけたの」


 私は一瞬、冗談かと思って笑った。

 でも、沙月の瞳は真剣だった。


「魔法って?」


「クジを燃やす前に、お願いしたの。“この紙に書かれた二人が、どうか離れませんように”って」


「……それ、本気で?」


「うん。本気」


 外の光が彼女の頬を照らして、優しく笑う顔の奥に、クジの紙に向かって呟くの少女の表情が一瞬だけ見えた。


「奈央にも言ったの。呪いみたいなものかも?」


 私は言葉を失った。

 たぶん、笑うべきなんだろうけど……。


「……じゃあ、悠真と結婚したのも、その魔法のせい?」

 

「さあ? 運命か、偶然か。でもね、美咲たちもそうだけど、拓海と蓮も、まだ一緒にいるらしいよ」


「え……ほんと?」

 

「うん。莉香がこの前、隣の県のショッピングモールで見たって。二人で買い物してたみたい」



「ねえ、母さん。父さんって母さんの何こ上?」


「8歳かな。どうしたの?」


「何か不便なことってある?」


「うーん。今は特にないかなー。ある程度歳とると関係ないかな。あとは健康面だけかな」


「じゃあ、大丈夫か」



「奈央。沙月って聖女っていわれてたけど、魔女だよね」


「莉香もそう思う? よくかんがえなくても結構怖いよね」



「ねえ、颯太。バーベキューの時は、私の事どうおもったの?」


「えっ。……胸が大きい」


「ちょっと、それ小学生と比べてない!?」



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