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低身長転生 ~もう一度の人生を送る物語~  改稿版  作者: 普通の人
第2章「幼児期 日常編」

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第21話「祝祭 その2」

僕は、熱狂の渦の中心にある広場を抜け、まっすぐにステージの前まで行き、足を止めてから、そっとしゃがみ込んだ。


左手には、村の男たちが精魂込めて木で組み上げた小さな舞台——分厚い無垢の板を幾枚も頑丈に渡して作られた「ステージみたいな所」がある。


西の地平線に沈みゆくふたつの太陽が放つ、今日最後の強烈な夕方の光を受け、その表面の荒々しい木目が、ほのかに神々しい金色の輝きを帯びていた。

右手側、すなわち広場の中心の方へと視線を移せば、そこには木で組まれた粗末な椅子に腰かけ、あるいは地面に直接座り込んで、僕の登壇を静かに待機している村の大人や子供たちの姿があった。


背筋をピンと伸ばして期待に胸を膨らませる人もいれば、両膝に手を重ねて、まるで自分の孫の晴れ舞台を見守るような穏やかな表情を浮かべている人もいる。


僕がしゃがみ込んでいることに気づいた少数の人たちが、僕の方へ温かな視線を向けて、ぱらぱらと控えめな拍手を送ってくれたり、目尻を下げて柔らかく微笑んだりしていた。


誰一人として、「早く上がれ」と急かす者はいない。

誰一人として、「五歳の子どもに何ができるんだ」と冷ややかに値踏みする者はいない。


ただ純粋に、僕という存在を肯定し、僕が立ち上がるのを「待っている」——その静かで優しい気配が、春の夜気と共に、僕の胸のずっと奥深く、冷え切っていた魂の芯へと、じんわりと温かく染み込んでいくのを感じた。


            * * *


前世の僕の人生において、こんな光景は、天地がひっくり返っても絶対にあり得ないものだった。


小学五年から始まった、身体的な発育の遅れ、「低身長」というだけの理由で向けられた、本格的で容赦のない「いじめ」。


『ちっせぇ』

『女みたい』

『気持ち悪い』

『男じゃねえだろ』


毎日毎日、挨拶のように投げつけられたあの言葉たちは、教室のコンクリートの壁よりも遥かに硬く、鋭く、僕の柔らかい心に無慈悲にぶつかってきた。

いつか終わる時が来るだろう。中学校に上がれば環境が変わるだろう。そう自分に言い聞かせ、痛みに耐え、ただひたすらに嵐が過ぎ去るのを信じ続けていた僕は、本当に、どうしようもないほどバカだったのだ。


中学校に入ってからは、終わるどころか、さらにひどくなった。

学年が上がり、彼らの知恵がつくほどに、いじめの手口はより巧妙に、より悪質に、そして陰湿で執拗なものへと変化していったのだ。

これは「終わりのない時間」だ、僕が死ぬまでこの地獄は続くのだと、心の底から確信した時には、もうすべてが遅すぎた。


給食に混ぜられた、媚薬入りの牛乳。

身体が異常な熱を持ち、床に這いつくばる僕を、汚物を見るように見下ろしたクラスメイトたちの冷ややかな視線。


放課後のトイレに呼び出され、抵抗も虚しく服を剥ぎ取られ、意識がはっきりと残ったまま受けた、絶対的な辱め。


無数のシャッター音と共にスマホで撮影され、クラスのグループチャットという逃げ場のない電子の海で晒され、消費されていく僕の全裸の映像。


そして、僕の人生のトドメを刺した、ただ一人の友達だと思っていた由美の上履き泥棒という、完全なる冤罪。


誰も、僕を庇ってくれなかった。

見て見ぬふりをした担任の先生も。

世間体だけを気にして僕を「汚点」と罵った家族も。

そして、一緒に僕をあざ笑ったクラスメイトたちも。


世界中が僕の敵であり、僕は世界で一番不必要な、惨めなゴミだった。


——けれど。


あの、息をするのも苦痛だった「悲惨なこと」だらけの、地獄のような日々があったからこそ、今の僕はここにいるのだ。

僕が今生きているこの異世界には、少なくとも僕の周りには、あの陰湿ないじめや、他人を陥れるような冤罪は一切ない。


魔物が潜む過酷な辺境の村だ。生きるか死ぬかの瀬戸際で、他人の身長が低いだのなんだのといった下らないことで他人を蔑むほど、この世界の人々は暇ではないし、腐ってもいなかった。


僕が出会ってきた家族は、師匠は、友達は、村の人たちは、僕のことを絶対に笑わなかった。

むしろ、ここには「真実」が、当たり前の顔をして力強く息をしている。


僕が三歳から血反吐を吐いて続けてきた狂気じみた努力を。

転んで泥だらけになりながら、悔しくて流したあの涙を。

彼らは、色眼鏡のない、真っ直ぐで澄み切った目で、確かに見てくれていたのだ。


そう、心の底から言い切れる瞬間が、この五年間で、幾度となく、確実に僕の中に増え続けていた。


            * * *


しゃがみ込みながら過去と現在を交錯させていた僕の耳に、遠くで、村の司会者の声が響いた。

それは、広場の熱気と喧騒という分厚い空気を、力ずくで押し広げるようにして轟き渡った。


「次は……皆さんお待ちかね!! 今日の『お目当て』の子供、我らが『グライ・ファンジアス』君の『剣と魔法のお披露目』と、森下雪子さんとの『踊り』の披露です!!!」


その声は、僕の耳の奥深くまで、まるで澄み切った教会の鐘の音のように、ダイレクトに入ってきた。

ほんの少し遅れて、ドドドッという地鳴りのようなざわめきと、割れんばかりの歓声の波が、物理的な圧力を持って僕の胸板に激突してくる。


過去の思い返しの途中だったけれど、僕は司会者の尋常ではない声の大きさに、思わずふっと苦笑を漏らしてしまった。


僕の予想を遥かに上回る、とてつもない声量だ。


確かに、ステージの上で司会進行を務めている若者は、立派な成人のはずだ。年齢は二十歳くらいだろうか。がっしりとした体格をしているし、野外で声を高く張り上げること自体は、腹式呼吸ができれば誰にでもできる。


けれど、マイクもスピーカーなどの音響設備も一切ないこの中世風の世界において、これだけの広場全体に響かせるその声量は、前世で言うなら「有名な巨大な体育館」の隅から隅まで、マイク無しで声を響き渡らせるくらいのとんでもない通り方だった。

もしかすると、声に魔力を乗せて拡声するような、ささやかな魔法の技術を使っているのかもしれない。


——いけない。このままここでしゃがみ込んで下らないことを考え込んでいたら、せっかく盛り上がっている村人たちから「あれ? グライ君? お〜い!! グライ君、どうしたの!?」と、心配されてしまう。


僕は、過去の亡霊と無駄な思考をその場で綺麗に切り上げ、大地をしっかりと踏みしめて、力強く立ち上がった。


            * * *


舞台の脇に、簡易的に組まれた木製の階段の前へと歩み寄る。

僕はそこで一度だけ足を止め、目を閉じ、深く、深く呼吸を整えた。


肺の底まで新鮮な夜の空気を満たし、血流の速度をコントロールし、極限の集中状態へと意識を沈めていく。

それから、目を開き、階段を一段ずつ、ゆっくりと上り始めた。


ギシッ、ギシッ。


僕の体重がかかるたびに、足の裏に伝わってくる分厚い板の確かな弾力。


右手に握りしめた、今日のために極限まで研ぎ澄まされた真剣の、革巻きの柄から伝わる、ひんやりとした鉄の重みと、吸い付くような指先の感触。


もし今、僕が立ち止まって後ろを振り向けば、きっと、広場いっぱいに集まった何百人という村の大人や子供たちの姿を、一望のもとに見渡すことができるだろう。


頭上を照らす巨大な照明魔石の光と、人々の熱気、そして無数の視線。


それは前世の記憶で例えるなら、熱狂的な『地下アイドルのコンサート会場』のざわめきと圧倒的な光量が、ステージ上のたった一人に向かって、そのままの質量で押し寄せてくるような、すさまじい光景になるはずだ。


でも、僕は振り向かなかった。


過去を振り返るのは、さっきのしゃがみ込んだ時間で終わりだ。

これからの僕は、未来へと続くこの階段を上り、前だけを見て生きていくと決めたのだから。


五段ほどの短い階段を上がり切り、ついにステージの中央へと歩み出る。

木板のど真ん中で両足をしっかりと揃え、そして、真っ直ぐに顔を上げた。


——見えた。


視線。

視線。

無数の視線。


何百という数の瞳が、一斉に僕というたった一人の五歳の少年へと注がれている。


だが、その視線の矢は、僕の心を恐怖で刺し貫くようなものでは決してなかった。

むしろ、彼らの視線は光の束となって僕を包み込み、僕の背中をやさしく、力強く支えるように、ここへ、このステージの中央へと集まってきていたのだ。


僕は、静まり返る広場に向けて、腹の底から声を張り上げた。

「みなさん、こんにちは!!

 今日、無事に五歳になった、『グライ・ファンジアス』です!!」

沈黙していた広場に、僕の幼くも通る声が響き渡った。


それは、いつもの、当たり前の挨拶。


だが、僕にとっては、この世界に僕という存在が確かに生きていることを証明する、魂からの宣言だった。


緊張で口がカラカラに渇いてしまう前に、僕は一気に言葉を続ける。

「今日は、僕のためにこんなに素晴らしい『祝祭』を開いていただき、本当にありがとうございます!!

 これから皆さんの前で、僕が一生懸命練習してきたことを披露したいと思います。

 さきほど司会者の方が言ってくれた通り、僕の『剣技と魔法のお披露目』と、そして僕の師匠である『森下雪子さんとの踊りの披露』をしたいと思います。

 どうか皆さん、僕の晴れ姿を見て、最後まで……一緒に、思い切り楽しみましょう!!!」


僕が、ありったけの思いを込めて最後の言葉を夜空に向かって投げ放つと。

広場の空気が、まるで巨大な肺に一瞬だけ吸い込まれたかのように静まり返り——直後、鼓膜が破れんばかりの、爆発的な、割れんばかりの大きな拍手と大歓声に変わった。


            * * *


「うおおおおおっ!! グライ、頑張れよ!!」

「楽しみにしてるわよー!!」

ステージの上は、周囲の地面よりも一段と高い。

だからこそ、照明魔石に照らされた辺り一面の光景が、僕の目にはっきりと、手に取るように見えた。


最前列で手を真っ赤にして叩いている肉屋のおじさん。

大きな口を開けて笑いながら声援を送ってくれている若者たち。

隣の人の肩を軽く叩きながら、僕の挨拶の立派さに感心している年配の方々。

そのすべてが、クリアな解像度で僕の視界に飛び込んでくる。


——誰一人として、無表情な者はいない。


誰一人として、拍手をしていない人はいなかった。

村の全員が、僕というたった一人の子供のために、笑顔の花を咲かせてくれているのだ。


そして、その歓喜の波の最前列に近い場所に。

僕にとって、この世界で最も大切で、愛おしい人たちの姿を見つけた。


満面の笑みで涙ぐみながら手を振る、母のミサ。

僕に向かってピョンピョンと跳ねながら声援を送る、メイドのアーシャ。

両手を口元に当てて「グライくーん!」と叫んでいる、白髪のエルフの親友、エマ。

そして、その少し後ろで、腕を組みながら静かに、けれど誇らしげに微笑んで頷いている、師匠の雪子さん。


彼らの姿をはっきりと見つけた瞬間、僕の胸が一段と熱く、爆発しそうに膨れ上がった。


愛しい。あまりにも愛しすぎる。


危ない、今、この極限の感情の高ぶりのままに不用意に口を開いてしまったら——


(みんな、大人になったら絶対に僕と結婚して〜〜〜〜〜!!!)


——なんていう、五歳の子供が言うにはあまりにも突拍子もない、とんでもないプロポーズの言葉を、村中の前で大声で叫んでしまいそうだった。


僕はあわてて自分の唇の内側を強く噛み締め、湧き上がる変な衝動を必死に抑え込み、それをただの無邪気な笑みへと変換してやり過ごした。


ふぅ、危ないところだった。


お披露目の前に、ただの変態幼児として伝説を残すところだった。


            * * *


僕は、右手に持ったままだった本物の剣の柄を、ギュッと、力を込めて握り直した。

革の感触が、僕の精神を再び研ぎ澄まされた戦士のものへと引き戻す。


「それでは、始めます!

 まずは、僕が雪子師匠から剣術で最初に教わり、取得した基本の技……『一閃斬(いっせんざん)』を披露します。

 もし成功したら、どうか、一番大きな拍手をお願いします!!」

僕がそう宣言し、剣を正眼に構えると、広場を包んでいた大歓声が、まるで潮が引くようにスッと収まり、息を呑むような静寂が訪れた。


何百もの視線が、僕がこれから振るう剣の一挙手一投足に集中しているのがわかる。

僕は、体の軸をわずかに落とし、足の裏全体でステージの分厚い木板の感触をしっかりと確かめた。

大地の力を、足の裏から吸い上げる。


そして、その力を丹田に集め、僕の体内で渦巻く圧倒的な『魔力』と、研ぎ澄まされた『気』を完全に融合させる。


これは、木剣での稽古ではない。

本物の鉄を打って作られた、真剣だ。


三歳の頃に雪子さんの前で初めて放った時とは違う。今の僕は、上級剣技にまで足を突っ込んでいるのだ。


意識を集中させる。


柄を握る掌から、前腕へ。そして肩、背中、腰、脚へと——順に、一本の太い鋼のワイヤーのように力が繋がり、通っていくのを明確に意識する。

頭の中に、完璧な軌跡を描く一撃のイメージを、超高解像度で展開する。

深く、静かに息を吸い込み、胸の奥で一拍だけ、時間を止めるように置く。


そして。


頭上に高く構えた真剣を、全身のバネを解放して、仮想の敵の脳天に向かって真っ直ぐに、全力で振り下ろした。


「ギィィィン!!!」


何もない空気を切り裂いたはずなのに、まるで硬い鋼鉄同士が激突したかのような、鼓膜を劈く鋭い金属音が、静寂の広場に炸裂した。

僕の刃が、光の速度で虚空を走った。

そして、その刃の先端から放たれた不可視の「剣気」が、僕の描いた軌跡の延長線上に真っ直ぐに飛翔し、ステージの分厚い床板に激突した。


ズバァァァンッ!!

という破壊音と共に、木板が明瞭に、一直線に裂けた。


僕の足元から数メートル先まで刻まれたその切り目は、木剣の時のような子供の落書きのような浅い傷ではない。

板の厚みの半分以上を抉り取るほどに深く、そして定規で引いたように恐ろしいほど真っ直ぐだった。

断ち切られた新鮮な木口に沿って、薄く細かい木粉が、夕方の光を浴びてキラキラと空中に舞い上がった。


(……やった)

息を吐き出しながら、僕は確かな手応えに震えた。


雪子さんが来てからはじめての授業のとき、広場で木剣を使ってやっとの思いで出せた、あの未熟な「一閃斬」。

それが今日は、本物の鉄の剣に、あの時とは比べ物にならないほど高密度の「気」が完璧に乗ったのだ。


それに、恥ずかしい話だが、僕が本物の真剣に気を乗せて全力で振るうのは、実はこれが生まれて初めてのことだった。

木剣とは違う刃筋の通り方と、重量から生み出される遠心力。


「す、すごい威力……」


自分の口から、無意識のうちに小さくこぼれ落ちた独り言に、僕自身が一番驚愕していた。

僕の身体には、こんなにも恐ろしい破壊力が備わっていたのか、と。


            * * *


静寂に包まれていた広場。


僕の一撃がもたらした破壊の余韻が消え去った、次の瞬間だった。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」


耳を打ち据えるような、鼓膜が破れるかと思うほどの、すさまじい拍手と割れんばかりの歓声が、巨大な津波のように四方八方からステージ上の僕へと押し寄せてきた。


「す、すごい!! すごいぞグライ君!! なんだ今の技は!?」

マイクもないのに、司会者の若者が興奮のあまり絶叫する声。


「きゃあああっ! す、すごい……グライ君すごい、カッコいい!!!」

花冠を編んでくれた幼い少女たちが、抱き合いながら放つ金切り声。


「信じられん……たった五歳の幼児が、本物の剣に気を乗せて、離れた板を叩き割るなんて……あのピサロの息子とはいえ、天才なんてもんじゃないぞ……」

最前列で見ていたしわがれた声の老男が、腰を抜かさんばかりに震えながら漏らす、本気の感嘆の声。


熱狂。

絶賛。

圧倒的な称賛の嵐。


僕の視界が、急激に熱を持ち、ぐにゃりと滲んだ。

限界まで握りしめていたはずの右手の力が、感動のあまり完全に抜け落ちる。


僕の指の間から、本物の剣がするりと滑り落ち、ステージの木の床に「コトン」と、間抜けな、小さな音を立てて転がった。

剣士として、自らの武器を舞台の上で落とすなど、本来ならば恥ずべき未熟な行為だ。

雪子さんが見れば、あとで説教されるかもしれない。


けれど、今の僕には、剣を落としたことすら、「恥ずかしい」なんてこれっぽっちも思えなかった。

それくらい——目の前に広がるこの輝かしい光景が、僕の魂を完全に圧倒していたのだ。


村の人たちが、総立ちになって、顔を真っ赤にして拍手をしながら、狂ったように喜んでくれている。

みんなの口角が限界まで上がり、目尻が優しく下がり、歓喜で肩が大きく揺れている。

僕の存在を、僕の努力を、手放しで讃えてくれている。


僕は、泣きそうになった。

ううん、もうすでに泣いていた。

前世を含めても、こんなに、心の底から嬉しくて、魂が震えるほど満たされたことは、ただの一度もなかったから。


「ダメだ……まだ……魔法と、雪子さんとの踊りが残っているのに……」

僕の喉の奥で転がった声は、嗚咽を堪えるために小さく、情けなく震えていた。


大粒の熱い涙が、目の縁のギリギリのところまでせり上がってきて、今にも決壊して零れ落ちそうになる。

僕は、唇から血が出るほど強く奥歯をかみしめて、必死に、必死にそれを堪えた。

ここで泣いてしまったら、カッコ悪いじゃないか。


それでも、僕の胸の中を満たす圧倒的な「嬉しさ」と、積み上げてきた努力が報われた「達成感」は、どうやっても頭から離れてはくれなかった。


(よかった……。本当に、よかった。みんなが、こんなに喜んでくれている……)


この世界には、前世のような理不尽な「差別」や、悪意に満ちた「いじめ」という概念そのものが、最初から存在しないのではないか。


——そんな、現実離れした大胆な考えが、ふっと脳裏をかすめるほどに、今、僕が立っているこの場所は、最高に温かくて、楽しかった。

もちろん、そんなことはないだろう。人間の集まる場所には、必ず嫉妬や醜い感情が生まれる。

そう思っているのは、今この幸福の絶頂にいる僕だけの、都合の良い錯覚かもしれない。


けれど。


今、この瞬間だけは、そう信じていたかった。


この世界は美しく、優しいのだと。


そう固く信じられるだけの理由が、広場に響き渡る何百という拍手の数だけ、笑顔の数だけ、今、確かにここには揃っていたからだ。


僕は、滲む視界を拭い、大きく、深く、夜の空気を吸い込んだ。


お披露目は、まだ終わっていない。


次は、僕が一人で極めた『上級魔法』の制御の披露。

そしてその先には、大好きな雪子さんとの息を合わせた『踊り』が待っている。

視線を落とせば、ステージの板に深く走った先ほどの僕の切り傷が、照明魔石のオレンジ色の光を受けて、黒々と、そして誇らしげに輝いていた。


僕はしゃがみ込み、床に転がった剣を静かに拾い上げた。


革の柄を握り直す僕の小さな掌には、剣の冷たさではなく、つい先ほどまで握りしめていた僕自身の熱――生きて、ここで輝いているという「今」の熱が、じんわりと、そして力強く残っていたのだった。

                        To be continued

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