000,001 - 海へ
前作「怪奇エンバー」の続きみたいな感じのやつです。
2019年。とある夏。水島洋太朗は宮古市にある海岸にやってきていて、いわゆる観光というやつだったのだが、そこでおかしな物を見る。
それは簡単に言ってしまえば、変態だった。
犬のように、首に輪をつけてそこから鎖が伸びているのだが、その鎖を女子大生と思わしき人物に握らせている。
しかも声を聞いてみればやたら不遜。
(でもなんか、周りの人たちから好かれているらしいな。なんか、とてもとても羨ましいな)
洋太朗には友人がいなかった。
コミュニケーション能力が欠如しているところがいけなかったのか。
なにがどう作用しようと、洋太朗は孤独を感じていた。
洋太朗にも素晴らしいところはもちろんあるのだが、それが表に出にくい性格をしていた。
今日は親の再婚に際し、父が提示した「家族の親睦を深めよう」という日なのだが、新しく出来た兄──といっても、誕生日があちらのほうが早いだけの同い年──はヤンキーだった為、恐ろしい。
しかも今日は強制的に参加させられたので不機嫌気味。
こんなやつと同じ列──後部座席に肩を並ばされた時は胸の内に遺書を綴っていたのだが……。
何事もなくて良かったというものだが、帰りも同じ席なのかと考えると少し腹が痛かった。
父と母はデート気分で好き勝手にやっているが、それに付き合わされている子供とくれば、大した理由もなくギクシャクさせられていて、とてもではないが冗談じゃない。
「性格の合わん人間と無理やり仲良くなったところで……その後悲惨なことになるだけだと、なぜ分かろうとしないのか……?」
洋太朗は呟きながら、懐からスマートフォンを取り出すと、海の写真をパシャリと撮影した。
洋太朗も実のところを言うと、強制的に参加させられたので、事前に立てていた土曜の予定をすべて無に帰したというのもあり、苛立ちを隠せそうになかった。
本人たちは「サプライズ日帰り旅行」のつもりなのだろうが、洋太朗に言わせてみれば社会不適合者の報連相不足だった。だから、「兄」の苛立ちも理解できた。
そうしてしばらく暇を持て余したところ、父と母が満足したらしく、帰るぞと言ってきた。「ようやくか」と洋太朗は思いながら、踵を返して歩き出したところで、5歳は歳が離れているだろう子供にどんとぶつかってしまう。
「これは、これはごめん。大丈夫、じゃないか。ごめんね、えっと……そうだ、絆創膏持ってんだ。使うかい?」
「怪我、してないからいい」
「そっっっ……か!! いや、本当にごめんなさいね。周りが見えてなかった」
「いい。どうでもいい」
「ううん……」
少し幸薄そうな顔をした子供に、洋太朗のお節介な心が刺激された。その少しボサボサの前髪を掻き分けて、洋太朗は「君に怪我がなくて良かった」と微笑みかけた。
そうしていると、兄──水島大悟がやってきて、「おせーってよ」と言ってくる。
「ごめんね、じゃあ、俺行かなきゃだ」
「ねぇ、名前は?」
「え?」
「あなたの名前」
「……俺は、水島だ」