早坂さんの夜食
早坂朱莉事、私はもう直ぐ10歳になる。9歳と10歳ではどう違うのだろうと考えたが、1桁が2桁になる事以外、これと言って違いを感じることはなかった。
「大人なったわねぇ」
と近所の知らないおばさんに声をかけられた事があったけど、何か言い方が嘘っぽかった。だからさっきいったスーパーでそのおばさんを見かけた時、私は買うつもりだったブラックサンダーの袋をおばさんの手提げ鞄にそっと入れてやった。
今頃は万引き犯として捕まっていると思うと笑わずにいられなかった。
大人というのは私の感覚でいえば、朝食抜き。お昼はサラダ、おやつはプリン1個に夜は食べないという事をしている人が大人な女性だと思っていた。その点でいえば私はまだまだ大人な女性には程遠かった。つまり何が言いたいかと言うと私は最近、食べても食べてもお腹が空くので、それまでなかった夜食を食べるようにもなっていたのだ。全く10歳になると言うのに大人の女の子になるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
それのせいで最近、太り始めた。当然だ。このままでは健太郎のようにデブになってしまう。そんな危機感はあるくせに、夜食を止める事は出来ずにいた。
「クラブ活動もしてないのに夜食だなんて、朱莉、このまま続けたら健太郎くんのようになるわよ?」
お母さん、ご忠告ありがとう。そんな事は言われなくたってわかってるって。けど気をつけるね。
だから今夜の夜食は、カツ丼にして。お願い。
なんて言う事はさすがに出来なかった。
だからきっと私は、皆んなが寝静まった夜中にベッドから這い出して冷蔵庫を漁るのだと思う。
血糖値を上げる為にだけ生きてみたいと読書感想文に書きそうになった時は流石に私はヤバいかもと思った。過度なダイエットも良くないと聞くし、かと言ってダイエットが出来る程、食事に関しての意志は強くない。
その他の事なら、他の人よりも我慢強い方だと思うけれど、こと痩せようとする意思は弱くダイエットにはまだ挑戦出来る権利すら有していなかった。
そんな私が過食症という言葉を知ったのは最近の事だった。ここ最近の私を思えば、その言葉に行きついた事は当然な気がした。9歳にして過度なストレスを感じるような事が自分の身にあった?その可能性があった?
思いつく限り、考えた結果、私はある答えと辿り着いた。
それは最近はめっきり新たな人を虐めていない事に気がついたのだった。
ああ。これがストレスとなり、私は夜食まで食べるようになってしまっていたのだ。
元々よく食べる方だし、だからといって太るなんて事はなかった。それが……私は私でなくなっていく事に恐れを感じ始めた。だから私は新たな人を選ぼうと、教室の中を見渡した。男子にするか女子にする迷った挙句、担任の先生にする事にした。
先生は一部の女子から人気があった。熱狂的という訳ではなく、ひっそりと影で先生ってかっこいいねと言われる程度のものだけど、先生という立場でありながら小学生の女子から特別な感情を持たれる事は変態以外になかった。そう思う女子には罪はなかった。だって私達はまだ子供だから。知らない事の方が多すぎる世界にいて、身近な先生に対してそんな感情を抱いてしまうのは致し方のない事だった。
だから私は先生に近づく事にした。先生の事が好きな女子から憎まれようが関係なかった。それはその女子の為でもあるからだ。だから私は嫌われるのを覚悟で先生に接近した。やたらと身体をくっつけたり、触ったり時には腕を組んだりした。
ただの戯れだと最初は先生も周りの先生も思い、微笑ましく私と先生の関係を眺めていた。
だが授業と授業の僅かな休憩時間にも、私は先生を探し側から離れなかった。身体を密着させ先生が座る席の側で私自身もしゃがみ込み、アレをさせられている風を装ってみせた。
そしてそれから数日後、私はくしゃくしゃにした手紙を職員室の前に落とした。内容は担任の先生が私にした事、ううん。してもいない事をさも無理矢理にらせた事のように書き、それを先生が読んで頭に来て丸めてポケットに入れていたのが偶然にも職員室の前で落ちてしまったというストーリーが私の中で出来上がっていた。くしゃくしゃにした手紙を拾ったのは山森という女の先生だった。私はそれを確認すると、スキップしながら教室へと戻って行った。
翌日から担任の先生は学校に来なくなった。
つまり警察沙汰にはせず、穏便に内輪だけで済まそうとした。だから私も呼び出されて色々と話をさせられた。親には言わないでと泣いてみせたから、先生達もこの事が世間に公になれば間違いなく大問題になる事はわかっていた。だから私がそういうのならと、胸を撫で下ろしながら言った事に、私は大人ってタチが悪いなと思った。
でもお陰でストレスから解消されたのか夜食は勿論の事、普段から食事の量を気にかけるようになり、体重も減りつつあった。
これも全部、先生のお陰だよ。ありがとう先生。
直接、お礼を言えないのは残念だけど、次何処かで先生をやるような事があっても、女子には気をつけてね。じゃ。バイバイ。
了