表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

04 分からない人


 もう一度が覚めると、相変わらず目隠しが巻かれた状態だった。

 だがその向こうには薄く光が感じられる。

 どうやらあの暗闇から助け出されたのは夢ではなかったらしい。

 部屋の中はしんと静まり返っていた。

 私は緩く巻かれた目隠しをずらす。

 そこは見たこともない部屋の中だった。相変わらず辺りが眩しく感じられるが、部屋の中は薄暗く目が開けられない程ではない。

 部屋の中は静かだった。だが耳を澄ますと遠くからざわざわと人の気配や、風が木を揺らす音が聞こえる。長い間聞くことのなかったそれらに、思わず夢中になってしまう。

 ゆっくりと体を起こす。まるで自分が丸ごと液体になってしまったかのように体が重い。

 それでもなんとか上半身を起こすと、部屋の様子がよく見えた。

 カーテンから光が漏れている。きっとそちらの壁には窓があるのだろう。

 調度品についての知識はないが、部屋は広く置かれた家具は職人の手によるものなのだろう。細かな装飾が施されていた。

 見るものすべてが目新しく、夢中になっていたら部屋の扉が突然開かれた。

 近づいてくる足音に気付かなかったのだ。


「まあ!」


 入ってきたのは黒髪の美しい女性だった。

 透き通った水色の目をしていて、水の入ったたらいを手にしていた。


「お目覚めになったのですね」


 彼女はそう言いながらサイドテーブルにたらいを置くと、はやる気持ちをおさえられないというように踵を返した。


「旦那様を呼んでまいりますので少々お待ちください!」


 言うが早いか、返事をする前に部屋を出て行ってしまった。

 彼女の言う旦那様とは一体誰の事なのだろう。茫然としながらそのまま待っていると、間もなく部屋の外から荒々しい足音が聞こえてきた。

 乱暴に扉が開けられ、飛び込んできたのは大柄な男性だった。

 男性だが、青みがかった銀の髪を背中に流している。思わず見とれてしまう美しい顔をしているが、それよりも目を引くのは頭の上から伸びる二本の角だ。

 私は思わず自分の頭を撫でた。

 角のない自分がおかしいのかと思ったのだ。

 男は寝台に近づくと、私の目線に合わせるように体を屈めた。


「見えるのか? 痛みはないのか?」


 その顔は真剣そのもので、私を強く案じているのが伝わってきた。

 信じられない気持ちだ。

 彼の顔からは、今までに人間から感じた怒りや憎しみなんて欠片も感じられない。

 おもわずぼうっとその顔を見入っていたら、目の前の男の眉が悲し気に顰められる。


「やはり痛いのか? 言葉は分かるはずだが、まさか耳が……」


 耳が聞こえないと思われたことに気付き、慌てて首を左右に振る。

 そしたら急に頭を動かしたせいで眩暈がした。

 そのまま柔らかいベッドの上に崩れ落ちる。


「おい!」


 ベッドは思いの他硬かった。

 いや、違う。倒れる前に頭を伸びてきた男の手によって支えられていた。


「あ……あ……」


 咄嗟にお礼を言おうとするが、言葉が出ない。

 答えることができない理由を分かってほしくて、喉に手を当てる。

 すると見下ろす男の眉間の皺は更に深いものになった。


「そうか、喉が……」


 長い間使うことのなかった声帯は、すっかり声の出し方を忘れてしまったかのようだった。

 彼は私の頭をゆっくり枕に着地させると、一歩下がって距離を取った。


「アイリーン。喉のことを念頭に置いて世話を頼む」


 最初に見た女性はアイリーンと言うらしい。


「かしこまりました」


 どうやら彼女が私の面倒を見てくれるようだ。

 こんなに綺麗な人に、そんなことをさせるのは申し訳ない。


「あ……ぅ……」


 世話なんてしなくても大丈夫。どうせ放っておいても死にはしないのだ。

 だがそれすら言葉にできず、私はもどかしい思いをしていた。

 男は優しく、大きな手で私の頭を撫でた。


「焦らなくても大丈夫。きっとよくなる。だから今は休むんだ」


 どうしてこんなに良くしてくれるのだろう。

 私は男を見上げながら不思議に思った。

 あんなところに捕まえられていた自分は、きっとろくな人間じゃない。何も覚えていないけれど、あれだけ嫌われていたのだから余程悪いことをしたのだろう。

 そんな人間を助けて、この人は大丈夫なのか。それとも私を騙すために優しくしているだけなのか。

 簡単に疑問は消えない。

 なんの利益もなく助けてもらえると思えるほど、おめでたい人生ではなかったのだから。

 とはいえ今は彼の言う通り、休む以外にできることがない。

 せめて意思の疎通ができるようになればいいのに。

 用があるらしく、間もなく男は去っていった。

 十分に寝たので眠気が感じられず、私はぼんやり天蓋を見上げていた。

 アイリーンが私を覗き込んでくる。慈愛に満ちた眼差し。


「体をお拭きしますね。さっぱりしますよ」


 そう言って、彼女は絞った布で私の体を拭いてくれた。

 きっと眠っている間にもそうしてくれていたのだろう。彼女は慣れた様子だ。

 だが意識がある状態でそうされるのは初めてだったので、私は恥ずかしかった。

 彼女のように美しい人に、痩せこけた体を見られるのは情けなかった。



 

 

 

 

 


 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ