03 龍族の男
広い部屋に、天蓋付きの大きなベッドが置かれている。
眠っているのは痩せこけた少女が一人。
「なんてむごい……」
少女に寄り添うメイド姿の女は、厳しい横顔をしている。
すらりと身長が高く、白いフリルのエプロンが全く似合っていない。
「やはり、いまからでもあの国を滅ぼしましょう」
黒髪に青い目をしていて、見目麗しいのだがそれ以上に恐ろしい迫力がある。
「落ち着け」
女を押しとどめたのは、怒りを押し殺したような低い声だった。
青みを帯びた銀の長い髪と、怖いほどに整った白皙の美貌。その口からは蛇を思わせる鋭い牙が覗き、風もないのに揺らめく髪からは、白く尖った二本の角が伸びている。
巨体ともいえる体に洋風の室内にはそぐわない東方の絹織物をひっかけ、中は首元を緩めた寝間着姿。そんな姿であるにもかかわらず、眼孔の鋭さ故か気品と迫力が感じられる。
「その役目は俺のものだ。誰にも譲らん。奪おうというのならお前であろうと容赦はせんぞ」
男が一瞥をくれただけで、女は震えあがりその場に座り込んでしまった。
女は萎える足を叱咤してその跪く。
「っ……申し訳ございません、我が君」
男はその謝罪に目もくれず、寝台の上の少女に視線を戻す。
その髪からは色素が抜け落ち、体は痩せすぎて骨がくっきりと浮き上がっている。
呼吸も弱く、目の前に生きているのが不思議なほどだ。
おそらく彼女がただの人であったなら、とっくに死んでいたに違いない。
その姿を見ると、男の中に愛しさと憎しみが同じ割合で湧き上がってくるのだ。
己の唯一無二のつがいを見つけた喜びと、そのつがいを苦しめ続けた者どもへの怒りが。
しかし怒りに身を任せてしまえば、彼女を救うこともできなくなってしまう。
必死で頼りない理性を手繰り寄せ、彼女の顔にかざした手から命そのものともいうべき生命エネルギーを分け与える。
飢えた子供は無尽蔵にエネルギーを欲しているが、一度に与えるとそのショックで今度こそ死にかねない。
男ははやる気持ちを押し殺し、細心の注意を払って力を調節していた。
光の眩しさに苦しむ様が見ていられず、布で覆ってしまったため未だに目すら見ることができていない。
その目を見たいと渇望する気持ちと、見てしまえば自分がどうなるか分からないという恐ろしさがある。
つがいを得た同族たちは、皆牙を失ったように日和見となり、巣穴に引っ込んだ。
勇猛果敢に戦へ向かった者もいるが、それはつがいがそれを望んだり、或いはつがいを奪った者に対する報復としてだ。
男は―――パイロンは今までそんな同胞たちを軽蔑していた。
そして自分ばかりはそうはならないと高をくくっていた。
事実、生まれてから千年以上、つがいと出会わずに生きてきた。それを哀れむ者もいたが、パイロンにしてみれば願ったりかなったりだったのだ。
パイロンは天帝に仕える白龍族である。今は外交官として、遥か異国の地に暮している。
その職務ゆえに理性的であることが求められ、つがいのないことがいいように働く面が多かった。
――だというのに。
今こうして、つがいの少女を目の前にし、パイロンはようやく同胞たちの気持ちが理解することができた。
感情や理性でどうにかなる相手ではないのだ。つがいというやつは。
目の前に現れた瞬間から己の生きる理由になってしまう。己の命を引き換えにしても惜しくはないと思ってしまう。
それがパイロンたち龍族の本能に刻まれた、呪いとも言える宿命なのだった。