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02 布一枚向こう側


 次に意識を取り戻した時、私は目に布のようなものをまかれていた。

 体がどこか柔らかい場所に横たえられていると気が付いたのはその後だ。


「目を覚ましたのですね?」


 焦ったような声に問いかけられる。

 少し低いが女性の声のようだ。

 どうにか頷くと、相手が息を呑んだのが分かった。

 声の主を探して手を彷徨わせる。すると滑らかな手救い上げられた。ひんやりとした手だ。


「間もなく旦那様がいらっしゃいます。少々お待ちを」


 なだめるように手の甲を撫でられ、私はふうと息を吐いた。

 どうやら私はまだ生きているようだ。

 そしてあれほど眩しかった光も、目に巻かれた布のお陰でなんとか落ち着いている。

 どうやらこの場所は以前いたところよりいい環境らしい。ピチピチとどこかから鳥の声まで聞こえてくる。

 少なくとも寝かされている場所は冷たい石の床よりよっぽど心地ちいい。

 まもなくとはどれくらいだろうとぼんやり考えていたら、本当にすぐにバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


「お待ちください旦那様!」


 遠くから誰かの叫ぶ声。

 でも足音はそれよりもずっと近い。

 バタンと激しく扉の開く音がした。

 はあはあと荒い息を整える音。

 ここにはなんと沢山の音があることか。

 私の緊張が伝わったのか、手を握ってくれていた女性が落ち着いた声で言った。


「旦那様。つがい様はまだ混乱しておいでです。どうかお静かに」


 それからしばらく、息遣いだけが聞こえてきた。

 きっとここにいる人たちはうるさくしているわけじゃなくて、私の耳が敏感になっているのだろう。

 ふと、大きな気配が近づいてくるのを感じた。

 その気配はすぐ近くまでやってきて、じっとこちらを見下ろしている。見えはしないが、なんとなくそんな気がした。

 見えないからこそ余計に、相手の困惑が伝わってくるようだ。

 私の手を握っていた冷たい手が離れていき、代わりに大きな手が私の手を包み込んだ。


「ああ、よかった。よく生きていてくれた」


 手を包み込んでくれた人は、私が生きていることを喜んでいるらしかった。

 不思議な気持ちだ。

 今まで私が生きていて喜ぶ人なんて誰もいなかった。疎まれこそすれ、こんな言葉をかけてもらえるなんて思いもしなかった。

 指先に、手とは違う肌が触れる。手のひらに息を感じる。どうやら顔のようだ。

 そういえば、どうしてこんなに言葉が分かるのだろう。もう随分と人と話していないので、言葉なんて忘れていると思ったのに。

 触れている手にばかり集中していたら、布の巻かれた目の上に影が差した。

 大きな手のひらが翳される。

 じんわりと、触れてもいないのに温かいものが目に流れ込んできた。


「痛みは?」


 私はゆっくりと首を左右に振った。

 痛みはない。ただただ不思議な感覚があるだけだ。それがやけに心地いい。

 心地いいなんて感じたのは、いつぶりだろうか。


「あ……あ……」


 返事をしたいのに、声が上手く出ない。

 喉が衰えているのだ。

 その場に気まずい沈黙が落ちる。


「答えなくていい」


 低い声は、ひどくつらそうだった。

 声が出せない自分がもどかしい。

 せめてもと思い、つないでいる手に力を入れる。

 あまり力は出なかったけれど、声の主には伝わったようだ。強く手を握り返された。

 さっきは眩しさで目が潰れそうだと思ったのに、今は目に巻かれている布が邪魔だと思った。

 目の前にいるはずの声の主を見たい。

 今まで生きてきて一番強く、そう思った。


「眠るんだ。もう誰にも君を傷つけさせない」


 その言葉を聞いた瞬間、強い眠気を覚えた。

 そうして私はまた眠りに落ちていった。

 できればこの瞬間が、あの暗闇で見る夢でなければいいと願いながら。





 

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