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01 暗闇の底から


 気が付くと、暗闇の中にいた。

 物心ついた時から、ずっと暗闇の中だった。

 ただ、もっと小さな小さな頃に、光のある世界を見たことがある気がする。

 父や母という存在に育まれ、愛されて育ったわずかな時間が。

 ある日それは突然に壊された。武装した屈強な男たちがやってきて、抵抗する両親から私の事を取り上げたのだ。

 そこにどんな理由があったのかは分からない。

 私はただ、暗いところに放り込まれて捨て置かれた。

 彼らの目的が何だったのか、両親はどうしているのか。何を尋ねても答えが返ることはなかった。

 暗闇の中は、じっと目を凝らすと固い石によって組まれた壁があることが分かる。

 触れるとひんやりと冷たい。時にするすると肌を這うのは虫の類だろう。

 柔い肌を、時折虫に刺されて痛い思いをする。

 なのでそれらの気配を感じたら、振り払ったりなんなりしなければいけないと学んだ。

 私が虫という存在を知っているのは、人間というやつが前にそうと口にしていたからだ。


「あんたなんか虫にでも食われちまえばいいのに」


 そう言っていた。

 そう言われた日には、こんな小さいものに喰われる可能性があるのかと怯えた。

 だが刺されて痛い思いはしても、食われることはなかった。食うという言葉はもしかしたら私の認識と違っているのかもしれない。

 なにせ言葉を使っていたのも随分と昔のことだ。

 今では話す相手もなく、声の出し方すら忘れた。

 私は物を食わずとも、水を飲まずとも、死ぬことがなかった。

 私を厭う者たちは、それを驚き気味悪がっていた。

 自分にも、それがどうしてなのかは分からない。痛みはあるのに、飢えも渇きも感じるのに、この意識が途切れることはない。ほとんどの時間を眠って過ごしているからだろうか。

 闇の中にいると、何もかもが曖昧になる。悲しみや苦しみもやがては薄れ、現実と自分の境が曖昧になっていく。

 こんなどことも知れない場所で、死ぬこともなく、一体いつまで生きなければならないのだろう。

 本当に虫に食われてしまえばいいのにと、私ですら思う。

 それとも死という救いも与えられないほどに、私は何かいけないことでもしてしまったのだろうか。

 ぼんやりとした頭の中でぼんやりと考える。

 こんな状況で答えなんて出るはずがない。思考はただ自分が存在していると確かめるためのお遊びにすぎない。


 そうして一体、どれほどの時間が経ったのか。


 ある日、なにやら外が騒がしかった。

 そんなことは初めてで、ついに耳までダメになったのだろうかと思った。

 だがどうやらそうではなかったらしい。

 騒がしさはどんどん私がいる場所まで近づいてきた。なにやら地面まで揺れ始め、気のせいではなく災害の類かもしれないと疑った。

 災害であれば、もしかしたらこの壁が崩れてきて押しつぶされて死ぬことができるかもしれない。

 私は期待しそうになり、慌てて心に灯りそうになる小さな明かりを消した。

 希望など抱いてはいけない。そう学んだはずだった。

 希望を抱けば、それが裏切られた時に辛いだけだ。私は何度もその辛さを味わっていた。味わっていたからこそ、心を鈍化させてなんとか生きながらえているのだ。

 だが揺れも音も、どんどん大きくなる。

 まるで遠くからこちらに近づいてきているようだ。

 一体なにが起こっているのだろう。何者かがやってきたところで、きっと今より悪い状況になんてなりようがない。

 私は待った。

 息を潜めて、ただその地響きの主が自分を殺してくれるのを待っていた。

 激しい揺れで、天井の石がぽろりと欠けて落ちてくる。

 ごつんと重い音がした。欠けた穴から白い光が突き刺すように降ってくる。

 私は慌てて目を瞑り、それだけでは足りず両手で視界を覆った。 

 闇に慣れた目にとって、光は凶器でしかなかった。

 ただただ眩しいという原始的な反応に頭が支配される。

 するとガガガガとか、ドドドドとか、そんな感じの音がして、遠くから悲鳴のようなものも聞こえて、目を瞑っているのに眩しくて仕方なくなった。

 私は必死になって目を押さえ、それ以外のことができなくなった。

 あんなに明るい場所に焦がれていたはずなのに、今はそれが苦痛で仕方ない。


「*****」


 なにか声のようなものをかけられる。

 聞いたことのない言葉だ。


「あああ、うぁあ!」


 言葉よりも眩しさにばかり気がとられ、まともに返事することもできない。

 もっとも声を出すことすら久しぶりで、まともに喋ることも難しいのだろうが。

 私はただ目を押さえて身もだえた。

 体力がないので暴れることもできない。ただただ光が恐ろしくガタガタと震えた。

 何か大きなものが、私に触れたように思う。

 けれどそこでぷつりと記憶が途切れている。

 それが私の記憶している助け出された日のすべてだった。





 

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