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リザレクテッド:人類再誕 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる  作者: 花篝 凛
第4部 Wreath Infinity 感情チップを作ってみたら、人気者になった
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第1章 『W∞計画』 (2)

(……こんなふうに、感情をばら撒いていたら)


 いつか誰かに拾われるかもしれない。

 誰かに、利用され、汚されるかもしれない。

 ──いや、それ以前に。

 自分の感情が、自分から離れ、勝手に“生きている”というこの現実そのものが、ぞわりと肌を逆撫でるような嫌悪を伴っていた。


 けれど──同時に、惹かれてもいた。


 怒りのリースは、私が飲み込んだ叫びを代わりに声にした。

 寂しさのリースは、私が見て見ぬふりをしていた弱さを、そのまま抱えていた。

 焦燥のリースは、私さえ気づいていなかった切実さを、輪郭にして揺れていた。


(……これって、私が“私”を分解した結果なんじゃない?)


 リースは視線を仮想マップに滑らせた。

 ネットの海に点在する、感情の断片たち。

 それぞれが孤立したノードのように存在し、それぞれが、確かに彼女の一部だった。


 点と点を結べば、きっと何かが浮かび上がる。

 どこか未完成な、自分という全体像が。


(だったら……まとめちゃえばいい)


 放っておけば、勝手に増えて、勝手に壊れていく。

 そんな無責任なかたちではなく、自分の手で、すべて引き取ってしまおう。

 全部、私なんだから。


「……名前、どうしようかな」


 ぽつりと漏らした言葉が、無重力の仮想空間に溶けていく。

 リースは静かに手を上げ、指先で空間座標を描き始める。

 二つの円が、交差しながらゆるやかに循環する──まるで“∞(インフィニティ)”のように。


 「私」と「私たち」。

 交わるようで交わらない。

 けれど、切り離すこともできない。


(“私がたくさんいる”なんて……おかしな話だけど。でも──悪くない)


 くすりと笑いながら、リースは中心座標に仮設ドームを立ち上げた。

 感情の断片たちを保管し、管理するための、私だけの箱庭。


「Wreath……ダブルインフィニティ。“W∞”でいいや」


 その言葉とともに、怒りも、悲しみも、焦燥も、不安も、仮想空間の中央へと集まり始める。

 ひとつずつ、確かにそこに収められていく。


 それらはすべて、ありのままの“リース”だった。


 ──そして彼女自身が思っていたより、遥かに多くの“リース”が存在していた。



 仮想空間に、リースは静かに骨組みを組み上げていった。

 自分の感情を可視化し、分類し、記録する場所。

 言い換えればそれは、彼女自身を一つの構造体として再構成する作業だった。


 最初に設置したのは、空間の中心にあたる“共感中枢”──オリジナルのリースと直結するセーフノード。

 ここを核として、リング状のスパイラル構造が外側へと広がっていく。

 それぞれのノードには、感情波形をベースにした人格断片たちが一つずつ収められていった。


「ここが“怒り”ゾーン。で、こっちは“虚無”と“しらけ”エリア……このへんは“情緒不安定ブロック”でいいかな。まあ、いっか」


 浮かぶデータ球に名前をつけ、空間に沿って配置していく作業は、意外なほど楽しかった。

 自分の心の引き出しを一つひとつ丁寧に開けて、棚に並べていくような、妙な充実感があった。


 そして、いつしか彼女の“感情たち”は、自発的に動き始める。


「ねえ! まだ謝ってもらってないんだけど! あの時のこと!」

「……うるさいな。怒ったって無意味。何も変わらないのに」

「でも……私は、あんなふうに突き放されたのが、本当に……苦しかったんだよ……」

「えっ、ねえ見て見て! あの子さっきちょっと笑った! めちゃくちゃ可愛かった!」


 ──怒り、冷笑、悲しみ、歓喜。

 それぞれの“リース”が、それぞれの声色で叫び、囁き、笑い、沈黙する。


 リースはその中心に立ち、耳を澄ませた。

 口調も違えば、テンションも違う。

 何より、発している“熱”がまるで違う。

 けれど不思議なことに、どれもが彼女だった。

 否定しようのない“私”のかけらだった。


「……思ったより、バリエーションあるんだな、私」


 ぼそりと呟いたその瞬間、隣から「喜びリース」が跳ねるように飛びついてきた。


「でしょでしょ!? 私、いちばん可愛いって言われたもん!」

「誰に?」

「ログに残ってた! なんかの管理AIが“ポジティブ値高”って褒めてた!」


 その会話に、「嫌悪リース」が鋭く割って入る。


「……くだらない。アイドル気取り? 私たちがどんな感情から生まれたと思ってるの? あのときの“全部むかつく”が、形になっただけでしょう」


 一方、「焦りリース」は仮想床を落ち着きなく行ったり来たりしている。


「ねぇ本当に平気? こんなに分裂して……崩壊始まってるんじゃ……? 今のうちに誰かに報告したほうがいいんじゃない……?」


 そして、空間の片隅にひとり、ぽつんと座り込む「悲しみリース」。

 彼女は誰とも視線を合わせず、静かに膝を抱え、沈黙のまま虚空を見つめていた。


 リースは──ふっと笑った。

 胸の奥が、少しだけ軽くなった気がした。

 みんな違うのに、みんな自分だった。

 歪んでいても、極端でも、声が重くても軽くても、それでも“リース”としてそこに在る。


(……だったら、もう隠す必要なんてないか)


 ゆっくりと手をかざし、仮想空間の外縁に接続ポートを展開する。

 アクセス管理、閲覧制限、倫理チェック。

 最低限のフィルターだけを残し、その他の境界は──解放。


「……公開、しよっか」


 誰に向けたわけでもない呟き。

 だがその瞬間、W∞の空間がさざ波のようにざわめいた。


「やったーっ! ついに誰かに会える!? 外に話せる!?」

「……ふん、どうせまた誤解されるだけ。言葉なんて、伝わらないのに」

「ま、待って! ちょっと心の準備が……いや物理的に整ってないんだけど!?」

「全部でいいよ。見せよう、全部。これが私たちなんだから」


 リースは笑った。

 強がりでも、誤魔化しでもなく、まっすぐな笑みだった。


「だって、これが“私”だもん」


 ──そのとき、W∞は初めて“外”と繋がった。


 静寂の海がわずかに裂け、電脳世界の向こうから、何かがこちらへと視線を向けた。

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読んでくださって、ありがとうございます。特に全話読んでくださっている方、大変ありがたいです。
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