第2章 『学ぶ者たちの違和感』 (4)
【登場人物紹介】
この物語には、“再生された人間”と、“彼らを所有する機械”が登場します。
●リース
生殖能力を持つリザレクテッド少女。怠惰でやる気はないが、心は繊細。爆破事件の容疑を着せられる。
●ユノ
リースの所有者。女性型アウロイド。優しいが現実主義。
●アリア
リザレクテッド少女で、電脳化している。
●ルシアン
セフィラに所有されているリザレクテッド少年。リースにとっては弟のような存在。
サロンの中は、放課後とは思えないほど色彩にあふれていた。
髪も瞳も肌の色も、誰ひとり同じではない。
まるで違う物語を背負った者たちが、ここに集っているようだった。
リースはその光景を不思議そうに眺めた。
「ねえ、ユノ。アウロイドって、自分の見た目を選べるんだよね?」
「うん。初期設定はあるけど、そこから先はほとんど自由。私たち汎用型は特にね」
ユノの容姿は、穏やかな茶色の瞳とボブカットの20代前半女性型。
リースの隣を通ったアウロイドはピンク髪にオッドアイで、軽く微笑んで去っていった。
「ユノも、その姿、自分で?」
「そう。落ち着いて見えて、でも存在感があるようにって思って選んだ」
リースは自分の髪に触れた。
青みがかった長い髪。
肌の色も声も、自分で選んだものではない。
「みんな、自分をどう見せたいか考えて決めるんだよね。でも私、この姿……最初から与えられたまま」
その言葉に込められていたのは、怒りでも不満でもなく、ただ淡い距離感だった。
ユノはやさしく微笑んだ。
「選べるってことは、間違えるってことでもある。でも私は、今の姿でリースのそばにいられてよかったと思ってる」
「また、そういうこと言うし」
リースは照れくさそうに笑い、少しだけ顔を背けた。
その笑顔には、ほんのわずかな変化があった。
与えられた姿と、選んだ姿。
その間にあった距離が、少しだけ縮まった気がした。
外の空は、夕暮れに染まり始めていた。
「じゃあさ、電脳って──何?」
リースの問いに、ユノは少し驚いたように目を細め、それから柔らかく答えた。
「電脳はね、アウロイドの“脳”のこと。外部のネットワークと直接つながる仕組みがあって、情報のやり取りは全部、頭の中でできるの。電脳を持ってる子は、耳の後ろに“アウラリンク”っていう接続ポートがあるよ」
「へえ……ってことはさ、端末なしで動画とか見られるの?」
「うん、見られるよ」
「……ずるい」
リースが本気とも冗談ともつかぬ口調で呟くと、ユノは微かに笑い、続けた。
「でも、そんなに良いことばかりじゃないよ。脳そのものが外部とつながるから、──ハッキングされるリスクもある」
ふっと苦笑を漏らしたそのとき、不意に別の声が割り込んできた。
「リース。ユノをあんまり困らせない方がいいよ」
振り返ると、そこにいたのは銀髪の少女。
制服をくしゃりと崩し、サロンの壁にもたれるように立っている。
アリアだった。
周囲に他の所有者の姿は見当たらない。
まるで、一人だけ浮いているような存在感だった。
「……アリアの所有者は?」
リースが自然と問いかけると、アリアは首を軽くかしげて──あっさり答える。
「いないよ」
「え、今日は一人で来たってこと?」
「違う。“いない”の。最初からずっと」
リースは一瞬、言葉を失った。
アリアはつま先で床を軽く蹴りながら、どこか誇らしげに微笑んだ。
「私は所有されてない。リザレクテッドだけど、電脳化されてるから人権がある。つまり──誰のものでもない。自由に生きてる。少なくとも、“制度上は”ね」
そう言って、アリアは自分の耳の後ろを指さした。
そこには、アウラリンクの小さなポートが確かに見えた。
「……え、電脳化ってことは、ユノと同じ? じゃあ、アウロイドなの?」
「リザレクテッドだよ。でも、特別。電脳チップを埋め込まれてるだけ」
アリアは右手をひらひらと振って見せた。
そこには、遺伝子ビーコンのリングが光っている。
「すご……なんか、すごいね」
「ふふ。すごいかどうかは、人の見方次第。でも私は気に入ってるよ。“誰のものにもならない”っていうのは、やっぱり気が楽だから」
声には軽さがあったが、その奥には確かな芯があった。
「電脳化って言ってもね、生身の脳にチップを埋めただけ。アウロイドほど完全じゃないし、完璧にもなれない。けど、それが私の形」
リースは黙って、アリアを見つめた。
崩した制服、ほどけかけたサイドテール、そして何よりも、誰にも似ていない雰囲気。
それは「育てられた」ものではなく、「選ばれた」ものでもない。
──自分で選んで、そう“在っている”人間の姿だった。
アリアはリースと視線を交わし、少しだけ唇の端を上げる。
「……君も、いつか選べるようになるよ。そのとき、自分の形が分かる。ちゃんと、自分の中に答えがあるって気づくから」
その言葉は、予言のようで、慰めのようでもあった。
「……いいな、自由で」
ぽつりとこぼしたリースの声に、アリアは小さく肩をすくめた。
「自由ってのはね、リース。うまく使わないと、すぐ孤独に変わるよ」
その言い方は軽い。
けれど、どこか空気の深部を撫でるような温度があった。
「でもね。孤独って、ぜんぶが悪いわけじゃない。ときどき、自分の声をちゃんと聞ける時間にもなる。所有されてない私は、それがたくさんあるだけ。……たぶん、それだけのこと」
語尾はさらりと流されたのに、言葉の奥にあったものがリースの胸をわずかに揺らした。
アリアの“自由”は、ただの放たれた状態じゃない。
自分で選んだ強さだ。
守られもしない代わりに、誰にも縛られない。
その背中には、誰とも違う輪郭があった。