第2章 『学ぶ者たちの違和感』 (3)
【登場人物紹介】
この物語には、“再生された人間”と、“彼らを所有する機械”が登場します。
●リース
生殖能力を持つリザレクテッド少女。怠惰でやる気はないが、心は繊細。爆破事件の容疑を着せられる。
●ユノ
リースの所有者。女性型アウロイド。優しいが現実主義。
放課後のチャイムが鳴り終わると、生徒たちがぞろぞろと校舎を出ていく。
その波に押されるように、リースも指定された“サロン”へと向かった。
そこは教室のような無機質さはなく、まるで居住空間の一部を切り取ったような共有スペースだった。
窓辺の観葉植物、柔らかな間接照明、中央に配されたソファとテーブル。
空間は“くつろぎ”の気配に満ちていた。
ここは、リザレクテッドと所有者が共に過ごす場所。
交流と観察、そして境界の場。
リースはその空間にまだ馴染めず、おずおずとソファに腰を下ろす。
隣にはユノ。
ハーブティーの湯気がリースの視界をぼんやりと曇らせていた。
「この空間……なんか落ち着かない」
「まあ、最初はみんなそう。こっちも気を遣ってるからね」
ユノが苦笑したそのとき、リースの視界に影が差し込んだ。
「ねえ、君、リースでしょ?」
振り向くと、金髪の少年がにこにこと立っていた。
好奇心そのままの笑顔。
「……そうだけど。授業のときも話しかけてきたよね」
「僕、ルシアン。君に会いたかったんだ。ちょっと特別って聞いてたし」
「……そういうの、好きじゃない」
「だよね。でも、僕も気になってたんだ」
ルシアンは遠慮なくリースのカップを覗き込み、うっとりした表情を浮かべた。
「いい匂い。ちょっと味見していい?」
「……だめ」
「ちょっとだけ」
「やだ」
やりとりの中、リースの声が少しずつ柔らかくなっていく。
ルシアンが手を伸ばすと、リースは素早くカップを引っ込める。
「甘えんな、ガキ」
「えー、僕もう12だよ?」
「十分ガキだよ」
ユノが笑い、リースの表情にも色が戻り始める。
だがそのとき、部屋の一角からの視線に、リースは気づいた。
誰かが、試すように見ている──そう感じた瞬間、空気がひやりと変わった。
黒いローブの裾。
深紅の瞳。
サロンの隅のソファに佇むそのアウロイドは、セフィラ──ルシアンの所有者。
まるで古代の司祭のような気配をまとい、沈黙のまま空間と同化していた。
ただ、その瞳だけが異質だった。
静謐の奥で、炎が揺れていた。
視線の先にあるのは、リースとルシアンの他愛ないじゃれ合い。
肩を小突き、笑い合い、軽口を叩く。
そのやりとりを、セフィラは一瞬一瞬逃さず見つめていた。
再現も記録もできない、“生きた感情”──それだけを。
「……これが、命か」
呟いた声は風に溶け、誰の耳にも届かない。
そこにあるのは祈りに近い敬意。
技術でも記録でも触れられない“揺らぎ”への信仰だった。
ユノがリースの髪にそっと触れると、ルシアンが手を伸ばす。
「僕もやるー!」
「やめろ、うるさい、さわんな!」
「えー、ちょっとだけ〜」
「セクハラで訴えるよ?」
「じゃあさ、次は“弁護士ごっこ”しよう? でもリザレクテッド同士って、罪に問えるのかな?」
笑うルシアン、あしらいながらも楽しげなリース。
その空間にあったのは、本能でも理性でもない、“今ここにある確かさ”だった。
セフィラは黙って、それを見つめていた。
感情ログにも残らない、存在しあう時間。
誰にも気づかれぬように目を細める。
それは歓喜でも哀しみでもなく、ただの感嘆だった。
再生された命が、笑い、触れ合い、冗談を交わす──その小さな奇跡は、セフィラにとって唯一にして無限の答えだった。
彼は立ち去らない。
ただ静かに、黙って見つめ続けていた。
それが、彼の役割であり、信仰であり、願いそのものなのだと言わんばかりに。