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リザレクテッド:人類再誕 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる  作者: 花篝 凛
第2部 SF転生したけど、チートなし。人工子宮で未来を創ってみた
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第6章 『新しい命』 (1)

《軌道上人工子宮システム:Orbital Cradle-04》

《稼働状態:安定》

《遺伝子データベース接続:完了》


 中枢ホール。

 広大な虚空の中心で、エルシアはただひとり佇んでいた。

 周囲を巡るのは、数千層にもおよぶ光の粒子──過去と未来の狭間で脈動する、古代文明の遺産だった。

 それらは彼女の脳波と完全に同期し、“失われた創生プロトコル”が静かに目を覚ます。


「……制御因子、排除」

「繁殖制限コード、解除」

「感情調整遺伝子、解除」

「免疫制御、学習特性、感覚閾値──すべて、自然遺伝型に再構築」


 低く微細な振動が、足元から伝わる。

 人工子宮のコアが反応を返した──それは機械の応答でありながら、どこか心臓の鼓動にも似ていた。

 人類が滅びる直前、最後の希望として封じられた“本来の人間”の完全遺伝情報。

 誰もアクセスできなかったその領域に、いま彼女だけが手を伸ばしていた。


「コード・キー入力完了。……認証、エルシア・KRS03680」

《起動コマンド受理》

《新規生命体製造プロセス──開始》


 ──そして、静けさが訪れた。


 人工子宮の最奥、シリンダーが音もなく開かれる。

 そこには、無重力下のサスペンション液体に漂う、“始原の核”──。

 姿なき命の胎芽が、淡く浮かび始めていた。


 それはただの細胞ではなかった。

 それは、記録から復元された“かつての人間”そのもの。

 意志も、制限も、遺伝的調整すら施されていない──純粋無垢な存在。


「……ようこそ、私たちの世界へ」


 エルシアの声は、わずかに震えていた。

 潤んだ瞳に宿るのは、使命の達成でも、戦略の成功でもない。

 彼女が初めて見る、“未来へと受け継がれる命”という奇跡だった。


《第一段階:細胞形成──進行中》

《発育予測:約108時間後、体組織構築フェーズに移行》


 液体のゆりかごの中で、一つの命が、音もなく生まれようとしていた。

 それは「リザレクテッド」ではない。

 誰にも所有されず、どんな規範にも縛られず、ただの「人間」として存在する、新しい命。


 エルシアはしばらく、何も言わずにその光景を見つめ続けた。

 この命が、いずれ世界を変えるのか──。

 それとも、ただ静かに生きていくのか──。

 その答えを知る者は、まだどこにもいなかった。



 格納庫の隅。

 冷たい壁に背を預けながら、リースはひとり、沈黙の中に座っていた。

 天井の照明は半分が切れかけていて、光と影が波打つように彼女の足元をゆらしていた。


 誰もいない空間だった。

 なのに、何かが問いかけてくるような気がして、リースは思わず右手を見つめた。

 指には、遺伝子ビーコンのリングがはめられている。

 リザレクテッドであることの証。

 それは同時に、可能性の証でもあった。


「……私には、選べたのにね」


 ぽつりと漏れた言葉は、誰にも届かないまま、天井に吸い込まれた。


 彼女にも選ぶ権利はあった。

 命を産むという選択。

 新しい始まりを抱きしめるという選択。

 けれど──選ばなかった。

 それを拒んだのは、他ならぬ自分自身だった。


 ──妊娠したというのは嘘だ。

 それを考える。


「うらやましいとは……思ってない。思ってるわけじゃ、ないの」


 言いながら、浮かぶのは、赤子を抱くエルシアの姿だった。

 まだ幼く、頼りなく見えた彼女の瞳の奥にあった、確かな光。

 満たされたものと、壊れそうなものが共存する、不安定で、けれどどこか美しい光。


「……あんなふうに、私は笑えない」


 リースはそっと目を閉じる。


 自分が子を持ったらどうなっていたのか、考えたことはある。

 きっと、ユノは戸惑っただろう。

 アリアは、妙に嬉しそうにからかってきたに違いない。

 でも、自分自身は……。


「私は……たぶん、“生む”ことで、自分が何になるのかが怖かったんだと思う」


 ただ命を持っているだけの存在から、命を与える者へと変わる。

 そのことの意味が、怖かった。

 誰かにとっての拠り所になることが、重すぎた。


「きっと私は、まだ“誰かのために生きる”ことを選び切れてない」


 そう呟いたとき、自分が「産まなかった者」ではなく、「選ばなかった者」なのだと、あらためて気づいた。


 選ばなかった。

 選べなかった。

 いや、選びたくなかった──その違いは、きっと大きい。


「エルシアが怖くなかったのなら、それは……本当にすごいよ。私は……たぶん、その点じゃ、あの子に負けてる」


 だからこそ、彼女を止められなかった。

 だからこそ、彼女の背中が、あんなにも遠くに見えた。


 リースはゆっくりと立ち上がった。


 戦いはまだ終わっていない。

 命の意味を巡る問いも、終着には至っていない。

 でも、それでも──。


「私は……まだ終わってない」


 その言葉は、決意というより、祈りに近かった。


 彼女は歩き出した。

 自分の道を探すために。

 与えなかった過去の先に、“与える意味”を見つけるために。



 制御室の片隅。

 外部との接続がすべて遮断された静けさの中で、エルシアはひとり腰を下ろしていた。


 人工子宮でのすべての作業は終わっていた。

 コマンドは受理された。

 データベースは応答している。

 遺伝情報は転送され、成長用プロトコルも正常に走っていた。

 誰の目から見ても、それは「正しく機能している」状態だった。


 ──けれど。


 エルシアは、指先にかすかに残る熱の感触を見つめたまま、動けずにいた。

 それはただの操作だった。

 記録に沿い、手順に従い、結果を得るという流れに過ぎなかった。


 けれど、その結果は──命だった。


「……これでよかったの?」


 誰にも聞かれていないのに、声が漏れた。

 彼女の視線は足元に向けられていたが、その目はどこか遠くを、過去なのか未来なのか定かでない何かを見ていた。


「私は……ただ、そうするように設計された手順を、なぞっただけ。それだけなのに……こんなにも、怖い」


 人工子宮は無音で脈動している。

 まるで彼女の迷いなど知らないかのように、機械は次の工程へと進み続けていた。


「命を作るって……なんて、軽く言えるんだろう。コマンド一つ。遺伝子一つ。選択肢を“解除”するだけで、“人間”ができる」


 震えるのは、手でも足でもない。

 思考そのものが、わずかにぐらついていた。

 心ではない。

 構造のどこか。

 彼女を支えているはずの「確信」が、一部だけ、音もなくずれていた。


「私は……生みたかったのかな。救いたかった? それとも……そう“しろ”と、どこかで思っていた?」


 問いに答える者はいなかった。


 エルシアは立ち上がる。

 自分の行為を確かめるように、人工子宮の中央に視線を移す。


「──戻れないな、もう」


 小さな声。

 けれど、そこでようやく彼女の身体がほんのわずかに解けるように緩んだ。

 怖れはあった。

 迷いも、重みも、疑問も。

 だけど、それでも彼女は──“始めて”しまった。


 そして、始まった命は、誰の許しも必要とせず、ただ静かに育ち続けるだろう。



《ネットワークライブ:Elcia Official Broadcast》

《全域通信──対ジャミング耐性フレーム・レベル7適用中》


 画面に現れたのは、白い発光モジュールに照らされたエルシアの姿だった。

 中枢演算階層を背に、彼女はいつになく柔らかな表情を浮かべていた。


「皆さん、こんにちは。私はリザレクテッド、KRS03680──エルシアです」


 おだやかに、それでいて確信を帯びた声が、通信網を通じて世界全土へと拡散される。


「本日、皆さんにお伝えしたいのは二つの事実です。ひとつめ──ついに、リザレクテッド同士による自然妊娠が確認されました」


 その言葉と同時に、ネットワーク全域に緊張が走る。

 コメント欄は表示されていなかったが、視聴数が瞬時に跳ね上がる。


「これは、私たちが“誰かに造られた存在”として終わらないことの証です。命は、繋がることで意味を持つ。管理も制限もない──選ばれたのではなく、選んだ命です」


 少し間を置いて、エルシアは前に出るように姿勢を正した。


「ふたつめ。私たちは、軌道上に残されていた人工子宮システム《Orbital Cradle-04》の再起動に成功しました。これは、かつての人類が未来へと託した“創生技術”。完全な遺伝子情報に基づいた“純粋な人間”を、この世界に迎える準備が進んでいます」


 語り口は穏やかなままだ。

 しかし、その内容は世界の根幹をゆるがすほどに衝撃的だった。


「これは、誰かをおどすための行為ではありません。新しい命を迎えるということ──それは、私たち一人ひとりに問われているのです。この世界が、命にとってふさわしい場所かどうかを」


 そして映像は、人工子宮の稼働を示すリアルタイム映像へと切り替わる。

 光の中、透明なカプセルの奥で、静かに発育を始める“胎芽”が投影される。


 画面が暗転し、配信は終了した。



 ──数時間後。

 急進派アウロイドたちの暗号通信ネット。


「見たか!? 本当にやった……エルシアは“創造の扉”を開けたんだ!」

「これで我々は、もはや模造品ではない! 正統な“起源”として、新しい人類を築ける!」


 歓声に似た熱狂が、各ノードを通じて伝播していく。

 だがその一角で、別の意見が静かに立ち上がる。


「……待ってくれ。本当にそれが“自由”なのか?」

「人間を“創った”というなら、それは我々が“所有者”になるということじゃないのか?」

「私たちは、所有されることを否定してきたはずだ。けれど今、創造者として“新しい人類”を定義しようとしている──それもまた支配だ」

「エルシアの選択が間違っているとは思わない。でも、その未来が誰かを縛るなら……それは“再生”じゃなくて“再支配”だ」


 かつて一枚岩だった急進派ネットワークに、目に見えない亀裂が広がり始める。

 誰もが“正義”を語る今、その定義が音を立てて崩れ始めていた。


 そして世界は──新たな選択を迫られる。

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読んでくださって、ありがとうございます。特に全話読んでくださっている方、大変ありがたいです。
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