第2章 『他のリザレクテッド』 (1)
学校。
音もなく開いた自動扉の向こうに、整然と並ぶ机と椅子、そして数人の生徒たちの背中があった。
エルシアは、わずかに緊張した足取りで一歩を踏み出す。
その瞬間、空気がかすかに動き、何人かが振り返る。
彼女の目が自然と引き寄せられたのは──三人。
青みがかったロングヘアの少女。
銀髪のボブカットにサイドテール、姿勢の良い冷ややかな少女。
そして、藍色の髪に透けるような肌を持った少女。
彼女たちの右手中指には、ついていた。
銀色の指輪型デバイス──遺伝子ビーコン。
(やっぱり……いた。ここにも、リザレクテッドが!)
エルシアの胸が高鳴る。
同じように呼び戻された“仲間”たち。
記憶を持ち寄って語り合える、かもしれない存在。
ようやく“孤独じゃない”という実感が湧いた気がして、彼女は思いきって声をかけた。
「……あの、ね。ちょっと聞いていい?」
最初に応じたのは、薄青い髪の少女──リース。
「……あんた、新入り?」
「うん。エルシアっていうの。今日からここに配属されたの。……あなたたちも、リザレクテッドなんだよね?」
藍色髪の少女──アイカが無言で右手を上げ、指輪を見せる。
「私はIAK03642。アイカって呼ばれてます。……KRSコードなんですね、エルシアさんは」
「そう。で……少し変なこと、聞いてもいい?」
エルシアは一呼吸置いて、期待を込めて訊いた。
「前世の記憶って──ある? 目覚める前のこと、何か覚えてる?」
沈黙。
その沈黙が長く感じられるほど、エルシアの胸は希望に膨らんでいた。
だが──
リースが、淡々と首を横に振った。
「ないよ。真っ白だった。“私だった何か”の痕跡もない」
銀髪のアリアが、肩をすくめる。
「そもそも期待する方が間違い。私たちは“再生体”。誰かの記憶を引きついでるわけじゃない。遺伝子から作られた、似てるだけの別物だよ」
アイカも、小さくうなずきながら言った。
「私も、何も思い出せません。夢の中で誰かの声がするけど……それが誰なのか、いつのことなのかも、全然分からなくて……」
期待していた答えは、どこにもなかった。
胸の奥が、すとんと冷えていく。
高鳴っていた心が、急激に静まっていく。
(そっか……誰も……覚えてないんだ)
エルシアは、思わず視線を落とした。
さっきまで浮き足立っていた気持ちが、地面にべったりと貼りついたようだった。
──あんなにわくわくしてたのに。
もしかしたら、共通の記憶を持つ“同士”がいるかもって。
過去のことを語り合える、誰かがいるかもって。
──甘かった。
「……私は、“誰か”だった気がするの。ちゃんと、名前もあって、終わりもあった。……死んだの、確かに。だから……」
だから、自分は例外なんだ。
その言葉を飲み込んだまま、彼女は苦笑を浮かべた。
冷たく、さびしい、虚勢の笑みだった。
「……うん。じゃあ私は、ちょっとだけ“変わり種”ってことだね」
誰も返事をしなかった。
責めるでもなく、同情するでもなく──ただ、理解できないという沈黙がそこにあった。
それが、余計にこたえた。
──違う。
この子たちも、たしかに“リザレクテッド”なんだ。
でも、私とは違う。
“過去の終わり”を知ってるのは、私だけ。
ほんの少し前まで、“仲間に出会えるかも”って心がおどっていた。
その鼓動が、今は虚しく胸の中で空回りしている。
教室の空気は静かだった。
でも、その中でエルシアだけが、ひとり小さく落ち込んでいた。
沈黙が、ひとつの節目のように教室に満ちていた。
その中で、最初に言葉を発したのはアイカだった。
「……ねえ、エルシアさん。さっき言ってた“誰かだった気がする”って……それ、本当に“記憶”なんですか?」
その声は静かだったが、目は違った。
ただの好奇心ではない。
疑っているわけでもない。
むしろそれは、まるで何かを信じたくてたまらないような、そんなまっすぐな光を持っていた。
エルシアは少しだけ目を細め、ゆっくりと答える。
「記憶……って呼んでいいのかは分からない。でも、私は“綾城莉沙”という名前で生きていた。前の世界で、病気で──死んだの。でも、その直前に、私の精神は保存された。それがデータとして残ってて……私は今、こうして“再生された”」
言葉が落ちるたびに、空気が変わった。
アイカの目が、大きく、震えるように見開かれていく。
「……それって……それって……!」
椅子を引く音もなく、アイカは身を乗り出していた。
瞳はまるで光を追いかけるように、エルシアを見つめる。
「つまり──エルシアさんは、“前世の記憶を持つリザレクテッド”ってことですよね!?」
その言葉には、驚きと憧れと、ほんの少しの──夢が混じっていた。
まるで、ずっと探していた“物語の登場人物”が目の前に現れたかのように。
だが、エルシアはどこか醒めたような微笑を浮かべ、軽く首をかしげる。
「……そう見えるかもしれないけどね。でも、私は例外なんだって。記憶が残ってるのは、私が“偶然”精神保存されてただけ。普通のリザレクテッドには、そんな機能、ないって。ダリウスにも言われた」
アイカは、なおも止まらない。
言葉が熱のようにあふれてくる。
「でも、それでも凄いことですよ! 本当に“誰かだった”リザレクテッドなんて……私、初めて聞きました! まるで、本当の……本物の物語みたい!」
エルシアは肩をすくめて、わずかに口元をほころばせた。
「物語っていうより、事故に近いと思うけど。システムのほころび。偶然がつくったバグ」
「それでも……それでも、あなたの中には“綾城莉沙”が生きてるんですよね? 名前も、記憶も、感情も……ちゃんと」
「あるよ。全部がクリアなわけじゃないけど、断片は残ってる。目を閉じれば、あの病室の匂いも、静けさも、まだここにある」
そう言って、彼女はそっと胸に手を当てた。
アイカは、何も言えなくなった。
その手を見つめるように、静かに、ひとつだけ言葉をこぼす。
「……いいなぁ。私も、なにか……思い出せたらいいのに……」
その声には、さびしさがにじんでいた。
置いていかれたような、追いつけない誰かを見るような──そんな切なさ。
エルシアは、それを否定しなかった。
記憶を持っていることが、特別であると同時に、決して祝福ではないことを知っていたから。
──特別であることは、孤独の始まりでもある。
その沈黙の中で、エルシアは小さくため息をついた。
でもその音は、誰にも聞こえなかった。




