表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リザレクテッド:人類再誕 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる  作者: 花篝 凛
第1部 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる
3/150

第1章 『目覚めの手続き』 (1)

※初めて読む人は、第2部から読むことをお勧めします。面白かったら第1部も読んでください!

第2部 https://ncode.syosetu.com/n4716kj/36/


【登場人物紹介】

この物語には、“再生された人間”と、“彼らを所有する機械”が登場します。

●リース

生殖能力を持つリザレクテッド少女。怠惰でやる気はないが、心は繊細。爆破事件の容疑を着せられる。

●ユノ

リースの所有者。女性型アウロイド。優しいが現実主義。


 ユノはリースをそっと後部座席に乗せ、自動運転モードへと切り替えた。

 目的地は、自宅。

 それは、リースの新しい日々が始まる場所でもあった。


 静かな駆動音とともに車が発進すると、車内には低く優しい音楽が流れ出す。

 ピアノの旋律が、無言の二人のあいだをふわりと満たした。

 リースはじっと窓の外を見つめていた。

 流れゆく都市の景色。

 高層ビルのガラスが朝の光を受けてきらめき、歩道を歩くアウロイドたちの動きは一様に整っていた。

 すべてが整備され、静かで、そして──見知らぬ世界だった。


 しばらく沈黙が続いたのち、ユノがふと笑みを含んで口を開く。


「そうだ、着替えも何もなかったものね。生活用品も全部。すぐに揃えてあげる」


 リースがそちらをちらりと見ると、ユノはすでに電脳をネットに接続していた。

 仮想モールのショッピング画面が彼女の視界に浮かんでいる。

 サイズデータはあらかじめ登録されている。

 リースに合う衣服、下着、スリッパ、洗面用品、寝具……。

 ユノは必要なものを次々と選んでいく。


 リースは、それをじっと見つめていた。

 そして、ためらいがちに言った。


「……私、何を着ればいいのか、よく分からない……」


 その声は、どこか頼りなく、幼ささえ感じさせた。

 ユノは振り返って優しく答える。


「大丈夫。最初は私が選ぶから。でも、慣れてきたら、きっと“好き”が分かってくる。色とか、形とか、自分に似合うって感じるもの。ゆっくりでいいのよ」


 リースは、小さく、不思議そうに頷いた。

 その仕草に、ようやく“誰かと会話をしている”という意識が芽生え始めていることを、ユノは感じ取っていた。


 車は滑るように高架道路を抜け、徐々に高層区域を離れていく。

 やがて車窓に映るのは、低層型アウロイドの居住区。

 人工植栽が整えられた緑の帯を縫うように並ぶ、白く静かな家々。


 その一角にある、ユノの家。

 無駄を削ぎ落としたシンプルなデザインの一軒家。

 機能美と居住性を両立させた、アウロイドの暮らしにふさわしい空間。


 車が静かに減速し、停車する。

 到着の合図とともに、ユノは振り返って言った。


「着いたよ。ここが、君の新しい家」


 リースはコートの裾をぎゅっと握りしめ、小さく息を吸う。

 そして、おずおずと車を降りた。

 足元に感じるわずかな振動、風の匂い、遠くの機械音。

 どれも彼女にとっては、まったくの未知だった。


 玄関へと向かう途中、一台の配達ポッドが音もなく近づいてくる。

 先ほどユノが注文した品々を積んでいた。

 ボッドは無言のままユノの電脳と同期し、荷物を玄関先にそっと置いていく。

 認証完了の光が点滅し、やがて静かに方向を変えて走り去った。


「さすがに仕事が早いな」


 ユノは笑って振り返る。


「ほら、これ全部、君のだよ。今日から使うもの」


 そう言って、テキパキと荷物を室内に運び始める。

 しかし、リースはなかなか家の中に入ろうとしなかった。


「……どうしたの?」


 困惑の表情を顔に出さず、作り笑顔で訊く。

 リースは玄関前でもじもじしている。


「私、ユノ……さんに買われたの……?」

「うん? 買ったんじゃないよ。審査と抽選に通って、君の所有者になったの」


 “所有”──その響きに、リースの心の奥がざらりと波立った。


「……買ったのと何が違うの……?」

「うーん……」


 どう答えればいいのか、ユノは返答に困ってしまった。

 ユノは少し考えたあと、そっと荷物を置き、リースに視線を合わせた。


 腰を落とし、できるだけ目線を低くして、ゆっくりと言葉を探す。


「違い……ね」


 リースは、コートの裾をぎゅっと握ったまま、じっとユノを見返していた。

 その瞳には、恐れでもなく、素直な信頼でもなかった。

 ただ、諦めと疑念が静かに滲んでいた。


「君は、ものじゃない。誰かに売り物みたいにされるために生まれたんじゃない。……私たちは、生きてほしいって、そう思って──」


 リースは、ふいに目を逸らした。

 ユノの言葉を、拒むように。


 ユノは差し出しかけた手を途中で止めた。

 触れない。

 無理には踏み込まない。

 リースが、今にも逃げ出しそうに見えたから。


 だから、そっと言葉だけを続ける。


「所有者って、そう呼ばれるけど……君を支配するためじゃない。……守るために、ここにいる」


 リースは答えなかった。


 それでもユノは、ゆっくり立ち上がる。

 そして、いつもの明るい調子を作りながら声をかけた。


「さ、入ろう。寒いでしょ」


 リースはその場に立ち尽くしたままだった。


 玄関の敷居。

 たった一歩。

 その一歩が、どれほど重く感じられるか、ユノにも少しだけ分かった。


 リースは、小さく首を振った。


「……知らない家なんか、入りたくない」


 かすれた声だった。

 けれど、はっきりした拒絶だった。


 ユノは、少しだけ息を呑んだ。

 だが、無理には勧めなかった。


「……そっか。無理にとは言わない」


 静かに応える。


 リースは俯き、コートの裾をきゅっと握りしめた。

 その指先が、わずかに震えているのが見えた。

 あたりには人通りもない。

 逃げようと思えば、そうすることも可能だった。


 ユノは荷物をひとまとめにして、玄関脇にそっと置いた。


「ここに置いておくから。……嫌だったら、中に入らなくてもいい。荷物だけ受け取ってもいいよ」


 リースはまた、何も言わなかった。


 ユノは静かに家のドアを開け、自分だけ中に入った。

 振り返らず、リースを待った。


 しばらくして、リースは、おずおずと荷物のそばまで歩み寄った。

 けれど、すぐにはドアをくぐらなかった。


 怖いのは、見知らぬ場所そのものじゃない。

 “自分がここにいていいのか”を、誰も保証してくれないことだった。


 しばらく立ち尽くした後──リースは、まるで無理やり体を動かすようにして、そっと敷居をまたいだ。


 それは、“迎えられる”ためではなかった。

 自分自身に問いかけるための、一歩だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでくださって、ありがとうございます。特に全話読んでくださっている方、大変ありがたいです。
よろしければブックマークや評価などで足跡を残していただけると、大変励みになります。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ