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リザレクテッド:人類再誕 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる  作者: 花篝 凛
第5部 ママって呼んじゃダメですか? 名前をくれたあの人のために、私は生まれた
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第7章 『起こす者、戻る者』 (3)

 カップを傾けたまま、リースがふと眉をひそめた。


「……来たね。嫌な予感、的中」


 予告のように、次の瞬間──サロンの扉が勢いよく開いた。

 軽快な足音。

 無遠慮な笑顔。

 空気の密度を一気に破るような、よく通る声。


「やっほー、二人とも! へえ、なにこれ? 秘密の部室? 青春の逃げ場? それとも──禁断の姉妹愛とか?」


 リセルだった。

 自分の存在をアクセサリーのように振りかざして、当然のように部屋に入ってくる。

 彼女の視線が、リースとエリスの間を興味深げに往復した。


「ふーん……リースと、こっちが“エリス”ちゃん? 倫理委員会の資料じゃ、“非人間型AI”って書かれてたけど。ずいぶんと人間味あるご挨拶じゃない?」


 エリスは、そっとティーカップをソーサーに戻す。

 その動作に乱れはない。

 表情も、声も、微塵も揺れず──ただ静かに、冷ややかに応じた。


「私は非人間型補助AIユニット、エリス。現在、学内試験運用中。……ご質問を検出しました。意図解析──“人間らしさが不自然である”との指摘と解釈しました」

「うわ、出た。急にロボ口調とか、本気出さないで。ねえ、怖いから」


 リセルが芝居がかった仕草で後ずさる。


「でもさ、本当にただのAIなら──なんで“お茶会”なんてしてるわけ? っていうか、リースも自然に話してたし」

「補助AIってのは、そういうもんでしょ」


 リースは冷たく言い放ち、カップをくるりと回した。


「会話も記憶処理も模倣も完備。最近のモデルは優秀だからね。あんたの“放送芸”も、AIに差し替えられる日が近いかもよ?」

「うわあ、恐ろし。……でもまあ、使える素材なら、なんでも歓迎だけどね?」


 リセルはカメラ付き端末を取り出し、レンズをくるりと回した。

 にやけたその目は、ふたりを“商品”として値踏みしている。


 ──そのとき。


 サロンの奥の扉が、わずかに音を立てて開いた。


「ねえ、エリス、ママ──」


 シエルだった。

 両腕にクッションを抱えている。

 扉を開いたその瞬間、自分の口から漏れた言葉に気づき、ぴたりと足を止めた。


 室内が凍る。

 空気が一拍、沈んだ。

 リセルの目が鋭く光る。

 獲物を捉えた捕食者のような、ぞくりとする笑みを浮かべた。


「……今、“ママ”って言った?」


 その声は軽く笑っていたが、その奥には、刃のような好奇心が走っていた。


 シエルは、一瞬だけ間を置き、それから胸を張って言い返した。


「うん。エリスは、私のママだよ。非人間型だろうと、関係ない」


 リセルの口が半開きになった。

 驚いたような、呆れたような、判別しにくい顔。

 その目が、シエルを値踏みするように細められる。


「なるほどねえ……なるほど。“ママ認定されたAI”。しかも堂々と。いいじゃん。タイトル浮かんできた。“倫理のグレーゾーンから生まれた母性型人工知能”──これ、次の配信で使えるわ」

「勝手に利用しないで」


 リースがすかさず口を挟んだ。

 その声には棘と正当性が混ざっていた。


「これは学内の“補助教育活動”。記録を外に持ち出すなら、ユノに正式申請して。倫理委員の名前を出されるの、あんた嫌でしょ?」

「ちぇっ……ほんと、つまんない女」


 リセルはわざとらしく肩をすくめて見せたが、それ以上は踏み込まなかった。


 くるりと踵を返し、ドアの前で立ち止まる。

 そこで、ちらりと振り向いた。


「ま、せいぜい気をつけて。“自分によく似たAI”を愛しはじめた人間って──たいてい、先に壊れるからさ」


 そう言い残して、リセルは軽い足取りで去っていった。

 ドアが閉まると同時に、場の空気が静かに戻ってくる。


 エリスは何事もなかったようにカップを取り直し、紅茶を一口すすった。


「……演技、通ったかな?」

「完璧すぎてゾッとした」


 リースが皮肉めいた笑みを浮かべる。

 その横で、シエルはふわりと笑っていた。


「でも、言えたでしょ。“ママ”って」


 リースが目を細めてにらむ。


「わざとでしょ、あれ」

「うん。わざと。だって、リセルにだけは負けたくなかった」


 シエルの声はあくまで素直だった。


「“私のママ”を誰にするかは、私が決める。それが私の権利だよね?」

「……あっそ。生意気」


 リースはそっぽを向きながら、ほんの少しだけ頬を膨らませた。


 その横顔を、エリスが静かに見つめる。

 目元に浮かんだ微笑は、ほんのわずかだが──確かに、温かかった。

 この距離。

 この時間。

 この三人の関係。

 ちぐはぐで、すこし不器用で、でも今だけは誰にも壊されない。


 サロンの空気は、ジャズのリズムとともに、再び穏やかに流れはじめていた。

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