表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リザレクテッド:人類再誕 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる  作者: 花篝 凛
第4部 Wreath Infinity 感情チップを作ってみたら、人気者になった
116/162

番外編 アリア、教師をクビになる (2)

 一時間目──歴史の授業。

 静かな教室に、教師の落ち着いた声が響いていた。

 壁際の大型モニターには、旧時代の人類社会を解説するビジュアル資料が映し出されている。


「……そして、文明崩壊ののち、アウロイドの技術進化が加速し、現在の管理社会が確立されました」


 教師がホログラムペンを動かしながら、淡々と解説を続ける。


「これは“連続的技術進化モデル”と呼ばれ、一般には“安定成長型”として──」


 ──その瞬間。


「……異議あり」


 パタン、と椅子の音。

 空気が一瞬で張り詰める。


 生徒たちの視線が一斉に向いた先──立ち上がったのは、銀髪サイドテール、制服姿のアリアだった。

 真っ直ぐに前を見据える姿は、まるで壇上に立つ講師そのもの。


「アリアさん……なにかご意見でも?」

「補足します」


 教師が言葉を選ぶより早く、アリアはスッと前へ歩き出す。

 そして当然のようにホログラムペンを奪い、空いていたボードを開いて、すらすらと記述を始めた。


《補足:連続的技術進化モデルは“安定”ではなく、“選択的淘汰”を内包。初期データ群の削除ログにより証明可能。》

「……アリアさん、それをそのまま教えてしまうと教科書との整合性が──」

「知識とは、整合の中にはなく、矛盾の中にこそ宿るものです」

「カッコつけたけど、授業妨害してる自覚はあるの!?」


 リースがバンッと机を叩く。


「座って! というか、今まさに先生が説明してたでしょ!? 話、途中だったでしょ!?」

「聞くに耐えなかった。論点が浅かったから」

「それを“授業潰し”って言うんだよ……」


 ルシアンが呆れ気味にぽつり。


「潰れてたから、建て直してるの。私は、教師だから」


 アリアは微笑すら浮かべている。

 レインが珍しく表情を曇らせた。


「……授業って……戦場だったんだっけ……?」


 アイカは両手で頭を抱えながら、半笑いで震えていた。


「これ……前にもあった……前より手に負えなくなってるだけで……!」


 前線が完全に崩壊する中、教師はしばし沈黙し──そして諦めたようにモニターを閉じた。


「……アリアさん、本日は“共学型・自由参加講義枠”として、特例で許可します……」


 アリアはうれしそうにうなずいた。


「つまり、非公式講義の開講を認めたと」

「いや、まだ認めたとは──」

「では次のテーマに参ります。“自己複製型ネットワークの倫理的廃止について”」


 再びホログラムが点灯し、教室の前方が即席の“第二教壇”と化す。

 アリアの周囲には、いつの間にかノート片手に集まり始めた数名の生徒たち。


「ねえ、これ普通に面白くない?」

「まじで授業っぽいんだけど……」


 リースは額に手を当てて呻いた。


「ダメだ……授業が……アリアに侵食されてく……!」


 そして、横でルシアンがぽつりと呟く。


「……あれ? 今日って……始業式だったっけ?」



 午後。

 国語の時間。


 やわらかな日差しが教室に差し込む中、教師の朗読が静かに響いていた。


「──“人は時に、言葉に救われ、時に言葉に傷つく”。さて、この詩における“言葉”とは、何を指しているのでしょうか?」


 リースは腕を組み、ふむ……と唸りながら筆記を始めた。

 隣のレインが、声をひそめて尋ねる。


「リース。この“言葉”って、どう解釈する?」

「んー……自己と他者を繋ぐ境界線? もしくは、他者との距離を測る感情のリトマス試験紙……?」

「おお、それっぽい……」


 和やかに交わされる知的対話。

 その横で──明らかに異空間を漂っている生徒が一人。


 アリア。


 彼女の机の上では国語の教科書が閉じられたまま。

 代わりに開かれているノートには、謎めいたタイトルが踊っていた。


《倫理委員会 永久メモ》


 しかも達筆。

 まるで中世詩人の遺稿のように整然と、ページ一面が埋め尽くされている。


《第一章 背後から刺された教育者》

《第二章 “悪い子は解剖標本”と告げただけで──》

《第三章 その日、倫理委員会は笑っていた》

《第四章 記録に残っていない涙》


 レインが目を丸くしてリースの袖を引いた。


「……ねえ。あれ、見て。アリアのノート、なんか……もう“文学”じゃなくて“怨念”」


 リースも覗き見て、絶句。


「うわ、やべぇ……“黒歴史が今、ライブ配信中”……!」


 さらに目を凝らすと、新たな章が今まさに追記されていた。


《第五章 机に座らされても、私は立っている》

「ポエム化進行中!? 自己陶酔の最終形態だこれ!!」


 アリアは一心不乱にペンを走らせ続けていた。

 その目はどこか遠くを見つめ、完全に“降りて”いた。


「言葉……言葉って、どうしてこんなにも……無力なのに、暴力的なの……?」

「出たぁぁーーー!! 中二インスピレーション発火中!!」


 リースが机に顔を伏せて叫ぶ。


「これ、絶対あとで“中二黒ノート”ってラベル貼られるやつでしょ!!」

「……でも、ちょっと分かる気もする」


 アイカがぽつりと呟いた。


「言葉に取り憑かれた感じ……なんだか“作家になる前の私”みたいで……」

「ちょ、やめて!? その肯定、火に油すぎるから!!」


 リースの制止もむなしく、そのとき教師がふとアリアに声をかけた。


「アリアさん。“言葉に傷つく”とは、あなたにとってどんな経験ですか?」


 アリアはペンを止め、静かに顔を上げた。

 そして──


「──“教育者資格、停止します”」


 教室が凍りつく。


 しん……と静まり返る空気の中、アリアは続けた。


「その言葉は、私にとって“核弾頭”だった。でも同時に──こうして“書くこと”と出会わせてくれたのも、その言葉だったのです」

「うまくまとめるなぁぁぁああ!!」


 リースが突っ伏し、絶叫。

 机が震える。


 ──結局その日、アリアの“中二黒ノート”は担任によって回収され、なぜか翌週の校内文芸誌に「特別寄稿」として全文掲載されることになる。


 その掲載タイトルは、《教育者亡命詩篇》だった。



 数日後、学内掲示板に異様な存在感を放つ一枚のポスターが貼り出された。


《生徒会長選挙のお知らせ》


 いつものように候補者受付が始まり、生徒たちの間では「今年は誰が出るのか」と軽い話題で盛り上がっていた──が。


 その中に、誰も予想しなかった名前があった。


 アリア・LNA04421


「……嘘でしょ……」


 リースが昼休み、掲示板の前で凍りついた。


「なにこのポスター……手書きで“返り咲きます”って書いてある!? 背景真っ黒で、燃える炎の写真……!?」

「こわっ……下に“※資格剥奪は一時的措置です”って注意書き……」


 ルシアンがポスターから一歩後ずさる。


「これ……選挙ポスターっていうより、“怨霊の告発状”じゃない……?」


 アイカはそっと額を押さえた。


「……出る気、満々なんだ……」


 レインは一言だけ、淡々とつぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでくださって、ありがとうございます。特に全話読んでくださっている方、大変ありがたいです。
よろしければブックマークや評価などで足跡を残していただけると、大変励みになります。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ