九。
「帰ったよー」
やっぱ広いなここ。
声が響く。
声はもちろん、足音すら大きく響く廊下の端で、リルが迎えてくれる。
「お帰りなさいませ。服が血塗れですけど、大丈夫ですか?」
「私のじゃないから大丈夫」
結構な距離だけどよく会話ができるな。
この廊下は声がよく聞こえるように作られたのだろうか。
「紬様は無傷ですか?」
「うん」
「すごいですね。やはり勇者様と言うべきか」
「まあね」
槍持って帰るの忘れたけど、怒られたりしないのかな。
「まずはお風呂にしますか?それともご飯?」
「お風呂ー」
妻から愛される仕事帰りの旦那さん達はいつもこんな会話をしてたのかな。
「申し訳ございませんが、お風呂の準備は面倒いので」
じゃあなんで聞いたの。
「えぇー」
「代わりに奇麗にさせてあげますから、じっとしててください」
「ん?」
リルが手を上げて、下ろす。
なにするつもりだろう。前みたいに何かを取り出すつもりだったのだろうか。
上からなにか落ちたりするのかな。
まさか、それは流石に乱暴過ぎるよ。
何かが頭上にある。
呆然とリルを眺めていたら、頭の上から水の塊が落ちてきた。
「冷たっ!!」
普段はもふもふな私の尻尾も水に濡れて、ぐーっと垂れてしまう。
「うぅ……」
「びしょ濡れですね」
「どうしてくれるのぉ」
「まあまあ」
尻尾が濡れてなんか力出ない…
このままベッドに倒れて眠りたい。
「ささ、脱ぎ脱ぎしましょう」
「ぁ……」
脱がされるぅ…
「よしよし、いい子ねぇ」
「あぅ」
変だな。
神様で勇者様なのに、一人で着替えもできない子供みたいな扱いされるなんて。
「これでよし。ご飯食べに行きましょうか」
「はぁい」
気づけば髪も尻尾も乾かれて、服も着替えられていた。
人を着替えさせるのも慣れているのかな。
姫様なのに。
ここに人があまり見えないのと関係あるのだろうか。
「ね、リル」
「はい?」
「昨日から思ったけど、ここで働く人はいないの?」
「いいえ、たくさんありますよ?」
「でも見えないじゃん」
「今は色々あって城の外に出たので」
「仕事で?」
「はい、仕事で」
まぁ外は賑やかそうだったし、仕事が忙しいから見えないだけかのだろう。
案外街中で働いているかもしれない。
「勇者様は人が好きなんですね」
「そう見えるの?」
「尻尾がぶんぶん揺られたんだから、きっとそうなのだと思いました」
「本物の狐はしらないけど、私の尻尾はただ暑いからぶんぶんしてるだけだよ」
「え、そうだったんだ……」
今までの動きになんの目的もなかったってことを知ってすぐ、ぐーっと肩を落としてしまうリル。
悪いことをしちゃったのかな私。
「じゃあ…美味しいのを食べた時に尻尾がばたばたしたのも…暑いからですか?」
「うん」
「そんな……っ」
いや、ここで嘘をつく方がもっと悪いことだ。
「あぁ…」
でも流石に落ち込みすぎじゃない?
動かなくなっちゃったよ。
「……勇者様」
「うん?」
「尻尾を…触りたいです」
「はい、これ」
「うぅ……」
嘘ついた方がよかったのかな…
尻尾に抱きついて落ち込むリルを見て罪悪感を抱いていると。
「あっ」
噛まれた。
「なにするの」
「ふくしゅうです」
「尻尾は悪くないじゃん」
「尻尾も紬様の一部ですから」
「だからって噛まないの」
もう、私の尻尾に噛みつくのは赤ちゃんくらいしかなかったのによ。
「離れろーっ」
「駄目です」
「はーなーれー」
「嫌です」
力が強いから無理矢理振りほどくのもできない。
このままリルの気が済むまで尻尾を食べられるのだろう……嫌だな。