八。
城の門を通り、数歩進むと、城はなくなる。
振り返るとただ、木々達が森を成すだけだ。
ここに城が建てられていると思える人がいるのだろうか。
いないはずだ。
城の影に隠されていた私の体も、今は日光をそのまま浴びていた。
太陽すら騙す技。
神の業とは違う奇跡。
魔法とは何度見ても不思議だ。私一人では真似すらできそうにない。
「んんーっ」
近くに広がっている日陰に身を潜めて、軽くストレッチをする。
激しい運動の前は必ずストレッチをするのがいい。
これからこんな槍を使うんだから。
頭から足まで、ストレッチを終えてから鞄から地図を出す。
どこに行けばいいのだろう。
なんで近くに来てるのは知ってるのに、詳しくどこにいるのかは知らないのだろう。
都合よく位置もわかれる魔法はないのだろうか。
ゲームのナビゲーションみたいに見えたらいいなぁ。
「ふーっ」
大勢いるって言ってたんだし、広場に集まってる可能性が高いだろう。
取り合えず広いところを目指して行ってみよう。
ここから南に少し行けば広場があるのを確かめて、地図をしまう。
方向を決めて、思いっきり走り出す。
こうやって森の中を走るのはいつぶりなのだろう。
風をかき分けるこの感覚も久々だ。
人の中で生きるのも楽しいが、生の大半を木々の中で過ごしていたんだからこうして走っていると故郷に帰った気になる。
走る途中に、どう見てもあれだって感じの群れを見つけた。
頭が狼なものと牛なものが凡そ100匹ずつ集まっている。
動物のような見た目をしてるが、二足で歩いて、何かを喋り合う。
外見の皮こそ人ではないが、話し方も動きも、人とそっくりだな。
指揮を執るやつもいる。
ちゃんとした軍隊に見える。
これを一人で片づけるのか。とんでもない頼みだな全く。
普通の人より大きいし、力も強そう。
兵器庫にあった武具はこの兵士達に似合う物だったのかもしれない。
昔の戦利品だったとか。
「……ん」
幸い、頭だけ取れば他は逃げてくれそうだ。
みんな早く家に帰りたがるように見える。
じゃあ、狙うか。
槍をぎゅーっと握り締める。
ここから走れば六秒くらいで届きそうだ。
「うん」
出来る。
体に力を込め、一瞬に加速する。
一秒、二秒。
敵に気付かれた。
三秒。
頭に見えるやつも私に気付いて、こっちを見る。
……六秒は少し長かったみたいだ。
「ふっ!」
走り出して四秒が過ぎた頃、槍は首の真ん中に深く沈ませる。
刺してすぐ、槍を強引に引っ張り出し、頭を狙い揮う。
頭を打つと同時に首から血が溢れる。
動物みたいな見た目とは違って、血の色は人とそっくりだ。温もりも、匂いも、肌を裂く感触も。
世界も種も違うのにこれは同じとは、なんて不思議なものだ。
取り合えず一つは取ったが、まだ誰も逃げない。こいつは頭ではなかったのだろう。
少し離れたところでは一心に命令を下す者が見える。
狙いが間違ったのだろう。
じゃあ、指揮を執るあいつを倒せばいいだろう。
再び走る。
こいつにはさっきみたいに突くと逆に槍を掴まれるかもしれない。
だから走って、目の前まで近付く。
瞳がはっきり見える距離まで近付いて来た。
走って来た勢いのまま飛び、口の中に槍の先を突き刺す。
そのまま宙を転んで槍を引き抜いて、その勢いのまま着地する。
喉を突かれた奴の足場にある草むらが赤みを帯びていく。
こいつは確かな頭だったみたいだ。
群れの中から逃げ出したいという心が伝わって来る。
ここで恐怖を刺激すれば皆、逃げる。
そう確信した。
今回は目の前の二匹を狙い走った。
穂先が届く距離まで近付き、鎧のない顔を穂先で切る。
一匹は頬に、一匹は鼻に軽微な傷を負う。
そしてまた走る。
死に至る程の傷とは到底言えないが、今はこれで十分だ。
次は三匹が集まっているところだ。
防具のない胸元に向かって思いっきり槍を突き刺す。
槍が刺さり、一瞬動きが止まった私を襲い掛かる剣が一つ見える。
すぐに槍を手放して走り、剣の持ち主から距離を取る。
もう武器がなくなっちゃった。
やはり私と槍は似合わないのだろう。
目の前で呆気に取られていた奴の手を思いっきり蹴り、その手に握っていた剣を奪い取る。
そのまま左上から大きく、弧を描いて斬り下ろす。
「あ」
人より大きいのは伊達じゃないのか、骨が硬い。
体ごと切り捨てるつもりだったのに心臓の近くで剣が止まってしまう。
呆気に取られるのも一瞬で、すぐ気を取り戻して剣を引き抜ける。
引き抜くと同時に暖かい血が頬を濡らす。
振り返ると槍に刺された奴は他の者達によって逃げられているのが見えた。
遠くには一人で逃げる奴らも見える。
戦おうとする意志は完全に消えたみたいだ。
目の前で私と見詰め合う奴らは今でも逃げたいと思っている。
兵士なのに、これくらいの出来事で怯えるなんて。
寄せ集めた民と同じではないか。
人が足りないのはリルの国だけじゃなかったみたいだ。
このまま睨み合ってもきりがないと思ったのだろう、何匹かの敵が私に向かって走り出した。自分達だけで、真っ直ぐに私に向かって。
囲むつもりなどないみたいだ。
最初に私の前に立った奴の喉に深く剣を突き込む。
「ふぅっ!」
そのまま剣に思いっきり力を込めて、頭を切り落とす。
それを見て近付く奴の中で数人か立ち止まった。
それでも私に近付いて来る奴は残っていて、落ちた頭を近付いて来る奴に向かって蹴り飛ばすと同時に走り出した。
無鉄砲に私を狙い、大きく武器をかざす奴が何匹がいる。
目の前を通ると揮うつもりなのだろう。
そんな無防備な奴らの腕を狙い、剣を揮う。
骨が人間のものより硬いけれども、腕は細いので。
剣に当たった腕は裂かれるように切り落とされる。
先程、変なところに当たったせいなのか切れ味が悪い。
元々使っていた剣を投げつけて、切り落とした腕から剣を奪い取った。
「……」
次を狙って走ろうとしたが、もう私に近付いて来る者はいなかった。
皆、怯えている。
そろそろ引き時だろう。
奪った剣をその場に捨てて、無防備に背を向ける。
安心した気配と、拭いきれない恐怖が、私に伝わって来る。
わかるよその気持ち。
さっきまで戦っていた得体の知れない奴が急に帰る時が一番怖いもん。