五。
大きい壁の向こうには、街が広がっていた。
人々がたくさん歩き回る街が。
今まで私が行ってみた城とは全く違う。ここは、城と言うより街に近い。
ここが国で王様もいるのならば、他のところとは比べられないほどの高い建物があるのが当然だと思うが、ない。
「もう少しだけ耐えてくださいね」
高さはほとんど同じだ。
偉い人は主に、上から目線が好きで、住処から普段の人より高いところを選ぶはずだが…
ここは広さで偉い気持ちになるみたいだ。
「広っ」
「ここに住んでいる人も多いので」
「人多いね。なんか、危なそうだったけど」
「危機を感じた人の多くがこの街まで逃げて来たので……普段はもう少し落ち着いた雰囲気ですよ」
ここなら安全なのだろうか。
先程、あまり詳しく聞いてなかったからどれくらい酷い状況なのかはよくわかってない。
「そろそろ見えますね」
私が思いっきり両手を広げて、横に十人くらい並んでようやく埋まりそうな入口を通る。
まだ先にはこれくらい大きい門みたいなのが三つくらい見える。
そしてその奥には、屋敷みたいなものが一つ。
ちょっと広過ぎないか、ここ。歩いたら少なくとも30分はかかりそうだけど。
「勇者様、ここからは歩きましょう」
「…うん」
歩くのか、あの距離を。
このまま馬に揺られながら行きたいけどぉ。
「…勇者様?」
正直、下手したら地面に背中を預けるようになりそうで馬の上から降りるのが怖い。
「あぁ…」
おどおど、右左に足場を探していたら突然、後ろが虚しくなってしまう。
飛び降りたのか。
「はい、降りて来て下さい」
そのまま私の隣まで来て、手を差し伸べ、ほのかに笑みを浮かべる。怖くないよーって顔だ。
病院に行きたくなくてわがまま言っていた私に両親が見せてくれた顔とかなり似てる。
人をあやす時に、人はこういう顔になりがちだ。
この顔を見ると大丈夫って思ってしまう。
「うぁっ」
あ、転んだ。押し倒しちゃうかも。
こんなとこに倒れたら背中痛そうなのに。
「あら、勇者様ったら。大丈夫ですか?」
え、やばっ。
なんで受け止めれるの。
「う、うん……」
さっきから思うけどこの子ちょっと強過ぎない?
「ささ、まずは父上の顔を見に行きましょう。よろしいですか?」
「うん…」
なんか嫌だな…
勇者様って呼んでるけど、この子私のこと可愛いマスコットみたいに思ってるもん。
神様なのに。
「勇者様」
「うん?」
「名前を聞いてもよろしいでしょうか」
名前、ぁ。
まだ名乗ってなかったんだ。
「私、朝比奈紬って名前だよ」
「紬様ですか」
うぁああ、紬様ってなんか恥ずかしい。
何年ぶりだろう、紬様って。
んー、初めてなのかな?神様やってたころは紬じゃなかったし。
「どういう意味ですか?紬って名前」
「糸から布を織るように、こつこつと自分の夢を叶えてって意味だよ」
「素敵な名前ですね」
「もちろん。私を一番思ってくれる人が作った名前だから」
前は色々、名前多かったな。
みんな好き勝手に呼ぶからねぇ。
名前はやっぱり、自分を愛する人がつけてくれたのが一番だよ。
「リルはどういう意味なの?」
「私は…叔父上の名前をそのまま貰ったので」
この世界でリルって名前は男の名前なのか。
「それもいいじゃん」
「そうでしょうか」
「家族の名前をそのままあげるってのは、その人ほど好きってことじゃん」
「ふふ、そうですね」
友達や家族の名前を自分の子につけるのはどうしてだろう。愛を示すためなのか。