十六。
城の中に戻っても、リルの姿が見えない。
前は向かてくれたのにな。
ま、取り敢えずお風呂入っちゃおう。
疲れたんだし。仕事も終わったし。
なんだか気持ちがいい。
「ふんふん♪」
廊下を歩く足音に合わせて、鼻歌を口ずさんでしまうくらいだ。
ちゃんと仕事が終わったからなのかな。
ここのお風呂が広いからから上機嫌になったのかも。
あれって偉い人が下の人に色んな事を命令するために大きく作ったのかな。
それとも複数人が一緒に使うために大きく作ったのかな
ま、どっちにしろ広いからいいか。
とにかく風呂入っちゃお。
うきうきしたまま風呂場の中に飛び込んだ私を迎えたのは――
「ぁ」
「あら、お帰りなさい紬様」
リルの背中だった。
ちょっと栗色の肌と、右肩から腰まで届くほどの大きな傷跡が目に入る。
結構大変な人生を歩んで来たのか、この子は。
ただのお姫様じゃなかったんだ。
「ただいま」
お風呂に入るところだったのかな。でも周りに人は見えないな。
リルって、一人でお風呂入る人だったのか。
お姫様なら何人かと一緒に入ったりすると思ってた。
「お風呂ですか?」
「うん。そのつもりだった」
「では、一緒に入りましょう」
やっぱり変わった人生を送って来たみたい。偉い人は自分は存在すら尊いって思ってお風呂はもちろん、一緒にご飯を食べることも厭うのにな。
敬語もなんだか適当だし。
実は姫様じゃなかったりするのかな。でも魔法使えるし。
「ささ、脱ぎますよー」
「はぁい」
お姫様にしては面倒見がいいのもどっか変だよな。
姫様って面倒を見られる側だと思うのに。
とにかく、服を脱いでリルと一緒にふろ場の中に入った。
ほどよい湯気が広がっているな。
リルが偉い人っぽくなくても、ここは確かに偉い人が使う場所みたい。
滑らないし。
「仕事は終わったんですか?」
「終わったよ」
「凄いですね。流石勇者様」
「まぁね」
水を尻尾を軽くかけて、シャンプーで隅々まで洗い、流す。
水に濡れて重くなった尻尾をだらんと垂らしたまま次は体に水をかける。
異世界というのに現代の、私が使っていたシャワーヘッドとそっくりなものがあるのはとても変だ。魔法的ななにかがあるわけではなく、普通に水を繋げて使うということもまた、変。
「紬様、耳がなくなりましたね」
「ぉん?あ、耳は寝る時だけつけるの」
「耳なのに自在に出来るんですね」
「そうそう」
私ったらいつの間にか耳をしまっていたみたい。
耳って生やしたら音がもっと大きく聞こえるけど、動く時頭の上でぴょんぴょんするから邪魔なんだよね。
「お……」
「なに勝手に触るの」
「濡れた尻尾も結構いいものですね。枕みたいです」
「こらっ、離れぃ」
濡れた尻尾をぶんぶんと振って、抱き着いたリルを軽く叩く。
「小動物が悪戯してるみたいで可愛いです」
軽く叩いたのが逆効果だったみたいだ。
手だけじゃなく、全身を使って尻尾を抱きしめて来た。
もう先っぽ以外動かせない。
「離れって」
「ふふふ。駄目です」
最初の時とは別人かってくらい変わったな。
あれ、最初って言葉で思い出したけど。
馬から降りてから王様の顔を見に行くって言われた気がするな。
でも王様の顔って今まで見た事がないな。見に行こうとしたけど、引きこもりのお父さんが断ったせいで行けなくなったのかな。
ぅーん?あれ?
「ささ、体流しますよー」
ちょっとぼーっとしてただけなのにいつの間にか全身が泡だらけになってた。
「終わりました。さぁ、お湯に入りましょう」
「はーぁぃ」
最近、あっという間になにかをされる時が多いな。
ちょっと気を抜きすぎて生きてるのかも。