十一。
「狐様、勇者様なんでしょ?」
「そだよ」
ルリと名乗った姫様がぎゅっと距離を詰めて私を見上げてきた。
「お姉様に攫われた人」
「そうだね」
こうしてじっと顔を見ると、似てるような、似てないような、曖昧な顔をしている。
髪の毛は桃色では無い。茶色だ。目の色も、リルは桃色なのにこの子は黒色。
母親が違う姉妹なのだろうか。
王様は浮気者だからその可能性が一番高い。
「かなり強いんだって聞いたよ」
「そう」
にしても、なにか違和感を感じる。
違うって。
私の勘も言っている。
何が違うのかまではわからないけど。
「お手合わせ願います」
「なにを?」
「殴り合いの方」
「なんで?」
「こう見えても私、軍を率いる人なので」
「殴り合いいらなくない?」
「いいえ、殴り合いの才こそ指揮官の持つべき素養なのです。だから」
うん、私の直感は優秀だな。
この子変。
自ら戦いたいって言う人はたくさん見たけど、初めて会う人に戦ってって言う人は久々に見た。
「嫌だよ。今日出かけてきたんだし、疲れた」
「いいえ勇者様ならできると思います。連戦」
「無理無理。私普通の人間だから」
「普通の人間に尻尾はない」
「普通の勇者様だから」
「勇者は普通じゃない」
この国の偉い人は、その子供はみんな変人なのかもしれない。王様は引きこもって、長女は王様がいなくなれば私が王だって言って。目の前のこの子は初めましての人に戦おうって言って。
こんなで適当な国だから、魔王にやられる危機なんじゃないかな。
立派なお城は作れるのにね。
「さぁ、勇者様はどんな武器を使うの?剣?槍?鎌?斧?弓もあるけど」
「使わない」
「拳で戦うんだ。素敵」
「違うの。戦わないっていみ」
「いいえ戦う。勝ったらなんでもしてあげる」
初めましての人が何でもしてあげるって言っても、あまり魅力的ではない事を知らないのか。
「嫌だ」
「断り続けば無理矢理襲い掛かるぞ」
「なんでそうなるの。普通諦めるでしょう」
「諦めは死んだ時にすると決めた」
王様が引きこもっちゃって、娘達の教育に悪影響を及ぼした事に違いない。
「そんなに嫌?」
「嫌」
「なんで?」
「私仕事は一日に一回だけって決めたの」
「じゃあ遊ぶって思って戦って」
「子供と遊ぶのは仕事だよ」
逃げようかな。
隙を見てリルのところまで逃げたらなんとかなるんじゃないか。長女だし、次期王様だし。
「な、君」
「なに?その気になった?」
「目閉じて、10数えてみて?」
「うん」
見た目は高校生みたいだけど、やる事は小学生だな。
全部王様のせいだ。
ま、おかげで逃げるのが楽になった。
「いち」
今のうちに逃げちゃお。
「に……」
音を立てないように気をつけて、走る。
数える音が聞こえる前にその場から離れて、リルのところに向かう。
10秒あれば、部屋の前までは行けるだろう。
風音が耳をくすぐる。建物の中に入っても、それは変わらない。
顔を叩く風も、中でも外でも同じだ。
涼しい。
今朝走ったせいでちょっと速さは落ちていた。
弱いなぁ私。
恐らく10秒くらい経った頃、リルの部屋についた。
「リル!」
「あら、紬様」
まだ仕事中だったようで、先程見た眺めとあまり変わってない。
眼鏡もかけたまま。
「妹が現れた!」
「どういう……意味ですかね」
「リルの妹」
「はぁ……」
全然知らない顔してるな。
妹が多くてぴんとこないのだろう。
「ルリって名前の女の子だったけど」
「あぁ、ルリですか」
「自分と殴り会えって」
「昔からそういう子でした。大目に見てください」
「そうなの?」
王様やばいな。普段からあんな娘に育てたの?
「それより紬様、入ってください。そのまま立っているとルリにバレちゃいますよ」
「うん」
リルに言われた通り部屋の扉を閉じ、リルの部屋に入って行った。
中は外よりほんのり暖かい。
「ほら、もう少し近く」
「尻尾が欲しいの…?」
「よくご存知ですね」
「嫌だけど……」
「尻尾で面倒事から逃れるんですよ?」
「ぅぅ…ちょっとだけよ。噛むのも禁止」
「ふふふ、頑張ります」
リルも変なのは同じか。
こんなつやつやな尻尾を見て噛みたいって思ってるんだから。