注文の多い観覧車
「何かおかしい…」
私は ”世界一大きい観覧車” という触れ込みであった観覧車のゴンドラに乗りながら怪訝な顔をしていた。
その ”世界一大きい” という触れ込みに釣られて事前調査もせずに乗り込んでみたのであるが、どうにもこの観覧車には奇妙な点がいくつもあった。
観覧車に乗る前にしなければいけないことが多すぎるのだ。
観覧車に乗って景色を見るだけであるというのに、上着はおろか、Tシャツやズボンなど、下着を除いてすべての服を脱がなくてはならなかった。
そればかりか、人間ドック並みに個人情報を記入することが求められた。
電話番号や、住所、性別についてはまだ分かる。
観覧車内での事故に対して保険を適用するのに必要なのかと考えられるし、
自分が乗り込んだゴンドラが、例のウイルスの感染者のものだと判明した際の連絡手段だとも考えられるからだ。
しかし、ジェットコースターではあるまいし、身長や体重?
ましてや血液型、過去に患った病歴、女性であれば妊娠の有無、今日の体温まで尋ねられたのは意味がわからなかった。
それでも、すぐ近くにスタッフもいなかったし、渋々私はその調査票を埋めていった。
最も不可解であったことは、服を脱がなくてはならなかったこともそうだが、
服を脱いだ後、唐揚げを揚げる前の工程のように自分の体に謎の白い粉がまぶされたことだ。
自分の下着を砂糖がまぶされたガトーショコラのように汚されたこともあって我慢できなかった私は、その作業を担当していたスタッフの者に理由を訪ねたが、
彼の声が思ったより低かったのと、焼却炉で働く人のような全身を覆い尽くすツナギで声が籠もっていたせいで、何を言っていたのかよくわからなかった。
結局、何一つこの不思議な観覧車に乗るための儀式の理由はわからないまま、
「それでは、良い空の旅を」という、飛行機を想起させるようなセリフに見送られて、
私は今、観覧車のゴンドラの中にいる。
*****
私は震えていた。
私のいるゴンドラ内の気温が、高度が上がるのに伴ってどんどんと下がっているように感じる。
観覧車に乗り込む前に服をすべて脱がされたこともその寒さに拍車をかけている。
「ガチガチガチガチガチガチガチガチ」
乗り込んだばかりの頃は、私の耳に入ってくる音は観覧車が回るときに生じる機械音と私の息遣いだけであったが、今ではそれは私が寒さのあまり歯を打ち合う音に変わっている。
「さ…寒い…これは本当にまずいぞ」
私は観覧車の外へ助けを求めるべく、自分のスマホを探るが、当然それは数十分前に上着とともにスタッフに預けてしまった。
また、観覧車の中に緊急時に連絡を取るためのボタンがないか探してみたが、いくら探してもそんなものは見つからなかった。
「ガチガチガチガチガチガチガチガチ」
そんなとき、命の危機を感じた私の脳細胞が必死に動き回っていたからだろうか、
私の頭の中に恐ろしい仮説が思い浮かんだ。
***
宮沢賢治の「注文の多い料理店」を読んだことはないだろうか。
私は、4歳の頃、母親にそれを読み聞かせてもらい、猟師の情けなさに呆れ、犬の勇敢さに感動したのを覚えている。
あらすじは、料理店に入った猟師が料理を食べる前に不可解な作業をさせられ、それは自分たちが食事をするための準備だと思っていたが、実は、猟師たちは食べられる側で、わざわざ自分が食われるための下ごしらえをしていたのだったという感じであったはずだ。
思い返すと、私が今までさせられてきたことはそのお話で猟師がさせられていたことにそっくりである。
食べたときにじゃまにならないように金属機器を外され、衣服を脱がされ、クリームこそ塗りたくっていないものの、よくわからない白い粉をまぶされた。
きっと、乗る前に自分の体のことを調べられたのは、一旦私をこのまま冷凍してカチンコチンにして保存した後に、最も美味い食べ方で食ってしまうためなのであろう。
***
「ぅわあっあぇうっぅうぅ」
自分がこのまま食われるために凍死させられることに気がついた私は半狂乱になってこの冷凍庫から脱出しようとした。
「ドンドンドンドンドン」
必死にドアを叩いてドアをこじ開けようとするも、強化ガラスか何かで作られた透明なドアは外側から鍵がかかっていてびくともしない。
「ガリガリガリガリガリ」
ドアとドアの間に爪を突き立ててどうにかしようとするも、どうにもならない。
「ドシン ドシン」
裸足の足で床を叩いて穴をこじ開けようとするも、かかとの骨に激痛が走るだけで何も起こらない。
「うおおおーっ、ゴンッ!」
自分が乗っているゴンドラをぐらつかせてゴンドラごと地面に落とそうと、壁に向かって思いっきりタックルをするも、さすがは最先端の観覧車か、観覧車の首にゴンドラが固定されていて、強風が吹いてもゴンドラが揺れないようになっている。
「はあ…はあ…」
放心状態で観覧車の天井を見上げてみると、ひときわ大きな換気扇が目に入った。
私は、最後ののぞみをかけて換気扇に近づく。まずは、換気扇の蓋を外そうと、換気扇の蓋を掴んで、ぶら下がるが、はずれない。
それでも、かすかに動いたような音がしたため、今度は蓋に全体重をかけて、暴れまわる。
「ガコッ」
すると、換気扇の蓋ばかりか、プロペラの付いた換気扇の装置が丸ごと、ケーブルを率いて、観覧車の壁から外れた。
観覧車にポッカリとちょうどA3用紙大の四角い穴が空く。
「まだ観覧車の首は下を向いている。まだ高度が低いうちに飛び降りれば助かるかもしれない。」
寒さのあまり、正常な判断ができなくなっていた私は、開通した穴に急いで体をねじ込み、飛び降りた。
*****
テレビの中のニュースキャスターは告げる
「先日の15:34頃、〇〇区で、『空から人が降ってきた』との通報がありました。駆けつけた警察官によると、遺体は全身を強く打った状態で発見で発見され、下着姿で身分を示すようなものは身につけていませんでした。警察は、身元の発見を急ぐとともに、殺人事件の疑いがあるとして調査を進めています。」
ある会社のロビーだろうか、男が二人テレビの前に立っている。
話のじゃまになるからと言って一方の男がテレビのスイッチを切り、話を始める。
「いやー社長、我が社が始めた ”世界一大きい観覧車” !
『あまりの大きさのあまり、一周するために時間がかかり過ぎる』という弱点を解消するため、コールドスリープで一度眠らせてから、観覧車が頂上に来たときに、解凍して景色を見させるという仕組みを導入してからタイムパフォーマンスを重視する若者ウケが良くなって売上が右肩上がりですよ」
「ああ、だが評判が上がっても、コールドスリープに失敗して、客を死なせてしまったら元も子もない。」
「その点は心配なく。客に合わせて適切なコールドスリープの操作を加えるため、観覧車に乗る前に入念な調査を行っていますよ。また、誤差が出ないように、衣服は下着を除いてすべて脱いでもらってから乗車してもらっています。」
「はっはっは、それは良かった。それで観覧車のCMの件なんだが…」
蟹卓球です。5作目でした。
もともとは観覧車で凍らせてアイスのように食われるということを主人公が想像するようにするつもりでしたが、しょっぱいアイスってあまり美味しくなさそうなのでやめました。