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第5章 冬の告白

12月の谷はすっかり静まり返っていた。冬の冷たい風が吹き抜け、枯れた木々が月光に照らされて影を作る。畑もワイナリーも、すべての作業が一段落し、レイノルズの家にはしんとした空気が漂っていた。


レイノルズは暖炉の前でワインを片手に座っていた。簡素な夕食を終えた後、手持ち無沙汰な時間を過ごしていると、カイルが隣に腰を下ろした。


「なんだ、お前も休むのか?」


「さすがに寒いからな。」


カイルは肩をすくめ、黒い羽根を小さく震わせた。彼の背中から流れる羽毛は、暖炉の火を受けて柔らかく光っていた。


「この谷も、静かだな。」


カイルがぽつりと呟いた。その声には、どこか切ない響きがあった。レイノルズは彼を横目で見ながら、軽く頷いた。


「冬は静かなもんだ。命が息を潜めてるからな。」


「……でも、お前のワインは生きてる。」


レイノルズはその言葉に一瞬目を見開いた。


「……どういう意味だ?」


「お前の作るワインは、ただの酒じゃない。飲むたびに、命の記憶が流れ込んでくるんだ。」


カイルは金色の瞳を細め、静かに微笑んだ。その微笑みに、レイノルズの胸が少しだけざわついた。


「大げさだ。」


「本当だよ。俺が言うんだから、間違いない。」


その確信に満ちた言葉に、レイノルズは思わず笑った。そして、カイルが何を言いたいのか少しだけ理解した気がした。



その夜、初雪が谷に降り始めた。窓の外では静かに白い結晶が舞い、地面を覆っていく。レイノルズは暖炉に薪をくべ直し、再びソファに腰を下ろした。


「なぁ、レイ。」


カイルがふと彼を呼んだ。その声は、いつもと違い、どこか真剣だった。


「ん?」


「俺、いつまでここにいていいんだ?」


その問いに、レイノルズは答えられなかった。心のどこかで、彼が去る日が来ることを薄々感じていたからだ。


「……お前がいなくなるなんて、考えたくもない。」


それだけを口にすると、カイルは驚いたようにレイノルズを見つめた。


「俺も、ずっとここにいたい。」


その言葉に、レイノルズは目を閉じた。彼の胸の中で、カイルに対する感情がどんどん膨らんでいくのを感じていた。



夜は静かに更け、暖炉の炎が揺れるたびに二人の影が壁に映る。ワインの香りが漂う中、レイノルズはグラスを片手に、カイルと向かい合って座っていた。部屋には薪がはぜる音と、時折聞こえる風の音だけが響いている。


「レイ。」


カイルが柔らかな声で名前を呼んだ。その声に、レイノルズは少しだけ眉をひそめた。


「なんだよ。」


「……お前が好きだ。」


その一言に、レイノルズは思わず動きを止めた。グラスをテーブルに置き、彼はカイルをじっと見つめる。その金色の瞳はいつになく真剣で、微かに震える黒い羽根が彼の緊張を物語っていた。


「好きって……そういう意味か?」


レイノルズの低い声に、カイルは頷く。目を伏せたかと思えば、再びまっすぐに視線を合わせてきた。


「そう。お前が好きだ。ここで一緒に過ごして、お前のワインを飲んで、話して……気づいたら、俺の中でお前が全部になってた。」


その言葉に、レイノルズの胸の奥がじわりと熱くなる。だが、それを素直に受け入れるには、彼にはまだ少し勇気が足りなかった。


「……俺なんかでいいのか?」


レイノルズは自嘲気味に笑いながら呟いた。カイルは首を振り、言葉に力を込める。


「お前じゃなきゃダメなんだよ。」


その真剣な声に、レイノルズは目を閉じた。そして、静かに手を伸ばし、カイルの肩に触れる。その感触は、まるで羽根のように軽く、しかし心の中に確かな温もりをもたらした。


「馬鹿だな。」


そう呟いたレイノルズの声には、驚きと安堵、そして微かな愛情が混ざっていた。


カイルは微笑むと、そっとレイノルズの手に自分の手を重ねた。黒いグローブ越しでも、彼の温もりが伝わってくる。その距離が縮まるたびに、部屋の中の空気が少しずつ熱を帯びていく。



カイルの黒い羽根が優しく揺れ、彼の身体がレイノルズにそっと寄り添った。二人の距離は限りなく近づき、互いの心音が静かな夜に溶け込む。


「レイ……」


カイルの声が震えたのは、緊張か、それとも期待か。彼の金色の瞳が潤み、ほんの少しだけ悲しげな色を宿している。


「本当に俺でいいのか?」


今度はカイルが問いかけた。その問いに、レイノルズは無言で頷き、彼の頬に手を添えた。その瞬間、カイルの瞳に浮かんでいた不安は、一瞬にして消え去った。


互いの呼吸が混ざり合い、触れ合う手の温もりが言葉以上の感情を伝えていく。

カイルの黒い羽根がレイノルズの肩を覆い、まるで彼を包み込むように寄り添った。


その夜、二人は初めて心を完全に通わせた。



翌朝、窓から差し込む光が、黒い羽根に優しく反射していた。レイノルズはベッドの端に座り、まだ微睡むカイルを見つめている。その無防備な姿に、彼は思わず小さく笑った。


「……本当に、面倒な奴だな。」


「おはよう、レイ。」


カイルが目を開け、微笑む。その笑顔は、彼の中に隠れていた不安を全て溶かすほど温かいものだった。


「おはよう。」


レイノルズは短く答えながら、カイルの髪にそっと手を伸ばす。その仕草にカイルは一瞬だけ目を細め、安心したように息をついた。


「昨日のこと、後悔してないか?」


カイルの問いに、レイノルズは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んで答えた。


「するわけないだろ。お前がいなかったら、俺はきっとここまでやってこれなかった。」


その言葉に、カイルは頬を赤らめながらも、嬉しそうに微笑んだ。


「なら良かった。……俺も、ここにいていいんだな。」


「勝手に決めるな。お前が役に立つなら、ずっといていいさ。」


その言葉に、カイルはくすりと笑い、ベッドから跳ね起きた。


「じゃあ、今日は昨日よりも働くよ!」


その元気な声に、レイノルズは思わず笑いながら頷いた。黒い羽根が光を浴びて輝く姿を見ながら、彼は胸の奥にじんわりと暖かい感情が広がるのを感じていた。


こうして、新たな一日が静かに始まった。

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