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第2章 芽吹きと共に

朝日が谷全体を包み込み、畑に並ぶブドウの木々が黄金色に輝いていた。若い芽が風に揺れ、生まれたばかりの命を誇るように畑全体が輝いている。


カイルはその光景に目を奪われていた。


「……命の谷って、こういうことか。」


呟きながら振り返ると、レイノルズが黙々と剪定ばさみを動かしていた。その背中には疲労の色が見えるが、作業を止める気配はない。カイルはしばらくその姿を眺めていたが、やがて剪定ばさみを持ち、自分も作業に加わった。


「……お前も働く気になったのか?」


振り返らずに問いかけるレイノルズの声は、少しばかり驚きを含んでいた。


「まぁ、俺なりに手伝うさ。」


軽い調子で答えるカイルだったが、その目は真剣だった。レイノルズが指示を飛ばすと、カイルは素直にそれに従いながら、徐々に慣れない作業を覚えていった。



作業を続けるうちに、カイルはふと小さな虫を見つけた。それは幹に潜む害虫だった。


「これ、害虫だよな?」


「どれだ?」


レイノルズが手を伸ばした瞬間、カイルは咄嗟に虫を隠した。その動きにレイノルズが眉をひそめる。


「おい、何を隠してる?」


「……俺が処理するよ。」


カイルは視線を逸らし、黒い手袋を握りしめた。


「その手袋、なんなんだ?」


レイノルズの問いに、カイルは少しだけ間を置いて答えた。


「これがないと、俺は命に触れすぎる。」


その言葉の意味が分からず、レイノルズは首をかしげる。だが、カイルの真剣な表情に気づき、それ以上追及するのをやめた。


「分かった。お前がやるなら任せる。」


カイルは小さく頷き、虫を慎重に処理しながら、遠い記憶に思いを馳せた。



夕食を終え、暖炉の前で二人は寛いでいた。静けさを破ったのは、レイノルズの問いかけだった。


「お前、なんでここに来たんだ?」


カイルは薪の炎をじっと見つめながら答えた。


「俺には未練がある。生前、やり残したことがあって、それを整理しに来たんだ。」


「未練って、なんだ?」


レイノルズが問い詰めるように訊いたが、カイルはその質問には答えず、言葉を濁した。


「この谷は不思議な場所だな。命が輝いてて……けど、どこか刈り取られる感じもする。」


「……何が言いたいんだ?」


「お前の仕事と似てるってことさ。」


カイルは笑みを浮かべたが、その目の奥にはどこか儚げな光が宿っていた。



夜が更け、部屋には暖炉の炎の音だけが響いていた。ベッドに横たわるレイノルズの横に、カイルが腰を下ろした。


「なぁ、俺、ここにいていいのか?」


カイルの声には弱さと切なさが混ざっていた。


「好きにしろ。」


レイノルズは素っ気なく答えたが、その声にはどこか柔らかさがあった。


カイルは静かに手を伸ばし、レイノルズの肩に触れた。その温もりに、レイノルズの心臓が大きく跳ねる。


「お前、あったかいな。」


その囁きに、レイノルズは何も言わず、ただ目を閉じた。



翌朝、レイノルズが目を覚ますと、カイルは窓辺で外の景色を眺めていた。


「お前、いつからそこに?」


「ずっと。お前の寝顔、案外可愛いんだな。」


「ふざけるな。」


レイノルズは照れ隠しのように言いながらも、心のどこかでカイルの言葉を受け入れている自分に気づいた。


「今日も忙しいぞ。覚悟しろよ。」


レイノルズの言葉に、カイルは笑顔を見せて頷いた。


「いいね。お前と一緒なら悪くない。」


その言葉と共に、カイルは畑へと向かった。その背中を見つめながら、レイノルズは小さくため息をつく。


「……本当に変な奴だ。」


だが、その呟きには、確かに温かさが込められていた。

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