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プロローグ:命の谷

夜明け前の静けさが谷を包み込んでいた。黒い山影が空を割り、東の空には微かに金色の光が広がり始めている。ここは「命の谷」と呼ばれる場所。豊かな森と果樹、そして静かに佇むブドウ畑が広がるこの谷は、古くから命と死を司る存在が宿ると伝えられてきた。


その谷の中心に建つ古びた家の中、老いた男がベッドに横たわっていた。レイノルズは窓から見える景色をじっと見つめている。長い人生を歩んできたその目には、数え切れない思い出と、これから訪れる旅への覚悟が浮かんでいた。


「……これで全部、終わりか。」


誰にともなく呟いたその声は、冷えた空気に吸い込まれていった。彼の手は、かつて祖父から受け継いだブドウ畑を守り抜いた年月を物語るようにしわくちゃで、だが力強い。全てを終えたという安堵感が、彼の胸には確かにあった。



その時、不意に部屋の扉が静かに開いた。風が吹き込み、ランプの灯が僅かに揺れる。レイノルズは目を細め、誰が来たのかを確かめようとした。


「……レイ。」


柔らかな声が彼の耳を打つ。忘れようとしても忘れられない、どこか懐かしい声だった。


目を凝らすと、そこには一人の青年が立っていた。黒い髪は月明かりを受けて艶めき、金色の瞳が穏やかに輝いている。その背には大きな黒い羽が広がり、神秘的な存在感を放っていた。


「……お前、カイルか?」


思わず口にしたその名前に、青年は柔らかな笑みを浮かべて頷いた。


「久しぶりだな、レイ。待たせてしまった。」


その声を聞いた瞬間、レイノルズの胸に忘れていた温かな感情が蘇る。それは40年前、この谷で出会った彼との特別な時間の記憶だった。


「待たせたな、レイ。迎えに来たよ。」


そう言ってカイルはそっと手を差し伸べる。その手を見つめながら、レイノルズは微かに笑みを浮かべた。


「……こんな年寄りを迎えに来るなんて、お前も物好きだな。」


「俺にとっては、お前だけが特別だからな。」


その言葉に、レイノルズは力なく笑いながら、彼の手をゆっくりと取った。



それから二人は静かに外を見つめた。谷には春の息吹が満ち、クロウタドリのさえずりが風に乗って響いている。40年という月日が紡いだ物語が、また新たな旅路へと続いていく。


こうして、命の谷で始まった二人の物語が、再び動き出す。

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