ほんの小さな試みのなかで
地球の燃える地の上に一人の少年が立っていた。服は裂け、痩せこけた身体には汗をかくほどの水分も残っていない。視力も、ほとんど失われていた。
少年は灼熱の太陽の下で、自分の胴よりも長く重い銃を抱えていた。実際のところそうでは無いのだが、彼は、それが父の遺物だと思い込んでいた。少年の両親は敵に殺された。しかし、それが不条理であるということを、少年は知らなかった。
少年はたくさんのことを知らなかった。自分の生まれた地域がどういった場所であるのかを知らなかった。命がもう尽きようとしていることを知らなかった。別の国で、この争いが宗教戦争と呼ばれていることを知らなかったし、敵の目的も、仲間の目的も知らなかった。銃の使い方も知らなかった。そして、彼の抱える武器にはもう弾が残されていないということも知らなかった。
しかし少年は知っていた。全ては神の試みであるということを知っていた。戦いの意味も、武器の使い方も、知る必要がないことを知っていた。そんなことを知っても無駄であるということを知っていた。それは諦観ではなかった。彼は神を信じて疑わなかった。それは、ちんけな救いや戒律ではなく、抗うことのできない運命そのものの存在であった。
少年はまっすぐへ歩き出した。水や食料や仲間の方角は知らなかったので、ただ正面へ歩くことが運命だと思った。太陽に焼かれ、身体中の皮膚が紙切れのように裂けた。それでも歩いた。大きな銃を手放すことも決してしなかった。
いつのまにか、頭上に二、三羽の鳥が旋回していた。ぼんやりとした視界の中でも、それらが自分の朽ちかけた肉を狙っているということを、少年は容易に察した。その鳥は、父や母が「しにがみ」と呼んだ鳥だった。
救いだった。
少年は恐れ慄いたが、それは救いだった。
自然に淘汰されることは、大いなる存在に包容されることとなんら変わりはない。少年はこれから、鳥の一部となり、その糞となり、土壌や、木や、雲や、雨や、海になるのである。永遠の命の中で、小さな試みを繰り返し、星の中を旅するのである。
少年は鳥から逃げようとした。走ろうとしたが、足が絡まって転んだ。ひび割れた地面の溝が、一箇所だけ少し深かったのは、きっと偶然である。
その後のことは、誰も知らないし、誰もが知っている。
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