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捨てられた令嬢は、復讐のために隣国の公爵に嫁ぎました

作者: 水空 葵

「あの娘、どうやって消そうかしら?」


「そうだな……適当に侯爵辺りの後妻にでもすればいいだろう」


 扉越しに聞こえる義母と実父の声に、胸が締め付けられるような感覚に襲われてしまう。


 私、レティシエル・スカーレットが義母のマリアンヌに嫌われていることには気付いていたけれど、実父までもが私を捨てようとしているとは思いもしなかった。

 涙は堪えたけれど、代わりに怒りが湧いてくる。


 この人たちは、私に仕事を押し付けるだけ押し付けて、最後には切り捨てるつもりだったらしいから。


(この屋敷の扉は薄いのに、気付いていないのね)


 私が生まれたスカーレット伯爵家は、昔から外面だけは立派な家だった。

 領地は人々が訪れる場所は栄えていても、領民達が暮らすのはやせた土地ばかり。


 そんなのだから税収なんて大して得られないのに、見栄だけは張るものだから、生活は決して良くは無い。

 日々の食事は平民のよりはいいけれど、伯爵家としてはかなり劣っている物ばかり。


 私が暮らしている屋敷だって、外面だけは豪奢に作られていて、見た目だけなら侯爵家を思わせるくらいだ。

 けれど中身はスカスカだから、本来は会話が漏れてはいけない扉は耳を当てなくても会話が丸聞こえ。



 天井はよく見ないと分からないけれど、これもペラペラだから中央に向かって垂れ下がってしまっている。模様で誤魔化しているけれど、いつかは落ちてきそうだ。


 私の私室の隣は、元々お母様の部屋だったけれど、今は義母が使っていて、数日に一回は知らない男の声が聞こえてくる。

壁が薄いせいで振動だって伝わってくるから、何をしているのかは考えるまでもない。


 ユリウスお兄様の隣の部屋にあるお父様の部屋からも振動が伝わってくるらしいけれど、こちらは女性の声が聞こえたことは無いという。

 お父様は領地の統治が上手ではないけれど、誠実なのよね。


 そんなお父様に付け入ろうとしていた人を追い返していたお母様は、私に「幸せになりなさい」と言い残して亡くなってしまったから、誰も助けてくれない。


 だから義母に足元を見られているし、その結果がさっきの会話だと思う。

 でも、性格がどうであれ、実の娘を不幸にしようとしている事は変わりないのだから、やっぱり怒りが収まる気配は無い。


「マリア。やっぱり今日のパーティーに行くことにしたわ。

 今からでも間に合うかしら?」


「もちろんです。もうドレスの用意はしてありますから、こちらへ」


 夜会に行くと、必ずと言って良いほど欲望が透けて見える殿方に何度も声をかけられるから、避けていたけれど……いい加減に婚約者探しをした方が良さそうだ。

 だから、重い腰を上げて、専属侍女のマリアに声をかけたのだけど……準備と言っても他のご令嬢方のように立派なドレスは持っていないから、すぐに終わってしまうのよね。


 嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちになってしまう。



この家の見栄の張り方はドレスも例外では無くて、外側こそ上質な布で作られている。

けれど、目立たない所は質が良いとは言えない布を使っているから、とにかく着心地が悪い。


 義母だけは内も外も立派なドレスを買っては他所の殿方を捕まえているそうだけど……。


(追い出せたらいいけれど、お父様が溺愛しているから難しいのよね……)


 私とお兄様達で新しい商会を始めてからは、多少マシなものを買えるようになったけれど、義母に見つかると全て奪いに来るから、屋敷の中は相変わらずの中身貧乏外側裕福のままだ。

 商会の方は好調だから、今は事業拡大のために費用がかさむという理由もあるけれど、これは私達で話し合って決めていることだから不満は無い。


「これで完璧ですわ」


「外側だけよ。着心地は相変わらず最悪だわ」


「ご結婚されたら、この空っぽからも離れられます。

 応援しておりますわ。お嬢様は性格も容姿も美しいですから」


「このお屋敷が崩れる前には出られるように頑張るわ」


 強い風が吹くだけで揺れる屋敷に不安を覚えながら、玄関に向かう私。

 外に出ると、先に待たせておいた立派な馬車が目に入る。


 けれど、これも立派なのは外側だけ。

 中身はクッションの無い椅子に、動き出せばガタガタと激しく震える車体。


 少しの移動でもお尻が痛くなってしまうから、馬に直接跨った方が快適なのよね。

 見栄を気にする父に乗馬での移動を禁じられているから出来ないけれど、人目が無ければ騎乗で移動した方が良い。


 義母だけは実家から持ってきたという、中身も完璧な馬車で移動しているそうだけれど。

 自分だけ贅沢をして、私達兄妹には苦労を強いる義母と父が腹立たしかった。




    ◆




 そうして激しい揺れに耐えて、ようやく辿り着いたパーティーの会場は、既に大勢の貴族達でにぎわっていた。

 まだ始まる時間では無いけれど、来た人同士で始まる前から交流をするのは普通の事。


 私も主催者である王妃殿下に挨拶をしてから、殿方から声をかけられるのを待つことに決めた。


 ちなみに、このパーティーの趣旨は公にはされていないけれど、私より二歳年上の王太子殿下の婚約者探しだと噂されている。

 殿下は今年で十八歳。貴族なら二十歳までには婚約者が居るのが普通だから、王妃殿下も焦っているのだと思う。


 良縁があっても「娘はやらん」の一点張りだったお父様のせいで、私も危ない立場だ。


「スカーレット嬢、私と一曲お願いできませんか?」


 それでも声はかけて貰えるから、相手を選ばなければ婚約は出来ると思う。

 今のお父様はポイっと私を捨てる考えのようだから、婚約したいと言えば喜んで受け入れられるに違いない。


「はい、喜んで」


 でも、今声をかけてきた人は私の好みに合わなかった。


 貴族の令息だから、身体に熱い視線を送って来るような愚行はしないけれど、少し会話したら分かってしまう。


「どうして、私に声をかけられたのですか?」


「以前からお姿をお見かけしたことがあって、どうしても忘れられなかったのです。

 大空を思わせるような大きな瞳に、絹のような金糸、それから体格も私の理想ですから」


 この人は私の容姿にしか興味が無い。

 一曲分、一緒にダンスをしながら話したけれど、私の内面を気にする素振りは一切なかった。


 私が内面を探ってみたのにも関わらず。

 今は「可愛らしい」「美しい」と言われているけれど、誰でも歳を重ねれば容姿は衰えるというもの。


 王妃様という例外もあるけれど、容姿だけを気にする人と結ばれたら、将来ポイっと捨てられてしまうかもしれないのだから。

 ……私のお母様がそうだったように。


 厄介な病に罹ってしまったのは、お父様がお母様を全く眼中に入れずに冷たくしていたからだと、今でも思っている。

 それなのに、私に声をかけてくるのは、やっぱり容姿ばかりを気にしている人ばかり。


 一切気にしないというのは無理な話だと思うけれど、内面にも目を向けて欲しいものだわ。




 時間だけが過ぎていき、疲れてしまったから壁際に下がる私。

 そんな時、初めてお見かけする殿方から声をかけられた。


「お疲れでしたら、向こうに椅子がありますよ」


「ご心配頂きありがとうございます。

私はここで大丈夫ですから、お気になさらないでください」


 装いを見ていれば分かる。このお方は、かなり地位が高い。

 それこそ、私なんかは本来お話ししてはいけないほどに。


 今すぐに逃げ出したい。


「そんなに警戒なさらずとも、この国では爵位無しの身。無礼があっても見なかった事にします」


 そんな私の心は読まれていたみたいで、気遣うような声が降ってくる。

 名前は知らないけれど、さっきまでご令嬢方の熱いアピールを受けていたこのお方も、疲労の色が見える。


「ありがとうございます。

 お互いに大変でしたわね……」


「容姿を気にするなとは言いませんが、容姿だけで決めるのは如何なものかと思います。

 この国ではそれが普通なのでしょうか?」


「残念なことに、そういった方は多いようですわ。それでは相手の心は掴めませんのに……」


 このお方は、絵に描いたような美貌を持っているから、ご令嬢の気を引いてしまっているらしい。

 私の目でも、スラリとした高身長に整ったお顔、所作の隅々まで溢れる気品には、気を惹かれそうになってしまう。


 けれど、容姿が良くても内面が残念なお方も少なくないのだから、慎重に見極めたい。

 美しい薔薇には棘があるとはよく言われているのだから。


 私のお父様のように、顔は良くても浮気に抵抗を持たないというのは嫌だもの。


「そういえば、お名前を伺っていませんでしたわ。

 私はレティシエル・スカーレットと申しますの。貴方の名前を伺っても?」


「もちろんです。

私はジェイク・フレドルクと言います。よろしくお願いします」


 お互いに名乗ってから、頭を下げる。

 フレドルク家というのは聞いたことが無いから、この国の方では無さそうだ。


「フレドルク家とは聞いたことが無いのですけれど、ここアンカー王国の出身では無いのですよね?」


「ええ。隣のヌルーポ王国で父から公爵位を譲り受けまして、今日はこちらの国王陛下にご挨拶に来ていたんです。

 このパーティー参加は、空き時間の暇つぶしですね」


「そうでしたのね。ヌルーポ王国は行った事が無いのですけれど、どんなところなのでしょう?」


 それから、しばらくお互いの国の事でお話が盛り上がった。

 婚約者探しのことは忘れていないけれど、今は気にせずにお話を楽しみたい。


 けれども、楽しいお話でも終わりはやってくるもので、少しだけ間が空いてしまった。


「そういえば、最初にお見かけしたときは何か悩んでいる様子でしたが、貴女さえ良ければお話を聞きますよ」


「ありがとうございます。

 誰にも聞かれたくないので、テラスでお願いしますわ」


「分かりました」


 そうして、お父様の義母のことをお話ししたら、ジェイク様は自分のことのように怒りを感じている様子を見せてくれた。

 まさかここまで親身になって聞いてもらえるとは思わなかったから、少し拍子抜けしてしまったけれど、気持ちは大分軽くなった気がする。


 うっかり怒りをぶつけてしまって、大慌てで頭を下げる私だったけれど、直後には爽やかな笑顔が返ってくるという紳士な振る舞い。

 内面も良いお方かもしれないわ。


「……両親は良い人なので困っていませんでしたが、結婚直前に婚約者に浮気されてしまいまして。

 失礼。こちらの愚痴を言うのは安直でしたね」


「私で宜しければ、お聞きしますわ。

 相談に乗って下さいましたから」


「ありがとうございます。では、ご厚意に甘えさせていただきますね」


 爽やかな笑顔を浮かべていたジェイク様が、真剣な表情を浮かべる。

 次に口が開かれると、私の想像の斜め上を行く現実が語られた。


「爵位を譲り受けることを王家に伝え、いよいよ結婚をするとなった時に、婚約者の浮気相手が現れて、結婚式をそのまま乗っ取ろうとしてきたんです。

 これ以上と無い屈辱でした」


「そんな酷い事が可能なのでして?」


「もちろん不可能ですよ。なので、浮気相手は即捕らえられました。

 しかし、浮気されていた以上、結婚することも出来ませんから、婚約も結婚も無かったことになりました」


 乗っ取られることは無かったとしても、結婚直前まで浮気を許していたことが明るみになったのなら、醜聞もかなりのものになると思う。

 そんな人に嫁ぎたい人が出たら奇跡と言わずには居られない。


 ジェイク様は私の二歳年上だから、不自然ではないけれど、ここは見栄を気にする人が多い貴族社会。まずあり得ない事なのよね。


「それは……ご心中お察ししますわ。

 失礼を承知の上でお尋ねしたいのですけれど、このパーティーに参加したのは……」


「お察しの通り、婚約者を見つけるためです。この容姿ですからヌルーポ王国でも令嬢は言い寄ってきます。

 しかし、足元を見られる危険があるので……いや、足元しか見られていなかったので、友好国で探すことにしたんです」


「災難でしたわね……。

 ご健闘をお祈りしますわ」


 爵位を譲り受けてしまった以上は、跡継ぎ問題も起きてしまう。

 きっとジェイク様は内心ではかなり焦っているに違いない。


 けれど、それは表に出ていないから、公爵家の名に恥じない完璧なお方のように見えてしまう。


「そして、ようやく見つけました。

 貴女となら、末永く一緒に暮らしていけると思うのです。是非、私の婚約者になって頂けませんか?

 決して辛い思いをさせないと約束しますよ」


 少なくとも、私なんかが釣り合う相手ではないのよね……。

 

「私なんかでは釣り合いませんわ……」


「お互いに苦労している身ですから、何があっても助け合えると思います。

 それに、貴女が失態を犯しても、私が穴埋めをすれば良いですから、気になりません」


「本当に良いのですか?

 後悔はさせたくありませんの」


「今の言葉で、より確信しました。レティシエル嬢となら、後悔することは無いと」


「分かりました。

 そのお誘い、お受け致しますわ」


 本当に急な告白で、思惑が無いと言えば嘘になる状況。

 けれど、ジェイク様となら辛い思いはしない。そんな気がした。


 それに、ここで相手を見つけられなかったら、今年で五十歳になるという侯爵様に嫁がされてしまう。

 だから、後悔するような事も無いに違いないわ。




   ◆




 あの後、私とジェイク様はお話を続けて、三曲ほど続けてダンスも楽しむことが出来た。

 けれど帰る時になって怒りが復活してしまった私に、彼はとある提案をしてくれていた。


 それがお父様と義母への復讐というものだ。


 復讐といっても、暴力的なものではない。

 二人の思い通りにはさせずに、苦虫を噛ませるだけのお話。


 もっといえば、私が幸せな結婚生活を送るという事なのだけど……お父様はともかく、義母にはこれ以上とない復讐になると思う。


「旦那様、大変です! レティシエルお嬢様宛てに、隣国の公爵様から縁談が!」


 その復讐計画の第一弾は、パーティーから半日も経たない朝のうちに、執事が大騒ぎするという形で訪れたらしい。


「公爵なら、どうせ老人よ。受け入れて頂戴。

 ようやくあの娘を捨てられるわ」


「ああ、そうするつもりだ。

 迎えも今日の昼には寄越すと書いてある。あの気持ち悪い侯爵に頭を下げずに済んだと思うと、最高の気分だ」


 私の部屋まで声が響いていることに気付いていないのか、それとも気付いていての行動なのか、下品な笑い声が響いてくる。


「……しかし、不相応な装いで送り出したら、返されそうな気がする。

 どうせ身体目当てなのだろうから、着飾らせた方が良い」


「そうねぇ。私のドレスで良いかしら?」


「ああ。この家にある物の中では、アレしか無いだろう。

 公爵様が直々にいらっしゃる。無礼はしないように」


 けれど、そんな会話が聞こえてくると、一抹の不安を感じてしまう。

 まさかとは思うけれど……何度も見かけている破廉恥なドレスを着せられたりは……。


「お嬢様。旦那様と奥様から、これに着替えるように指示がありました」


 ……着せられるみたいね。

 胸元と背中が大きく開いていて、丈もかなり短いこのドレスは、娼婦と思われても文句は言えないようなデザインをしている。


 布だけは一級品でも、デザインが致命的すぎて、ジェイク様に嫌われないか心配になってしまう。


「正気かしら……?」


「狂気の間違いですね」


「そうよね。でも、従わないと鞭で打たれるのよね……」


 よく見れば若干透けているから、中に部屋着を着てから上にドレスを着る私。

 けれど義母は見逃してくれなくて、最終的には鞄に普段のドレスを隠し持つことで凌ぐことが出来た。


 でも、この姿で人前に出るのは本当に嫌だ。

 使用人達やお兄様達は気を利かせて視線を逸らしているけれど、義母は品定めするように私を見ている。お父様も、目のやり場に困っている様子。


 流石に実の娘に興味は持たないわよね……。

 その感覚があるなら、義母に賛同しないで欲しい。


 盲目的に義母を愛しているから、手遅れなのだけど。




 そんな地獄のような時間は永遠にも感じられたけれど、太陽が昇り切ったくらいのタイミングで来訪者が近付いているという知らせが入った。


(ジェイク様になんて説明すれば……。

 いえ、事情は話しているのだから、真実を説明すれば分かってもらえるわ)


 私が覚悟を決めて玄関に向かうと、後ろから義母のクスクスと笑う声が聞こえてくる。

 義母は私が絶望するのを楽しみにしているらしい。


 どうして前妻の娘というだけで、そんなに醜くなれるのか、理解に苦しむ私だった。




   ◆




「本日ははるばると遠いところから、ありがとうございます。

 おや、今日は公爵様ご本人では無いのでしょうか?」


 馬車から降りて来たジェイク様を出迎えるお父様は、思い描いていた容姿とは違う人物の来訪に戸惑っていた。


「いいえ、私がフレドルク公爵です。

 今日はレティシエル嬢を迎えに来たのですが、あの装いは誰の趣味でしょうか?」


「あれは妻が決めたものでございます。気に入って頂けましたか?」


「ええ、実に煽情的で素晴らしいと思いますよ」


 呆れた視線を義母に送るジェイク様。

 私とは目が合わないけれど、気を遣っている結果だと思う。


 この装いで目が合ったら、私は羞恥心に耐えられない。


「娘とはどこで知り合ったのか、お聞きしても?」


「先日の夜会でお話ししたときに知り合いました」


 そんな会話が交わされると、義母が私の耳元でこんなことを呟いた。


「あんな優良物件が居るなら、すぐに報告しなさいよ。まったく、教育がなってないわね」


 悔しそうな声色だけれど、隙があれば横取りしようという魂胆が見え透いていて恐ろしい。


「公爵様、母として話しておきたい事がありますの。是非二人でお話しませんか?」


「血の繋がっていない人に用はありません。

もう少し常識のある方なら考えましたが……義理とはいえ、娘に娼婦と見紛う装いをさせる人とは話したくないですからね」


 その魂胆も無事に失敗に終わって、苦虫を嚙み潰したような顔をする義母。

 怒りに任せて私の腕に爪を立てられてしまったから、ズキズキと痛んでしまう。


 幸いにも使用人が屋敷の中に引き摺り戻してくれたから、これ以上の被害は無かったけれど、見れば血が滲んでいた。


「……結婚の時の条件は、また手紙を送ります。

 宜しいでしょうか?」


「はい、構いません」


「ありがとうございます。

 レティシエル嬢、行きましょう」


「ええ、お願いしますわ」


 頷いてから、ジェイク様の隣に立つ私。

 その直後、さり気なく彼が上着を肩にかけてくれた。


「ありがとうございます」


「これからは敬語でなくて構わない。

 夫婦になるのだから、対等でいたい」


「分かったわ。ありがとう」


 ここからフレドルク邸までは馬車で丸一日。

 最後に義母と目を合わせたら、私を捨てられて悦に浸るような、それでいて悔しそうな表情を滲ませている。


 決して短くない旅だけれど、これから幸せな日々が待っていると思えば、楽しみな気持ちでいっぱいだった。

 こんな形なら、捨てられても気にならなかったから。



   ◆




 あれから二年。

 私が十八歳になり成人するのを待ってから、私達は結婚式を挙げた。

 出会ってから婚約までは一日しか無かったけれど、同じお屋敷の中で暮らしている間に、いつからかお互いのことを想い合うようになっていた。


 私達の関係はヌルーポ王国のご令息ご令嬢から羨まれているほどで、少し恥ずかしいけれど幸せな日々を送っている。


「おはようレティ。愛しているよ」


「ジェイクもおはよう。私も愛しているわ」


 そんな私達の一日は、朝の軽いハグから始まる。

 これはヌルーポ王国では挨拶のようなものだけれど、今も少し恥ずかしい。


「奥様、お手紙が届いております」


「ありがとう」


 一旦別々の部屋に移動して着替えていると、侍女が手紙を差し出してくる。

 もうすぐ伯爵位を継ぐことになっているユリウスお兄様の字で書かれている封筒を開けると、中にはお父様が義母と離婚したことが書かれていた。


 私が家を出てから少しして、義母の異常さに気付いたお父様は浮気の証拠を集めて、ようやく離婚が成立したという事らしかった。

 ジェイクと正式に婚約を結ぶときには、今までの扱いの謝罪もあったから、今はもう許している。


 義母からの謝罪は無いけれど、横領の罪で投獄までされたそうだから、もう顔を合わせる事も無いと思う。

 それに、私の復讐はもう終わっている。


 二か月に一度、お父様やお兄様達と会うために屋敷に行って、幸せな姿を見せられているのだから。




 侍女達が髪を整えてくれるのを待ってから、寝室に戻る私。

 先に着替えを終えていたジェイクと目が合うと、いつものように手を繋いで廊下に出る。


「今日もいい天気ね」


「そうだね。ちょっと失礼」


 ふと頬に口づけをされて、しばらく固まってしまう私。

 彼の方が背が高くて、同じことをお返し出来ないのが少し悔しい。


 でも、無防備な手の甲があったから、そこにお返しをする。


「旦那様も奥様も、いちゃつくのは程々になさってください」


 呆れ顔の執事が、咳払い混じりに口にしている。


「いちゃついている訳ではない。愛を伝えているだけだ」


「これは愛を伝えているだけですわ」


 ジェイクと私の声が重なって、ひとしきり笑い合う。

 私達を包み込むように、暖かな朝日が窓から射し込んでくる。


 その朝日に向かって、私は誰にも気付かれないように口を開いた。


「お母様、約束通り幸せになりましたわ」


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