表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/44

6.罪悪感

 結果から言うと、まったく反応はなかった。

 部屋にあった着せ替え人形は念じても話しかけても、まったく反応なし。

 もちろん諦めなかった。部屋の中を漁って形代(かたしろ)になりそうなもの、片っ端から念じて話しかけた。

 それでも駄目だったので事故当時に持っていた文房具にも念じて話しかけた。

 最後には部屋のモノ一つ一つ、すべてに話しかけた。

 それでも一切、反応がなかった。





 ベッドに倒れ込んだ。

 心地よい跳ね返りが無性に苛ついた。


 部屋は物が散乱して足の踏み場もない。


「ふぅ……」

 また一つ、呼吸を入れる。さっきよりも重たく、ため息に近いものが漏れていた。


 この部屋を見て、より強く感じてしまっていた。

 今まで有耶無耶にしていたが、そろそろ自覚しないといけない。


 俺はこの家を知らなかった。


 俺はこの部屋を知らなかった。

 

 俺は山城さんの存在を知らなかった。

 

 俺はあの美しい両親のことも知らなかった。

 

 俺はこの体、「エリカ」さんのことも知らなかった。

 

 この体の持ち主、「エリカ」さんには、確実に、過去があった。

 

「エリカ」さんには、俺の意識が入り込むまで、固有の人格があった。

 

 そこから導き出されるのは





 俺は、「エリカ」さんの人格を、殺してしまったのかもしれない。





 体は重たいが、思考はできる。

 気も重いが。


 改めて考える。が、やはり自分がエリカさんを殺した可能性を否定しきれない。

「俺」の精神で上書きしている、というのが正しいのか、彼女の精神を追い出してしまったのかはわからない。

 少なくとも、この数日間、そして今もなお、彼女の意識や人格、魂と呼べる何かが俺に接触してきていない。その存在を感知できなかった。


 最悪の可能性。

 薄々感づいてはいたが、目をそらしていた。


 そもそも俺だってこんなこと願っていなかった。なんでこんなことになったのかすらわかっていない。

 意味がわからない。

 あの事故だって、俺に罪はないだろう。

 この子の体を乗っ取ったのだって、俺に罪はないはずだ。

 だから俺は悪くない。

 悪くないはずだ。



 だが、この部屋をみたとき。感じてしまった。



 ここに六歳の女の子が生きていたことを。

 俺の知らない、大きな家で。

 両親に愛され、大切にされていた女の子が。


 確実に存在していた。


 それを見ず知らずの男に上書きされた。

 おそらく彼女すらも知らない男に。

 いたたまれない。



 罪悪感。



 俺は悪くない。

 俺は悪くない。そう思っているし、間違っていないはずだ。

 でも、それでも、この子の人生を奪ってしまった。

 そんな感覚に陥る。



 理不尽だ。



 彼女にとっても、俺にとっても。

 少なくとも、俺は望んでいない。子どもを殺してまで、俺が生きることなんて。

 そこまでの価値は、俺にはない。

 少なくとも、六歳の未来ある女の子よりも。


 この子の両親だってそうだ。このことを知ったら、最悪な気分になるだろう。どこの馬の骨か知らない男が自分の愛する娘の精神を乗っ取っているんだ。しかもその娘の精神はどこに行ったのかもわからない。

 気が狂うだろう。


 くそ、最悪だ。

 最初の病院で、あの両親に、本当のことを言うべきだった。

 魂があるかもしれない可能性を考えてこの家まで来てみたけど、無駄足かもしれない上に、あの二人に、余計な期待を与えてしまったかもしれない。


 駄目だ、考えるほど苦しくなってくる。

 最悪な気分だ。なんで俺がこんな板挟みに合わなければならないんだ。


 心の奥底がゾワゾワする。いろいろな感情がうずまいている。



 なんでこんなことに、という気持ちとか。



 エリカさんが可哀想だ、という気持ちとか。



 俺だって望んでいない、という気持ちとか。





 生きててよかった、という本心とか。





 その生にしがみつく自分の薄汚さと薄情さが、心底気持ち悪くて嫌になる。

 六歳の子どもを乗っ取って「よかった」なんて思っている自分が。





 早く体を返そう。彼女に。エリカさんに。

 見つけよう。


 どう考えてもそれがいい。

 それ以外、考えられない。


 俺は六歳の子どもの人生を奪ってまで、人生を続けたいとは思えない。

 そんな厚顔無恥で生き恥晒すぐらいなら……素直に死んだほうがいい。


 俺の体がどこに行ったのかは知らない。それはもう最悪、取り戻せなくてもいい。

 俺はこの子に体を返してあげたい。

 それまではこの子の体を借りるしかない。それしかない。


 それとも、両親に真実を打ち明けてしまうか?


 わからない、どうすればいいのか。

 どうしても二人の苦しむ顔を想像してしまう。

 すると胸の痛みがどんどん大きくなっていく。


 もういい、もう考えるのをやめよう。


 彼女にこの体を返す。それでいいはずだ。


 そう思って目を閉じると、体の力は抜けてまどろみの中に沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ